冷たい人【BLのほう短編】

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◇◇◇  そう言って逃げ出そうとした智司を俺は後ろから捕まえた。智司はビクッと体を硬直させた。捕まえるのは得意だ、いつもと同じ。俺が智司を捕まえる。  でも抱きとめたのは初めてだった。智司は俺より少しでかくなった気がしていたけど、やっぱりなんだかヒョロかった。鍛えてないな。 「颯人?」 「相談、乗ってくれるんだろ」 「でも」  雑貨店でチョコを見てた智司の表情。酷く寂しそうに見えた。俺は智司との付き合いが長い。だからいつもと違えばすぐにわかる。ずっと俺は智司に愚痴を言っていて、俺をじっと見つめる智司の目を見つめ返していた。寂しい? なんで? それはやっぱり。そう思ったら俺は智司を捕まえていた。  俺は鈴原さんと付き合った。だからわかった。  智司はいつも鈴原さんと同じ目で俺を見ていた。なんだか幸せそうな穏やかな目で。それで俺は気が付いた。確信した。この微妙な距離感。拒絶感。俺は智司にまるっと好かれていた。今も。多分恋愛の方。だから大事に距離を取られている。落っことして壊れないように。  だからこれまで、智司の手首を捕まえることはあっても、それ以外には触れたこともなかった、それにも今気が付いた。初めて捕まえて、触れたところから智司の温度と鼓動が上がるのを感じた。 「智司は俺が好き。違う?」 「違う」 「本当に?」 「……うん」 「本当は?」 「本当に」 「相談がある。俺は多分鈴原さんを別に好きじゃない」 「そっか」  智司から漏れ出たほっとしたような溜息。こんなに近くにくっついて、初めて感じられるほどの小さな吐息。  ゆっくり智司を振り向かせた。久しぶりに目が合った。ふっと目が逸らされた。あの時と同じように。俺が続きを見なかった目からは、混乱と動揺が溢れていて、ふらふらと揺れていた。  初めてまっすぐ見た智司自身の感情がうつる目。 「それで多分俺が好きなのは智司だ、少なくとも鈴原さんよりは」 「嘘」 「俺が嘘ついてるかは顔を見ればわかるだろ、付き合いが長いんだから」 「嘘」 「嘘じゃないから」  だから、そのままキスをした。その証拠に。
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