冷たい人【BLのほう短編】

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◇◇◇  鈴原さんは何度か同じクラスになったことがある。それで確か今は颯人と同じ高校だ。  バレー部で面倒見のいい明るい女子だ。悪い話は聞かない。  颯人から鈴原さんに告白されたと聞いた時、とうとう来たか、と思った。でも覚悟していた以上の衝撃だった。その瞬間、心がバラバラに砕けた。視界が少しぼやけた。  俺はいつか颯人が誰かと付き合うことになると思っていた。そしてそれは少なくとも俺じゃない。だから酷いやつじゃなければ祝福しようと思っていた。でも、やっぱり、痛い。凄く痛いよ。心臓に包丁がささったような。  でも。鈴原さんか。鈴原さんはいい人だ。  だから、用意していた言葉をなんとか返した。少しぎこちなかったかもしれないけど。でもその後、何を話したのかさっぱり覚えていない。多分いつもどおり、分かれ道で別れたはずだ。いつもどおり、できたはず。  それから颯人に会うことはなくなった。  きっと鈴原さんと付き合うことにしたんだろう。舌がざらざらする。まるで砂が詰まっているみたいに。心臓のあたりが冷たい。寝てる間に包丁が刺さった心臓を誰かが機械に置き換えたみたいに。そう、機械みたいに毎日は過ぎていった。俺の毎日は変わらなかった。いつもと同じ道をゆっくりと帰る。違いは颯人に会わないことだけ。  そういえばこの本屋で雑誌を手に取ろうとしたときに颯人に話しかけられたっけ。ふいに颯人の姿が頭にちらつく。少し先のゲーセンで一緒に格ゲーした。全部、覚えている。全部。いろんな颯人を思い出す。いつものように。  俺はいつもの道を歩きながら、いつか一緒にいた颯人の後ろをついていく。俺の1日は変わらない。颯人と通った道を通って家に帰る。颯人を思い出しながら。  だから多分、あれでよかった。俺と颯人は『幼馴染』だ。今は鈴原さんと付き合い始めたばかりで俺に割く時間はないだろうけど、そのうち、また話かけてくれる。『幼馴染』なんだから。特別だ。それがあればいい。  結局遅かれ早かれの話で、いずれ颯人は誰か女の子と付き合う。  鈴原さんはいい人だ。俺の知らないやつと付き合うよりよほどいい。鈴原さんなら祝福できる。祝福、か。俺の思いはどうせ叶わない。なら、颯人が幸せならそれでいい。そう思って。  教室から窓を眺めると、冷たい雨が降っていた。
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