体質変異者

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 結局その後はどこにも寄らず家に帰り、さっそく購入したヘッドセットをいじってみる。説明書などないし穹はわからないものはとりあえずいじってみる派だ、好き勝手に触ってシーナの検索結果などを参考にしながらだいたいの構造は把握できた。 「劣化する部品は結構少ないな。日頃から手入れすればずっと使えそうだ」 【プラグをつないでみましたが、私とは同期できますが使いこなすことはできません。これが店主のおっしゃっていた機能をパーツごとに独立させた結果なのでしょう。どこか一部が故障しても故障を感知できますが更新とメンテナンスはできません】 「ああ、そっちの管理は俺がやる。さて、どんなもんかな」  頭に着けて手足のパーツもつけさっそくログインしてみる。相変わらず対戦申し込みのメールは多いがとりあえず無視し、他の試合の観戦に移動してみた。 「ん?……おお? あー、確かにこりゃ違うわ」  少し声が弾んだのは無理もない。十数年前の古いものであるなら映像などまったくリアルに映し出されずテキストのみかと思っていたが、体内チップとシーナ、もともとあるヘッドセットのバックアップを使い買ってきた部品で半分くらいは中身を交換して、店主が在庫整理だからと押し付けてきたいくつかの部品とチップを駆使した結果、通常とまったく変わりない映像だったのだ。しかも以前感じた光の過剰な効果は抑えられ、歩いてみても本当に歩いているかのようなリアルすぎる体感は抑えられている。これこそまさに穹が望んだほどよく効果を抑え、普通に使える設定だったのだ。 「おっさんすげーわ、アンリーシュでビジュアライズ合わんっつっただけで選んでくれた部品がこんなに合うとは」 【そうですね、正直私も同じ感想です。まるでアンリーシュを知っているかのようなピンポイントさです】 「知ってるのかもな。おっさん連中はやりたがらないってだけでやってないわけじゃないだろうし。は~、これなら新品いらないかもな」  試しに他の試合観戦をしてみたが目がちかちかするような不快感もなく、これなら通常通り使うのに問題なさそうだ。  今公式戦では高ランクの試合が行われている。本来の穹の実力よりももう1ランク上で心理戦と戦術が激しくぶつかり合う。相手のスキルを逆手に取ったり3ターン先は読んでいないと一つの判断ミスが敗北につながる高レベルな戦いだ。いくつか観戦してみたが全く問題なく使えることを確認できたので観戦を切り上げてトップ画面に戻り掲示板などを漁ってみる。  裏バトルとやらを調べてみたが皆噂話ばかりで具体的なものは出てこなかった。なんとなく秘密に行われている選ばれしものだけ参加できる特別なバトルなのだろうというのは統一の認識のようだ。中には参加したことある、というような内容の書き込みもあるがおそらく全部目立ちたいだけのもので実際に参加したものはいないだろうという印象だ。 【穹、今後具体的に何をしますか。登録解除はできませんが起動させなくても問題ないのでは】 「モヤっとしてる問題ははっきりさせておきたい。ピリオドの奴が言ってた裏バトルってのが、最初のハッカーに引きずり込まれたところかなって思った。あとこっちは確証がもてないが夢で見た映像な」 【なるほど、可能性はありますね。どちらも穹は巻き込まれた形ですし、ハッカーたちによる独自のフィールドの可能性もありますね】  共通点はどちらも采がいなかったことだ。アンリーシュにおいて采は審判なので試合でいないことなどありえない。公式であんな無茶が許されるはずもないので間違いなく非公式だ。 「噂とかじゃ結構稼げるとかもっとスリルある戦いができるとか予測はいろいろあったけど実態は不明だな。本物の参加者情報がないし、たぶん本当に参加した奴はこんなとこ書き込みなんてしてない気がする。面白けりゃ黙ってたいし、マジでやばかったら書き込みなんてしてる場合じゃない」 【公式の掲示板で探すのは意味がないでしょうか】 「いや、お前がピリオドに気づいたみたいに何か目印でもあるかもしれない。不特定多数の中から気づいた奴とか、選ばれた奴だけが見れる何かがある、とかな。ま、そもそも本当に裏バトルなんてあればの話なんだけど」  噂はあくまで噂。穹が体験したことを結びつけるのは強引かもしれないが今思いつくのはこれだけだ。これが何もない気にしすぎのことだとはっきりすればもう二度とアンリーシュにログインしない。 【メールでは行き方を見つけたとありましたが】 「勘違いか嘘だろ。あんな間抜けに簡単に見つかるなら俺にも絶対見つかる」 【確かに】  突如会場がわああ、と盛り上がった。試合を盛り上げるためのサウンド効果だとわかっていても本当に歓声があがったかのようだ。試合を見ればどうやらピンチだった方が形勢逆転して相手に大ダメージを与えたようだ。 「たいしたスキルつけてないのにどうやって逆転した」 【つけていた攻撃スキルなどは特別なものはありません。クリティカル率を上げるスキルはつけています。しかし穹、この数値は】 「ああ、ちょっとおかしいな」  クリティカルはこのランクになると滅多に出ないうえそれほど攻撃力が増加するわけでもない。貫通もないので相手が防御を上げているとある程度抑えられる。クリティカル「率」を上げるだけならこんなダメージは通らないはずだ。  ちらりと掲示板を見ると興奮した様子のファンの書き込みが怒涛の勢いで相次ぐ。この場面で、ここで逆転とか熱すぎる、と祭り状態となっている。誰も違和感はないようだ。場に酔っているのだろう。 「クリティカル率を上げるのもまあつけてるんだろうけど、たぶん今の攻撃力は別のスキルだな。カウンターとかだったらスキル非表示できるし一般客の俺らからじゃ見えない。ここまで追い詰められてからじゃないと使えないとか、相当使用条件厳しいんだろうな」  スキルは強力であればあるほど条件が厳しくなる。複雑なプログラミングをしてしまうとそれだけで容量が大きくなり、バトルにつけられる容量を超えてしまうのだ。弱いスキルほど容量が少ないのでたくさんつけられ、強いスキルほどあまりつけられない。容量の大きさは相手にも運営側にも迷惑がかかるため運営が使用可能容量を制限しているのだ。  それを軽くするに使用条件を複数設けてモーションを分散させることだった。強力なものほど条件が複数存在するのはそのためだ。穹が使った相手のスキル数によって能力値が上がる物も4つ条件を設けてようやく使えるようにしたほどだった。 「シーナ、今逆転した奴ってこういうシチュエーション多いのか」  問いながら穹が見ているのは先ほどの掲示板だ。ファンの書き込みには「やっぱり土壇場で強さが出る」「いつもピンチをひっくり返せるのが凄い」というものが多数目立つ。ということは、ぎりぎりの条件で発動するスキルを使うのは今回が初めてではないということだ。その戦い方があまりにもドラマチックで酔いしれあまり疑問に思わないのだろう。 【ランク上昇がかかっている一戦にそういうことが7回ありました。戦績は単純計算で一日に40戦はしてきていますが、その7回はすべて公式戦のみです】 「すっげえな。廃人ってやつ?」 【普通に学業や仕事をしているライフスタイルの人には無理な戦績ですし、おそらくそうです】  のめりこみすぎて引きこもってプレイし続けている者は多い。登録の日時と戦績はプロフィールで誰でも見れるので一日にどれだけフリー対戦をしてきたのか見ればその本気さがうかがえる。  一試合にかかる時間は試合設定次第で変わるが、一般人なら日中出かけているので夜しかできない。となるとだいたい1日10試合が限界だ。40戦もするなら寝てる時以外ほぼすべてゲームをしていることになる。 「いるもんだなあ、変な奴。ちょっとこいつチェックしておくか」 【何か気になることが?】 「アンリーシュ始めて4か月、戦績は勝率82%、よく使うスキルはほとんど公式から買えるスタンダードなもんばっか。でも公式戦のときだけ勝率100%。これだけでも結構胡散臭い」 【そうでしょうか?】 「戦績上では凄い人、ってくらいだ。お前もそう分析したから今の感想が出たんだろ」 【はい】 「道具はあくまで道具、使い方次第で戦績なんて変わる。先読みとか状況分析がうまい奴と猪突猛進のバカが同じスキル使って戦ったら当然前者が勝率10割だ。そいういうのは戦い方みりゃわかる、特に初手と2ターン目が上手いからな。でもこいつはなあ」  開いたのは今の戦いのリプレイだ。開始時からいたわけではないのでどう戦っていたのかはリプレイを見ることで確認できる。 「特殊効果を使いたいがために余計な手間暇かけてるだろ。1ターン目と2ターン目で無駄な攻撃してるし。そんな事する暇あるなら普通に攻撃したほうがいいと思うんだけどまあそれは置いといて。一言で言っちまえば、戦略が下手」 【戦略が下手ということはそれほど強くないということで、戦績と戦い方がマッチしていないということですか】 「そういうこと。だったら確実に勝てるスキルを持ってるんだろう、他人からは見えない特殊なスキル……違うか。どっちかっつーと、逆転するその時だけ急に戦い方が上手くなってるって感じか?」  過去の戦績、特に逆転勝ちをした時のリプレイを見るとそういう印象だ。ピンチになって何か覚醒して逆転しているのか、逆転を演出するために最初に弱さを演じているのかはわからない。あくまでデータ上でしか憶測が立てられない。 「あからさまじゃないから核心は持てないけど、なんかチートでも使ってる感じ。でもスキルはスタンダードなのしか使ってないからなあ?そういうこだわりっぽいし、そういうことするはずないって先入観が生まれるだろ」  自由度が高すぎるアンリーシュにおいて自作スキルや違法プログラムを使わない、与えられているものだけで勝ち進むというこだわりを持つプレイヤーはいる。他のユーザーが作ったなんでもありなスキルを使わないことで勝てるのなら、それだけそのプレイヤーは知略が得意で運も強いということでかなり注目される。 【そうですね、そういわれると確かにこのデータには違和感があります。このプレイヤー『AP』を登録しておきます】  そういうとシーナは穹のマイページからAPの登録をした。登録すればこのプレイヤーが試合を開始すれば通知が来る。一日中ゲームをしているようなので四六時中試合開始の知らせが来るだろう。対戦相手を見て観戦するか決めればいいことだ。 「んじゃあヒマだし情報収集活動でもするか」 【具体的にどのような?】 「ゲーム廃人くらい長時間プレイしてる奴をまず洗い出してみる。こう言う奴らこそ裏バトルの情報が入ってくるはずだし、参加したいはずだ。その中でおかしな勝ち方してる奴がいないかどうか」 【その言い方は、何か推論があるのですね】 「ああ。まだ勘の域だけどな。もしかして本当にいるんじゃないかなって思った。裏バトルに参加してる奴」 【参加しているとおかしな勝率になるということですか】 「裏バトルっていうくらいだし、表に出せないヤバイことやってるとして。まあなんだ、他のゲームのセオリー通りならヤバければヤバイほど報酬はかなりイイ物ばっかかなって。さっきの逆転、もし普通のユーザーじゃ使えないようなスキルを使ってたとしたらその報酬とかだったら話の辻褄が合うから」  シーナに説明しながら先ほどの逆転した時のデータを自作の分析画面に取り込む。アンリーシュで得た情報などから様々なソートをできるようにしているのだが、よく使うのは戦力の分析だ。どんなスキルを使いどのタイミングで使うことによって最良の結果が得られるか。登録時公式戦は絶対にやらなければいけないのでその時作ったものだが今もたまに使う。  そこに入れた先ほどのデータをいくつか条件をかけて計算するといくつか答えが出てくる。 「さっきの条件で攻撃、防御、見えないスキルによる特殊効果があったとしてもあそこまでライフは削られない。逆に考えて、何をすればそこまで減るのかって話なわけだけど」 【いくつか条件はありますが、共通点は相手にとって不利な条件だったということですね】  シーナもデータを見ながら得られた情報を確認する。フィールド条件が合わない、APの武器と相手の防御の相性が悪いなどいくつかある。 「相手にとって不利。ま、簡単に言っちまえば相手にとっての弱点ってことだ」 【確かにスキルの特性次第では弱点になるものはありますね。この時のこのプレイヤーには特に弱点はないようですが】 「だから変なんだよ、弱点ないのにこの数値だぞ。これってさ」  言いながら再び条件を絞って計算する。確率89%で導き出された答えを見てやっぱりな、とつぶやいた。 「相手の弱点を防御無視してクリティカルでどついた並の数値なんだよな。要は丸裸の相手をボッコボコにするようなもん。そんな条件じゃないのに、そんな条件でしかありえないような数値なんだよな」 【APは誰が作ったのかもわからないようなオリジナルスキルは使っていないですからね。スタンダードなものだけでこの攻撃力を出すには穹の言う通り、この条件以外にありえません。しかし、その条件で戦ったという事自体もありえない。矛盾していますね】 「な、面白いだろ。矛盾を矛盾じゃなくすのっつーと、チートは省くとしてどんなスキルがあるんだろうなって思うと調べたくもなる。あと、そんなスキルをどうやって手に入れたのかとスタンダードなもんしか使ってない奴がなんでそんなスキル使ってるのか、とかな」  それが裏バトルに関わって得たものなら胡散臭いことこの上ない。話が出来すぎだ、まるで三流ライターが書いたような物語であるかのように。つまらないを通り越して一周回って面白いのだ、穹にとっては。 「もしこの推測があってたら、アンリーシュはクソゲー確定だ」 【そうですか。割と初期段階からそう思っているかと認識していました】 「そんなこと……なくもないか」 【はい。登録して公式戦を1回プレイした後の穹の感想第一声が『つまんね』でしたから】 「あー」  アンリーシュに登録した後は必ずチュートリアルを1回やることになっている。その相手は采だ。実際攻守を交互に体感してゲームの流れを把握するのだが、穹は特に魅力を感じなかった。 「だって采に絶対勝てないだろ。思ックソ手加減してあやしてもらってるわけだから、つまんねーなって」 【チュートリアルとはそういうものですよ。練習なのに采が本気で殺しに来たら嫌じゃないですか】 「えー? それなら俺も本気で殺すつもりでやるけどなあ」  そんなことを言って、ふと違和感があった。ゲームの相手に殺しにかかるってなんだ、ゲーム廃人じゃあるまいし。  ピリオドとのチーム戦をやっているとき、相手の手の内がだいたい読めた後酷く冷めた。この程度か、と思ったのだ。もともとアンリーシュを登録したのはバトルがしたいからではなく、超巨大なコミュニティサイトのようになっていたからだ。利用価値があると思ってバトルそっちのけで情報収集にあたっていた。 なのに、あの時確かにつまらないと思った。この程度か、こんな奴らが相手なのかと。欲しいのはこんなものじゃない、もっと、もっと。 何を求めていたのだろう、アンリーシュのバトルに。 ふと脳裏によぎるのは夜のあの言葉。 「あーそっか。お前その程度だったのか。もっとマシかと思ってたけどなんだ、ゴミ屑か」 その気持ち、少しわかる。
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