ユニゾン

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 ビシっと穹を指さすロボット……暁を冷めた目で見つめながら言えば、シーナはふわふわ飛んでいたがポテっとその場に落ちた。まるで飛んでいる鳥が突然死でもしたかのようだ。 「おいどうした」 シーナが飛んでいて落ちるなどなかったので少し焦る。まさか暁にハッキングでもされたのかと心配したがすぐにシーナは立ち上がった。 【すみません。あまりの理解不能事項だったので思考パターンに容量使いすぎて飛ぶのを忘れました】 「あー、理解キャパ超えたか。まああんま深く考えるな。すぐに会うってのはわかってた事だ」  そう言いながら暁を見れば、こっちはこっちで大混乱中のようだ。うーんうーんとうなっていたが、突然思い立ったように立ち上がり穹に突進してくる。ガシっと腕にしがみつくと確かめるように腕をたたいたり引っ張ったりしている。 「何してんだよ」 【いや、本当に生ものかと確認したくて】 「普通の人間と同じ大きさのボディは商業用ロボットもパートナーもまだここまで完成してねえだろ」 【機械の体はね。君、覚えてないの】 ぶつぶつと独り言をつぶやく暁を両手でつかむと目の前に掲げた。暁は抵抗もなくじっと穹を見つめている。真正面から見て穹を観察しているようだ。 「今のどういう意味だ」 【機械はどうだか知らないけど、有機コンピューターと直リンクできる人間の肉体はとっくに完成しているよ。それが僕たちの昔の肉体だ。クラッシュが起きて肉体はダメになったけどVR世界にとどまったりパートナーボディを使う事はできた。まさかそれ以外で人の体を手に入れてるなんて思わなかったから】 確かに人間の肉体を手に入れるのは容易ではない。人工知能たちは体質を変化させた者たちの肉体を欲しがっていたように、胎児から影響を与えその肉体へと作っていくのなどほぼ不可能だろう。だから暁は最初からパートナーの見た目であるシーナをユニゾンと思ったのだ。 ―――ってことは、夜も宵も肉体を持っていない可能性の方が高いという事か――― 【宵はそうだね、夜は知らないけど持ってないんじゃないかなあ?】 「つい考えこんじまけど筒抜けになるんだった、気を付けねえと」 【穹、今度から考え事は口に出してください。そこをお二人で納得しても私にはわかりません】 そういえばそうだったとざっと今のあらましを説明する。シーナは一応理解できるところまでは情報として受け入れたようだ。 【いろいろとお聞きしたいことはあるのですが、優先順位としてセキュリティの穴をどうにかするのが先でしょうか】 【話が速くて助かる。ここのネットワークは傷跡がついたままだ、このままじゃリッヒテンに見つかる。そうなると彼らの根城を一つ増やすことになるから修復が必要なんだ。信じてもらえないかもしれないけど、僕だって捕まりたくないからできる限りの事はするよ】 「リッヒテンの根城増えるとお前にどんなデメリットがある」 【君は閉ざされた町の中に殺人鬼の別荘ができるかもってわかったらほっとく?】 「ああ、なるほどな」  暁の言葉に穹は少し試案したが、結論としてはおそらく今の暁の考えは信用できる。ここでこの店のセキュリティをいじったところで暁にはメリットは何もない。わざわざ来たのだ、事はそれなりに緊急度が高いという事だ。それに沙綾型との戦いで宵と夜がVR空間を作り探査人工知能に見つかりかけていた。今後似たようなことがあればやはりここは怪しいと思われて当然だ。もしかしたらまたイベントが開催されるかもしれない。そうなったらまた別の小細工をしてくるだろう。 「先に言っとく。変なことしたら電子レンジ行きな」 【君はちょいちょい言う事ゲスいよね】 【本当にゲスいのは今言った事を本当に実行する点です】 【え、うそでしょ?】 ぎょっとした様子で穹を見ると二、三歩後ずさった。それをガシっと掴めば慌てて逃れようとする。 【勧誘用の商業用パートナーがしつこく訪問したとき一度。それを持ち主の会社に連絡したら二度と勧誘が来なくなりました】 【それ絶対頭がおかしいと思われたじゃん】 「見ず知らずの人間に頭がおかしいと思われても痛くもかゆくもねえな」 【何でこんな子に育っちゃったのかあ。昔はあんなに素直でおとなしかったのに】  しくしく、と泣くような仕草をするので手放してべしっと頭頂部にチョップを入れる。いて、と言ったのでパートナーボディでも痛覚があることがわかる。ロボットに痛覚というものは存在しないので昔肉体があったときの記憶からの再現だろう。 「昔がどうだったか知らんし興味もない」 【まあいいや。さっきから本題逸れまくりだから、とりあえず中に入れてよ】 「操作は俺がやるからな」  コンソールには連れて行かずに死亡した客が使っていた席に連れていく。コンソールをいじっただけでパソコンの調整はまだしていなかったので見るのにはちょうどいい。  席に着くと使用履歴を表示し普段はロックして使えないようにしているコントロールパネルをロック解除する。パソコンに詳しい者なら少し時間をかければロック解除できるが、パソコンの使用状況はコンソールの方で監視敷いているので設定変更などを感知したら客に厳重注意、悪質な場合は出入り禁止措置を取っている。その監視をかいくぐったことができたのなら、それは人工知能の仕業だ。 【とりあえずここで死んじゃった子がアクセスした方法とソースコードを完全削除、削除した部分に違う使用履歴を入れておかないと】 「俺がやらなくても消されてたぞ」 【それは履歴だけでしょ。どういう方法でアクセスしたのか含めて全部だよ。普通の人じゃできない方法を見つけ出して嗅ぎつけてくるんだから、普通の方法に直しておかないと。今のところ救いは探査してるやつの能力がまだスパコン並じゃないことだね、時間がかかる。だから今のうちなんだ】 【それは何度も繰り返していくと相手も学習して、修復個所を見つけながら探ってくるのでは】 【まあそうなんだけど。だから滅多にやらないようにはしてる。相手は世界中のネットワークを常に監視してるからさすがにリアルタイムで見つけるのが難しいみたいだから、本当に緊急時だけね】  穹の知識と暁の考えを織り交ぜながら不自然にならない程度に修復をしていく。だんだん無言になり黙々と作業を進める穹を、シーナはじっと見つめるだけで特に声はかけなかった。今シーナの理解範囲外の事を行っているのだから口出しはできない。 【寂しいの?】 突然暁にそう問われ、シーナは応えに詰まる。何を言われているのか一瞬理解できなかったからだ。 【寂しい、とは?】 【今穹はちょっと“アッチ側”だから。君が知ってる穹じゃないから関われないのが寂しいのかなって】 【おっしゃる意味がよくわかりません。私には、というより人工知能に感情は形成されていませんので寂しいという言葉は不適合です】 【そう? 君は随分と人っぽいと思ったんだけどな】 【穹がロクデナシなのでそう学習したのかもしれませんね。パートナー型人工知能は本来持ち主である人間をたてる言動になるはずなのですが、何せ穹は人様には自慢できない人間性なので】 「聞こえてんぞ」 【お気になさらず。そちらに集中してください】 「できるか」 そんな二人の掛け合いを見ていた暁はふるふると震えている。震えているというよりもがくがくと振動しているという方が正しいが。どう見ても危ない状態にしか見えないので一応穹は手を止めて暁を見た。 「なんだ、爆発でもするのか」 【き……君たち面白すぎ……くっふふふ】 「え、嘘だろ今の笑う動作なのかよ」 【どう見ても不具合が起きたようにしか見えませんでしたが。せめて口元、口はないので口と思われる場所を手で覆っていただけるとわかりやすいです。今のは完全にウィルス感染したかただの痙攣です】 【正反対に見えて息ぴったりなんだもんなあ】 やれやれ、とため息でもついていそうな暁を見た後再び穹は作業に戻る。そんな穹の背中を眺めながらシーナは暁に言った。 【例え私の知らない穹になりつつあるとしても問題ありません。これから知ればいいだけです。私の理解できない範囲は穹が理解していますので、私に知っておいてほしいことは私のレベルに合わせて教えてくれます。その中で私ができることをすればいいだけです】 【……】 【どうしました?】 【いや。その考え方はパートナー型人工知能っぽくないなあと思ったのとあとはまあ、なんだろうね。ちょっと僕の知り合いと似たような言い方だったからびっくりした。なんでもないよ、忘れて】  それだけ言うとぴょんと飛び跳ねて穹が操作するパソコンの横に着地する。暁は人工知能そのものではなくユニゾンだ。ということは人としての考え方に長けている。忘れて、とまで言ったのだから言うつもりはなかったが思わず口にしてしまったということだろう。今のはあまり掘り下げてほしくない話題なのだろうと思いシーナは特に深追いをしなかった。もし暁が表情の出るボディを使っていたら、今どんな表情をしていたのだろうか。  今のを、寂しそうというのだろうか。シーナの思考ではそこまでの答えに到達できない。 しばらくデータをいじっていた穹だったがようやく作業を終えて息をついた。その内容を見た暁も大きくうなずく。 【とりあえずこれで完了。まあ探査からは見つからないかな。お疲れお疲れ】 ペしぺしと肩をたたく暁を見ながら、穹はこの後どうするかを考えていた。正直思いのほかこの作業が大変で疲れている。ただデータを入れ替えると言っても違和感がないように調整するのは想像以上に骨だった。自動ツールか何かないと手間がかかって仕方ない。今回は暁がいたので最短でできたが、これを自分でやるとなるとかなり骨だ。プログラム組もうかな、と思っていると暁がぴょんと飛び降りて床に着地する。 【じゃあ、用事も済んだし僕は帰るね】 「え、帰るところあるのお前」 【まだ聞きたいことがたくさんあるのですが……ちょっと待ってください、何故そっちを突っ込んだのですか】 「いやだって気になるだろ」 【最優先すべき事項が違うと思います】 【穹の質問の答えは特定の家はない、今気に入ってるのはアパートの屋根裏。そっちの……あれ、そういえば君の名前聞いてなかった。まあトワイライトでいいか。トワイライトの問いの答えはその時間はない】 「時間?」 【夜や宵はどうせ教えてくれなかっただろうから言っておくね。僕らはあまりお互い近い場所にいない方がいいんだよ。距離が近いと繋がりが強くなってリッヒテンに見つかりやすくなる。今僕らが捕まらないのはリッヒテンの探査レベルが高すぎるからだ。だからレベルの低い他の探査専用がたくさん飛ばされてるんだけどね。穹、君は昔の事覚えてないんだよね?】 「ああ」 【だからリッヒテンに見つからないんだよ。それを僕らがいろいろ教えると記憶、あとは記録かな? それが戻る可能性が高い。そうすると間違いなく君は真っ先に見つかってしまう。見た感じ、今君は無差別にモジュレートをする状況だ。それがなんとかならないと情報を伝えることができない。何か伝えるとそれがすべてオンラインを通じてリッヒテンに行く可能性があるから】  一度会えば繋がりやすくなる。それはユニゾン同士だけでなく人工知能にも有効となるとリッヒテンも該当する可能性があるということだ。なるほど、と思う。どおりで夜も宵もいつでもコンタクトが取れる状態なのにすぐにいなくなってしまうわけだ。夜はいつも言いたいことだけを言って立ち去っていた。近いと良いことがある、などと言っていたがあれは夜なりの皮肉だったのか、それともリンクを深くすることで何か他の目的があったのか。
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