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ヘッドセットなどもしていたし回避上昇効果でそれなりに支援はされていたはずだが、シーナがしきりに休息を進めるのでひとまずそれに従うことにした。とはいっても昨日からだいぶ寝ているしこれ以上は体の方に負担がかかりそうだ。ボーっとするのは性分ではない。
「ちょっと出かけるかな」
【どちらに】
「んー、地下」
言いながら簡単に身支度を整える。着替えてシザーバッグを持つと外へと出る。シーナが穹のベルトについているUSBさし口に尻尾を接続した。これが出かけるときのスタイルだ。シーナの移動はボールのように飛び跳ねるか飛ぶかになるが、あまり移動速度は速くないので穹につなげて引っ張ってもらった方が早い。
穹が言った地下とは文字通り地下にある町の事だ。土地不足解消のため地下に巨大な施設を作ろうとしたはいいが、結局建設費が足りず工事が中途半端になり放置された事業があった。その土地に勝手に人が住み着き始め商売を始め、今では小さな町のようになっている。基本的に表の世界の新商品だのお洒落なものだのはない。いうなればスラム街、ゴミ溜めのような場所だ。警察などなく住人がやりたいことをやり放題な無法地帯。ただマニアックなものを取り扱っていたりお宝も多いので穹はたまに利用する。何も年中殺傷事件が起きているわけでもなく、そこの住民は話せば普通に話が通じるしたまに面白い情報なんかも教えてもらえる。
治安が悪いのでトラブルに巻き込まれることもなくはないが、そのあたりは上手くかわす術を身に着ければ暇つぶしにはちょうどいい場所だった。違法建築が進んでいるので行くたびに町の風景が変わるのがまた面白いと思う。
普段暮らしている表の町はやたら忙しない。大型ビルが多く日向があまりない為映像が見やすいのだ。多くの高層ビルは壁や窓にプロジェクターやビジョンと呼ばれる超大型ディスプレイシステムがあるのが当たり前になっている。ビルの群れの中を無造作に魚の画像が泳ぎ、夜でもないのに一歩路地に入れば空に星空の映像が輝いている。町中にある広告画像はうるさすぎて何を言っているのかわからず四方八方が音と映像で溢れている。節操がないにもほどがある。
地下は当然そんな映像を作り出す機械など入っていないのでいつも薄暗く建物と人しかない。酔っ払いもいるしチンピラのようなのもいる。いつも人の声がざわついていて、穹が聞く雑音に近いものがあるのでどこか落ち着くのだ。
地下に行くルートは様々だが穹は手っ取り早く地下鉄から、使われていない作業員用通路を渡り歩いて行く。複雑に分かれている階段を降りていき、不自然な位置にあるビルのドアを抜け使われていない建物の中を突っ切っていけば地下街の丁度北側に出る。がやがやと人のざわめきの中をかき分け、なじみの店に入る。
「こんちゃー」
「……しゃい」
いらっしゃい、と言ったのだろうがほとんど聞き取れなかった。店主は老人で客が来ようが来なかろうがずっとパソコンに向かっている。オンライン関連のパーツから古い家電、パートナーのボディやパーツも売っている。穹が今使っているヘッドセットもこの店で買った。
新品を買うまではできる限り底上げしておこうとパーツをあさりに来たのだ。きれいに陳列などされていない、段ボールに無造作にいろいろなものが突っ込んであるだけだ。それを客が勝手に漁りレジに持っていくスタイルだ。というより、店主がまったく接客をする気がない。
例え中古やジャンクパーツであっても20年ほど前から始まったすべての商品のマイクロチップ内蔵義務により管理はデータ上だ。ほしいものがあれば検索をかけ、この店に置いてあるかを探すことができる。来る前にやっておけばいいのだろうがあいにくこの地下街は電波状況が非常に悪く地下に来てからでなければ検索ができない。
「シーナ、とりえずもう一つヘッドセット作る。適当に選んだらパーツ検索頼む」
【了解。ということは、続けるのですねアンリーシュを】
「まあな、ちょっと確認したいこともあるし」
そう言ってまっすぐヘッドセットが大量に置かれている一角へと向かう。店自体それほど広くないうえあまりにも物がごちゃごちゃと突っ込んであるので足の踏み場を探す方が大変だ。
初めてこの店に来た時、在庫ありのはずなのに探すのがとても大変でブチ切れた穹と数名の客で荷物の整理整頓をしたことがある。少なくともジャンル別、欲を言えばこうであってほしいとメーカー別に分けた。どうせ入荷したらこの店主はまた無造作に荷物を突っ込むだろうからあまり細かくやっても意味がないだろうという事で本当にざっくりだったが。その時一緒に掃除と整頓をした客とは顔見知りとなった。
今日も何名か客がいて穹を見ると軽く手をあげてきたのでこちらも手をあげて返す。別にしゃべりこむほど仲が良いわけでもないのでこれでだいたいなんとかなる。
ガサガサ漁ってはみたものの、なかなかこれはと思うものがない。新しいものを手に入れるためのつなぎでいいのだからそこまでこだわってはいないのだが微妙に使えないものばかりだ。
かれこれ30分ずっと探し続けていると珍しく店主がパソコンから顔を上げた。
「おい、何探してる」
「お、アンタが話しかけてくるなんてめっずらし」
「ガタガタうるせえ、集中できねえ」
「客に言う事かよ」
笑いながらも悪い気はしない。この店主はだいたいこういう物言いだ。
「今アンリーシュってゲームやり始めたんだけど、どうもあのビジュアライズ俺合わねえんだわ。もうちっとマシな効果になるようヘッドセット違うやつ使おうかと。カスタムは自分でやる」
「……」
話を聞いていた店主が無言で立ち上がり店の中の一角をあさり始める。物がごちゃごちゃあってもこの店主は今店に何が在庫として残っているかすべて把握している、パートナーがいないのにだ。
段ボールを二つ蹴っ飛ばして棚の奥にある物を強引に引っ張りだすとポイっと穹に投げてよこした。受け取ってみればそれは見たことのないヘッドセットだ。
「どこの? 今時ないよなこの型」
メーカー名はない。小型化された今のヘッドセットと違い目の周りを大きく覆い、プラスチックでできた巨大なアイマスクのような特殊な形だ。
今は性能や機能でさえ実物の部品交換ではなくすべてデータ化されインストールで更新する時代だ。だから本当に必要最低限のものさえあればどうとでもなるので、今や家電も物も軽量化、小型化が進んでいて1mmほどのチップがあれば国立図書館並の本が読めるほどだ。
このヘッドセットは大きさから言ってそういったデータ機能がない、部品交換などで調整するタイプのように思えた。
「エグゼクティブ社が作ったもんだ、20年くれぇ前だな」
「すげえ、俺より年上じゃんコレ」
「何でもかんでもデータにするから微調整できねえんだよ、どんだけ調整しても全部連動してチップが勝手にモジュレ―トしちまう。そういう余計な事させたくなけりゃ一個一個の部品が独立してるこういうモンが向いてる」
「へー、初めて知った。つーかモジュレートって何」
「設定変更後にチップや機械が独自に最終調整する事だ。本当は音の調整に使う言葉らしいがなんか定着した。自分でパーツ調整してんならそれくらい知っとけや、ガキ」
素直に感心していると店主が先ほど蹴っ飛ばした段ボールを蹴りながら「こっから持ってけ」といって再びカウンターへ戻る。どうやらこのヘッドセットのパーツが段ボールに入っているらしい。ナムナムと店主を拝んでから……軽く睨まれたが、ありがたくパーツをあさらせてもらうことにした。
「はあ~、昔は本当にこんな作りなんだな」
今やねじ一本でさえデータ上だ。もちろん家電など本当に部品を使っている物もあるが、オンライン関連のアイテムはだいたいデータになったのでこういった物を穹は初めて見る。しかしデータと言っても昔の名残か、デザイナーが中年なのか、データ上でもねじはねじの形をしている。ただ触れないだけだ。3D画像でそれらのパーツを組み合わせてプログラミングをするのが今や当たり前である。映像か物かの差しかないのなら実物であってもなんとか自分で改造できそうだ。
【穹、自力でなんとかなりそうですか】
「ああ、たぶん。ガキの頃いらなくなった家電とかゴミ捨て場とかにある機械暇なときはよくバラしてたからな」
【そうなのですか】
いつの頃なのかははっきり覚えていないが、昔住んでいたところは不法投棄が山のようにされている場所で様々なものがあった。そういった物を分解して構造を覚えるのが好きだった。捨てられたばかりの家電をばらしてコンデンサに指をつっこんで軽く感電したこともあるが、それを言う気はない。我ながら暗い少年時代だったと思うが友達もなく他にすることがなかったのだから仕方ない。
いや、誰か一緒にいた気はするが思い出せない、とても小さい時の事だ。
シーナに検索してもらいながら必要なパーツを探しいくつか拾い上げる。今ではもう製造していないものが多いので貴重だ。新品を手に入れるまでのつなぎにと思ったが、もしかしたらこれでも十分いけるのではないかと思う。
いくつか選び会計をしていると先ほどからいた客の一人が穹の買った物を珍しそうに眺めてきた。
「また随分なつかしいモン買ってるな」
「俺にとっては未知の世界だけど」
「マジか?どおりで俺も年食うわけだ。こんなもんできたときは世界が変わっちまうなあとか思ってたけどな」
この男は50代ほどでよくこの店に来ては穹のようにいろいろ漁っては買っていく。ここでしか会わないので何をしているのか知らない。
「じゃあ少年いいことを教えてやろう、脳直結型ゲームはほどほどにな。アンリーシュだったか?アレはいろいろ曰く付きで始まったんだぞ。昔はアンリーシュって名前じゃなかったしな」
「へえ? 知らね、それ。どんなの」
「噂はたくさんあったがな。昔はグロードって名前でバトルゲームじゃなかったんだ。世界中の誰かと集まっておしゃべりするっつーコミュニティサイトだな。じゅう、何年前だったかな、20年くらい前か。運営中に事故があったらしく利用者が酷いショック状態になって病院行きになったんだと。何人か死んだだの意識不明だのあったらしいが詳細は有耶無耶になってサイトは閉鎖、会社は消えた」
「消えた? 倒産って事か」
「いんや、文字通り消えたのさ。調べたらな、子会社がいくつも役割分担して運営してただけで誰も実態を把握してなかった。親会社をどう調べても出てこなかったんだってよ。だから責任はどこがとるんだーって揉めたんだ。あん時は結構なニュースになったから覚えてる。結局子会社の一つだった今の運営会社が買い取ってアンリーシュをやってるらしいが」
「なるほど。だから年寄りはやらんのかこのゲーム」
「そ。だからまあ、のめりこみ過ぎんなよ。別に変なことが起きるとは思わんが、そういう出自があったってのは知ってて損はねえだろ」
もう変なことが起きているのだが、と思ったがさすがに口にはしなかった。
「ま、面白かったよ。あんがと」
「じゃあこれついでに頼むわ」
にっこり笑って男が穹の会計に一つ追加する。おもちゃの宝石のような赤いプラスチックの塊で、機械なのかただの置物なのかさえわからないので用途は不明だ。ちゃっかり具合にジロリと男を睨むがまったく効いた様子はなく鼻歌を歌っている。
「有料かよ」
「ま、大した金額じゃないしな」
ったく、とため息をつきながらついでに会計を済ませる。大人しく支払ったのは思いのほか今の話に興味がわいたからだ。この手の話はリアルにもネットにもたくさんある。ゲームの中に捕らわれた、幽霊がいる、人間のような自由意識を持った人工知能がいる……どこか使い古されたネタばかりだが。
このことを調べても穹にメリットがあるわけではないだろうが、おかしなことが起きているのをすべてハッカーのせいにするのではなくアンリーシュ自体を調べてみてもいいかと思ったのだ。
店でついでに調整用の工具を買いなかなか面白かったといい気分でいると、遠くに白いものが見えた。ふわふわと不規則に動くそれは風で舞い上がったビニール袋のようにも見えるが、はっきりとした形は見えない。
じっと見つめているとそれは不自然に突然消えた。あの消え方は3D映像だ。
「なんだあ? ついに地下にもプロジェクター投入されたのか」
【そのような情報はありません】
「ふうん? まあいいや」
誰か個人的にそういうのを使っている奴がいてもおかしくはない、ここは無法地帯なのだから。特に気にせずにもう一か所くらいどこか寄ってから帰ろうかと考えているとあの白いものが再び遠くに見える。
よくよくみれば、それは蝶のようだ。ただし実際の蝶よりもだいぶ大きい、手のひらくらいはあるだろう。蝶とはっきりわからなかったのは輪郭がぼけているからと、左右対称ではないからだ。中心、胴の部分がわずかにずれていておかしな形となっている。
「へったくそ」
【穹?】
「あれ」
指をさして示すとベルトに繋がれふわふわ浮いていたシーナが静止をかけた。大した力でないにしてもクイっと引っ張られる感覚に穹の足が止まる。
「なんだ、どうした」
【穹。あなたが指さした先には何もありませんが何が見えたのですか】
「は?」
見ればいまだにふわふわとさまよっている光がある。明るすぎず暗すぎない、今にも消えてしまいそうな蛍光灯のようにチカチカと点滅している。目で追っていると再び消えた。
「消えた。なんか白い蝶みたいのが飛んでたんだけどな。変な形してたからてっきり映像かと思ったんだけど」
【私は感知しませんでした】
「シーナが感知しない……」
人工知能は目の部分にあるカメラから風景を映像としてとらえると同時に様々な情報を得ることができる。温度感知、画像の悪い部分は処理により可能な限り分析し解明、物の動きからその前後の予測情報など監視カメラなどのネットワークにアクセスすればパートナーでも様々な分析ができる。例えば車が事故を起こしたらその映像を解析して直前にどんな動きをしたから事故を起こしたのかを予測する機能まで様々だ。その人工知能が感知しなかったのなら本当にそこに何もなかったという事になる。
「人にしか見えなくて画像じゃ見えないものって何だろうな」
【いくつか回答はありますが、穹が好きそうな回答でよければお答えしましょう】
「絶対くだらねえの来るだろ。言ってみ」
【天啓です】
「あー、うん。そうねー、俺が神様の仕いだったらそうかもねー」
半笑いをしてそのまま歩き出したが天啓、の言葉にふと思いついた。
「目に見えない、でもそこにある。VRとAR、MRってそもそもそういうもんだよな」
完全な仮想空間のVR、もともとあるものに要素をプラスする付加情報であるAR、現実の中に3D映像が映し出される技術のMR。MRはよくイベント会場などで使われる。町中、特に交通量が多い付近は事故を誘発するからと映し出される場所は屋内限定など厳しく制限されているが、やろうと思えば子供の小遣い程度の金で機材を集められ簡単なものはすぐにできる。それはVRも同じで体内チップとリンクさせる機材さえあれば簡単に見ることができる。
ARは付加情報なので同じ機材を使えば複数の者と同じものを見聞きすることができるが今蝶を見たのは穹だけだ。
「さっきの、もし投射式の映像じゃないとしたらシーナに感知できなかったりするか」
【VRは無理です。そもそもVRは投射式のものはありませんから原理からしてARやMRと違います。私が見るにはそのVRを映し出す機材とリンクする必要があります。しかし穹、あなたはヘッドセットを着けていませんし肉眼だけでVRを見ることは不可能です。体内チップはそのような機能はありません】
「わかってるよ。思いついただけだ」
言いながらも、映像にしてはやけに立体的だったなと思う。ARはどれだけ進歩しても結局は映像でしかない。あくまで映し出しているものなので立体的に見せているがよくみれば平たんに見える。トリックアートと同じだ。しかし先ほどのズレた蝶は映し出される角度も立体感も違和感がなかった。まるで仮想空間で脳に直接見せている映像であるかのようだった。そうなるとVRということになるが、シーナが言った通り何もつけていないのにVRだけを見ることはできない。
「ま、今は考えてもわからんからいいや。どうせもう消えちまったしな」
【私もできる限り情報収集をしてみます】
「そんなわけわかんないもんに?」
【穹、バタフライ効果をご存知ですか】
「そりゃあな。わかった、お前の好きにしろ」
【はい、そうします。現実世界の出来事よりも、あらゆる事象がデータとしてつながっているリアリティワールドは通常の17倍は注意が必要です】
「17倍ってピンとこねーな」
10倍とか100倍とかならまだわかる。1円が100円になったら買い物もできるが1円が17円になったところで微妙だ。
【昨日のチーム戦、3人すべて夜だとすると4回戦やった後残りの夜からメールが130通届いたらどうですか】
至極当然と言った様子でそういうシーナの言葉に穹ふむ、としばし沈黙をして力強くうなずいた。
「よくわかったけど、この先夜を指数にするの禁止」
【了解。非常事態などは夜3人分とか例えようかと思っていましたがやめます】
「やめてくださいお願いします」
【確かにやっかいな相手でしたがそこまで穹が拒否するのは珍しいですね。だいたい事なかれで済んでいるのに】
「ああ、なんかな。相性っつーか反りっつーか、一言でいうなら生理的に無理」
特にあの目、底冷えする。寒くもないのにぞくっと背筋に寒気が走った気がして速足にその場を後にした。
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