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俺と颯人は小中学校の校区が同じだった。半分くらい同じクラスだったけど、学校にいる間に颯人と話すことはほとんどなかった。颯人は颯人で学校の友人がいた。でも放課後はたまに会った。会って何をするというわけでもなくて。颯人は俺に用がある時に俺を捕まえた。
颯人は陸上部だった。走るのが早い。
俺はずっと帰宅部で、授業が終わって颯人がグラウンドを走ってるのを教室の窓から眺めた。夏の強い日差しの下でも冬の曇り空の下でも颯人はかわらずグラウンドを走り、その体が生き生きと動くのを眺めていた。
颯人の部活の終了時間の少し前にあわせて教室を出る。それで毎日だいたい同じルートで寄り道しながらゆっくり家に帰った。颯人が俺を捕まえにこないかなと少しだけ期待して。
それで捕まったら文句を聞いたり、買い食いしたり、そのままどこかに遊びに行くこともあった。
でもそれだけ。
頻度はそんなに多くなかった。ごくたまに。
でもそれだけで、俺は颯人が好きだった。とても。
一緒に行ったところは覚えている。
真っ白な雪の降りしきる中、馬鹿みたいに雪だるまを作って蹴飛ばす颯人。
夕方のオレンジ色に浮かぶ影法師のように『じゃあな』と分かれ道で手をあげる颯人。
熱い夏にかき氷を食べに行こうとチャリで二人乗りして遠出して、結局帰りも汗だくになって『意味ないじゃん』と文句を言う颯人。
颯人。好きだ。でも、これでいい。
この関係を大切にしたかった。このままで。
颯人を好きだなんて言うことは決してできない。気づかれてもだめだ。だから、こちらから話しかけるなんてできなかった。怖かった。何かの拍子にこの気持ちがばれることが一番に。
その瞬間ですべてが終わってしまうから。
だからたまに颯人から話しかけられて、たまにどこかに一緒にいって。『幼馴染』という名前のついた気軽な、そんな微妙な関係性。それ以上でもそれ以下でもなく。颯人の人生にちょっとだけ引っかかっていれば、それで満足だ。
嫌われたくない。この関係が壊れるのが怖かった。
高校になって颯人は大人びてかっこよくなった。だから颯人がそのうち誰かを好きになって、その誰かと付き合うようになるんだろうなと思って、でも仕方がないと思ってた。
颯人が俺を好きになるはずがない。だからもう、それはどうしようもないことだ。それでも『幼馴染』でいられるのなら、今と同じように俺に文句を言いに来て、それでまた去っていってくれればいい。
こういうところは男女関係より楽だなと思う。隠していることさえできれば。
そう思ってた。
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