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◇◇◇
バーシーズのチョコを手に取ろうとして、肩に手をかけられた。振り返って、鼓動が跳ね上がった。今ちょうど頭の中で考えていた颯人。なんで。鈴原さんと一緒じゃなかったの?
「鈴原さんは?」
「チョコもらった」
「そう、バレンタインだもんね」
颯人はハァハァと息を吐いている。まるで走ってきたみたいに。そして俺の手を取ってまた走った。いつも相談をする公園に。
「あの、何かあった?」
「智司。すまない」
「え?」
「その、今年はバレンタインチョコ別ける分ないんだ」
「ああ」
よかった。思わずふっと息が漏れた。何か悪いことかと思った。明確な拒絶とか。鈴原さんにチョコをもらう。そんなことはわかってる。別にいい。
でも、バレンタインに会いに来てくれただけですごく特別な気分になる。嬉しい。この綱渡りにぐらぐらと心が揺れた。だめだ、あきらめていた特別感。颯人の顔がまともにみれない。早くここを離れないと。どきどきして、今の俺はあんまりにも不自然だ。
「智司?」
「うん、別に、かまわないよ、それより鈴原さんは?」
「鈴原?」
「そう。一緒にいたんじゃないの?」
「ああ、うん、ちょっと」
「喧嘩でもした? 相談のるよ」
「相談」
そう、相談に乗る。帰ってきた『幼馴染』に俺がすること。すべきこと。俺は颯人の愚痴を聞く。その関係を守りたい。拳を強く握りしめた。心に蓋をするために。顔から何もこぼれ落ちないように。
鈴原さんはいい人だ。颯人の彼女に他の人よりずっといい。だからなんでも相談に乗る。そう思っていたのに。不意に目から涙がこぼれた。色んな気持ちで目の前がゴッチャになって。駄目だ。
「智司?」
「なんで……ハハ、ちょっと風邪気味なのかも、ごめん、相談はまた明日」
だめだ、逃げないと。涙が止まらない。早く。俺が颯人を好きなことを颯人に知られるわけにはいかない、それだけは、駄目。この『幼馴染』だけは、死守したい。
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