ユニゾン

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目を開く。 ゲームセンターのコンソールパネルの前にいる。戻ってきたのだ。  シーナはパタパタと羽ばたいて寄り穹の腿の上に着地をした。今の穹は瞳の色こそ元に戻っているが、完全にあの空間と同じ目つきをしている。脳波も眠っている状態だ。始まる前に穹がヘッドセットの設定を叫んだので穹に聞こえる音は制限をかけてプレイしていたが、それでもここまで影響が出てしまった。  穹はシーナを静かに見ている。普段なら体に乗ってくると撫でるか掴むのに触れようともしない。いろいろあったが今目の前にいるのはシーナだ。シーナの事で片づけなければいけないことがあった。 「最後の行動はなんだ、指示してない」 【あなたの戦略どおりにしたまでです】 「話してない。なんだと思ったんだ、俺の戦略は」 【穹は沙綾型、いえ、人工知能に理解できない枠にはまらない戦い方をして沙綾型のエラー思考を狙いましたね。人なら臨機応変、ケースバイケースができますが人工知能はそれができません。私のようなパートナータイプの人工知能はデータにない行動は理解できないので不明として処理をして終わりにしてしまいます。しかし普通の人工知能と違う沙綾型は答えが出るまで思考を止めようとしませんでした。それ自体が無意味な行為です。人でなければ理解できないことを、人工知能がいくら理解しようとしてもできるはずもない。全体が見えずそれだけにこだわり続けた結果、人工知能らしからぬ単純な見落としやミスまで起こす始末。最後の行動は、何かあるのではないかと相手に錯覚させて強力なスキルを使わせないためのものです。穹が途中で言っていました、相手は肉体を破壊しかねない強力なスキルしか持っていないと。それを使われると穹が死亡する可能性があったのであの行動に出ました】 そこまで一気に言うとシーナは一度言葉を止めて穹の反応を待つ。穹はまだ無表情だ。これではだめだ、穹に必要なことは先ほど自分で言っていた。 【穹、早く店の処理を終わらせて帰りましょう。あと1時間で特売の時間になります】 「……」 【丁度メニューも決まりましたし】 「……」 【ローストポークです】 「……。えー」 しばらく沈黙した後明らかに嫌そうな顔をする穹はいつもの脳波に戻った。パタパタと羽を動かすシーナを抱き上げると撫でる、その手つきは優しい。 【もっと面白いネタが言えるように勉強しておきます。今のは60点くらいでしたね、反省し次に生かしましょう】 「いや、そっち方面鍛えてほしいわけじゃないんだが」 【穹と私の掛け合いが人としての穹に必要と判断してのあの指示なのでしょう。とりあえず漫談のデータを1TBダウンロードしておきます】 「やめろ、そんなことに容量使うな」  軽く掛け合いをしながらまずはセキュリティをチェックし、被害が拡大していないかを確認すると客が使っていたデータの一部を完全消去して最終調整をすると店長に終わった趣旨の連絡をする。  荷物をまとめて帰り支度をしながら軽く何があったかを説明した。ただ穹自身もわからないことが多かったので家に着いたらゆっくり整理することにして内容はだいぶ端折ったが。 「まあまずは飯食ったら考えるか。腹減ってると考えまとまらねえし」 【そうですね。豚肉買って帰りましょう】 「とりあえず豚から離れろ」 【豚に体をキズモノにされたのにですか】 「いやもうマジで勘弁してください。お前実はちょっと怒ってないか、俺が無茶したの」 カウンターを使うために一撃だけ受けた傷だけ治っていない。案の定こちらに戻ってきたとき腕に怪我をしていた状態だったのだが出血自体はすでに止まっていたので軽い応急手当だけで済んだ。どうやら100%怪我を再現するのではなく、少し軽い症状で現れるらしい。 【怒るという感情は私にはありませんのでその回答はできません。それにあの時はあれしか方法がなかったのですから不満はありません。私ではどうしようもできなかったのですから】 「あっそ」 【ただ、こうでも言っておかないと同じ事を平気でやりそうなので。5つ目のスキルを使った時軽度の心不全のような症状が出ていました。今は治まっていますがあの空間での無茶はそれなりに寿命が縮みます。次安易に同じことしたら座薬突っ込みますよ】 「お前のその性格は一体何から学習した結果なんだ」 【訂正します。夜に座薬を突っ込んでもらいましょう】 「すみませんでした無茶しません」  違う物でもぶち込まれそうなのでとりあえず素直に謝る。しかし同時に先ほどの事も思い出していた。 穹、夜、宵。ユニゾンが三人揃った。目的は沙綾型だった。夜はおそらく沙綾型を壊すため。宵は、夜に壊させないためにも見えたがわからない、宵も回収にきたのかもしれない。 宵が言っていた。沙綾型を暁に渡してくれと。  暁、確か意味は明るくなる前の朝だったか。おそらくユニゾンだ。会ったことなどないが、今後会うと確信しているから穹に託したのだろう。今は現実なので自覚はないが、沙綾型は今穹が持っている状態だ。  暁に渡すと何が起こるのか、わからないことがあまりにも多い。そもそも宵を信じていいのかもわからない。良い人そうな雰囲気ではあったが、ああいう手合いはだいたい腹の中が黒い。穹に友好的なのも利用価値があるから近づいてきているような、そんな印象だ。どうもあちらでは人工知能のような考えになるせいで、相手が何を企んでいるのかなど感情的な部分での判断ができない。今目の前に起きていることを処理しようとしてしまう。 渦中にいる割に穹は知らないことが多い。そこまで考えて穹は手を止めた。 「そもそもの話だけど」 【どうしました?】 「何で俺は夜達と違って何も知らないんだ?」  夜も宵もおそらく暁も、沙綾型も皆事情を知っている。何故か穹だけが何も知らない。知らない、のではなく覚えていないという方が正しいか。20年前の事故の際確かに穹は経験しているのだ。記憶の引継ぎが上手くいっていないのだろうか? それともそのことを忘れてしまう何かがあったのだろうか。本当に今更だ、何故もっと前に疑問に思わなかったのだろう。考えなくてはいけないことがたくさんありすぎて気が回らなかった。 「なんだか釈然としないから角煮でも作るか」 【いつものスーパーがそろそろ半額セールです】 「あの混み具合に突っ込む勇気ない」 【主婦というのは凄いですね。穹があのレベルになったら尊敬に値します】  帰ろうとしたとき、バンバンとドアをたたくような音が聞こえた。店はすでに閉店の表示をしてあるので開いていないのは一目でわかる。だからこそ叩いているのだろうが。音は鳴りやまずかなり激しく叩いているのがわかる。酔っ払いが叩いているというよりもなんだかさっさと開けろという必死さが伝わってきた。ちらりとシーナを見ればシーナも体ごと穹を振り向いてくる。 「シーナ的にどうする」 【無視でしょうか】 「正解」  あいにくゲームセンターでは警備会社と契約はしていないので叩こうが喚こうが駆けつけてくる人はいないが、これは対応しない方がいいパターンだと直感した。店長のモットーである「面倒ごとには関わらない」は穹も推奨している。正面も裏口も体内チップ認証かデジタルキーがなければ入れないのでそのうち諦めるだろうと音がやむのを待つことにした。耳をすませば何やら叫んでいるようだ。 「開けろ、っつってんのかな」 【何か困っていて本当に入れてほしい人と店を荒らしに来た酔っ払い、どちらでしょうか】 「どっちだったとしても対応は変わらない」  そうしてしばらく放置していたが、やがて静かになった。諦めて帰ったのだとは思うが念のため用心はする。先ほどシーナには明確に答えを返さなかったが、おそらく酔っ払いではない。若い男のようだったが酔っ払いのようなわけのわからない内容やおかしな呂律ではなかった。かといって忘れ物か何かをして入りたいという困りごとがあったとも思えない。本当に困っているなら店に電話をして事情を説明すればいいだけの話だ。直接来て暴れるのに近い事をしていくのはあまり大っぴらには言えない事情でかなり切羽詰まっていて冷静な判断ができない状態と考えられる。そんな奴とまともに会話をする気はない。  今日は本当にローストポークにしようかな、などと思いながら従業員用出口に向かえばピッという音がした。今のはドアを開けるためのセキュリティカードを使った時の音だ。すなわち、ドアロックが解除された音である。バイト仲間かな、などと思うことはなくドアが開き入ってきた相手に向かって思い切り蹴りを繰り出していた。相手はまさか目の前に人が待ち構えていたとは思っていなかったようで見事にその蹴りを喰らう。鳩尾に入ったので何やらうめいてその場に倒れこんだ。 「あ、悪い。つい」 【何がつい、ですか】 「いやだって。店閉まってるのに入って来る奴が他にいるはずもないし、泥棒かなって。でも今思えば店長って可能性はあったな」 【店長だったらどうするつもりだったのですか】 「まあ問題ないだろ」 【店長に対する扱いが雑ですよ】  会話をしながらも相手の動きを注意深く観察しながらドアを見る。入ってきたのは若い男で穹より少し年下かもしれない。見覚えはないのでバイト仲間でないのは確かだ。ドアには何か小さな器具が付いており、ドアロックのハッキングに使われた何らかの器具だろう。 「よし、泥棒には間違いないからボコって正解だった」 【完全に結果論ですけどね】  痛みでうめいて動けないでいる男の頭に軽く蹴りを入れればあっさりと吹っ飛んで再び倒れた。男の周りを動物のようなものがウロウロしていてパートナーだとわかる。  パートナーは自分の持ち主が危険に陥っていても相手に危害を加えることはない。文句くらいは言うかもしれないが人に危害を加えるという発想自体がない。プログラムされていないのでそれはあたり前の事だ。そう考えるとやはりリッヒテンのあの行動は異常だ。そしてそれがリッヒテンにとっては異常ではない。 もし、その設定が今後すべての人工知能に生かされてしまったら……。
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