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その時俺は気がついた。いつも愚痴ばかり言って、俺は智司の意見を尋ねることもなかったことを。
『どうしよう』って智司の意見を尋ねたのは多分初めてだ。俺はこれまで本当に一方的で、智司の意見を聞いたことはなかった。でも、智司はその時初めて、俺から目を逸らした。なんだか不自然に。
そのことに俺は何か無性に苛立った。今まで目を逸らされたことはなかった。ただ目を逸らされた、それだけなのに、なんだか俺が無視されたような気がして。
何故だろう。その時これまでずっと隣を歩いていたのに道が分かれたような、気がした。ちょっとした、拒否。寂しさ。
俺が誰と付き合うかは興味がないってことか。そうかよ。
でもよく考えたら俺がどうするかはいつも俺が勝手に決めていた。そもそも智司の意思は聞いてなかった。そういえば、いつもこうだったのかな。
俺が思うほどには智司の中で俺は重要じゃなかったのかもしれない。意見を言う価値がない程度には。ふいに浮かぶそんな思い込み。
「冷たい奴だな」
智司の目を見返すこともできないまま、そんな言葉が思わず出ていた。何が冷たいのかもよくわからずに。
そこからは何を話したのかわからない。智司は何も悪くない。でも俺はなんとなくそこからぎくしゃくした気持ちを抱いて帰宅ルートを変えた。
そうすると智司に会うことがなくなった。そう。智司はいつも同じ道を歩いていて、俺が一方的に絡んでいただけだったんだ。そのことがわかった。智司を追いかけていたのは俺だった。
俺は智司と話がしたかった。何かを言いたかった。何かを話したかった。ひょっとしたらこの間のことを謝りたかったのかも知れない。でも、何をなのかはわからない。なんだこの気持ち。このイライラ。何故苛立つ。
俺はひょっとしたら智司に何かを期待していたのだろうか。鈴原さんを否定してもらいたかったのか? どうして? 俺にとって智司が特別だった。特別、ひょっとして。まさか。いやでも、そうなのか? わからない。そんなはずは。どうして今更そんなことを考える。どうしてこんなに苛立つ。どうして智司に相談した。混乱した。どうして。俺は。
……でも智司は俺に鈴原さんを勧めた。つまりそれは結局そういうことなんだろう。
鈴原さんはいい人、か。俺はなんだか少し投げやりな気持ちで、いつのまにか智司が勧める鈴原さんと試しに付き合うことになっていた。智司が勧めたから仕方がなく。そんな言い訳をして。
ひょっとしたら智司は鈴原さんが好きなのか? だから目を逸らしたのかな。『幼馴染』が好きかもしれない人と付き合うのか?
あの時目を逸らされた理由を無意識にさがしていた。
俺は何をやっているんだろう。別に鈴原さんが好きなわけじゃないのに。
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