冷たい人【BLのほう短編】

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◇◇◇  この間用があって辻切(つじき)の繁華街まで出かけたら颯人と鈴原さんを見かけた。仲がよさそうだ。幸せそうでよかった。でも視界がまた少し滲んだ。  2人は30メートルくらい先の大きな交差点の対角線上にいた。信号が変わって、颯人たちは俺に気づかず横断歩道を渡ってそのまま俺の向かいを通り過ぎてざわざわした雑踏に消えた。俺を置いて。手を繋いで。  俺には決してできないこと。  鈴原さんはいい人だ。うん。俺は最終的に颯人が幸せなのがいいと思っている。心から。  俺は相変わらず颯人が好きで、だから颯人が他の人はと付き合うのは悲しい。もっというと、颯人が他のやつを好きになるのが悲しい。俺が隣にいたい。  でも、結局颯人が俺と付き合うことはない。なら、颯人はいい人と付き合って、俺は『幼馴染』のままがいい。そのうちまた、きっと『幼馴染』として話ができる。最近颯人と話をしてないけど、もともとそんなに頻繁に話をする仲でもなかった。  もうすぐバレンタインが来る。  颯人は毎年俺にチョコをわけてくれた。小さい頃の俺が颯人がチョコをたくさんもらっていたのを物欲しそうに見たから、1つおすそわけにくれるようになった。だから俺は毎年ホワイトデーに小さなビスケットを返した。小学校の頃から続いている習慣だ。  でもその行為は俺にとって特別で、俺は颯人の手から他人の愛をぶんどって、一方的に身勝手な俺の愛を投げつけた。不自然じゃないように値段をあわせたビスケット。ギャグの範囲に収まるもの。男からホワイトデー貰うなんて気持ち悪い、よね。『幼馴染』だからギリギリ許される行為。  でもそれは俺にとってとても大切な記念日で、大切な行為だった。この気持ちがバレないように細心の綱渡り。俺からできた唯一のこと。  今年はない。颯人は鈴原さんからきっと素敵なチョコをもらうだろう。俺がホワイトデーにビスケットを送ることもない。そう考えると、俺と颯人の間にあったものがまた1つ亡くなったようで、とても悲しくなった。  結局のところ俺は思い出にすがっている。俺は颯人に愛されてると思いたい。あのただの、颯人がくれたというだけの意味しかないチョコレート。それに何かを期待していた。  颯人がいつかわけてくれたバーシーズの大きな板チョコ。多分この雑貨店で売られていたやつ。486円。今年は自分で買おうかな。それもなんだか悪くない。どうせあれも誰かが颯人に渡したチョコだ。  手に取って颯人を思い出す。
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