ユニゾン

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 いずれにせよ無防備なユニゾンが一人ふらふらしているのに何かを伝えるという事ができない彼らにしてみれば非常にやっかいな存在だったのだ、穹は。だから持て余していた。夜の言っていた、「今自分の状況を理解したら自分を罵るに決まっている」と言っていたのはこの事だったのだ。  確かに今自分を思いっきりぶっ飛ばしてやりたい。思い返しても今までの行動は能天気すぎて嫌気がさす。特に沙綾型に二回も会ったのは首の皮一枚繋がっていたようなものだ。最初の一回目は人工知能とユニゾンが同じ場所に存在したからリッヒテンに見つかったのだ。たまたま穹はその場を後にしたので難を逃れた。 「なんかもう絶望的だ」 【何が? まあ用事があったらまた来るよ、連絡先を交換なんてできないし僕らは会おうと思えばいつでも会えるから。それまでに修行してその駄々洩れどうにかしてね、じゃあ】 シュタっと手を挙げて走って行く暁を見送りながら穹は椅子に思い切りもたれかかる。 【穹】 「逃がしていいのかって? しょうがねえよ、今は」 【いえ、そうではなく。彼は出られないのでは】 「……」  その言葉の直後、ベシベシと扉をたたく音が聞こえていたが静まり返り、うええええ~、と声が聞こえた来た。穹は盛大にため息をつくとパソコンの電源を落として出口へと向かう。扉に縋りつくようにもたれかかっているロボット拾い上げるとドアを開けて外に出た。 【あ、優しい】 「俺も帰るんだよ。腹減ったし」 【今日はローストポークでしたね。ところで穹、沙綾型を暁に引き渡す件はいいのですか】 「え?」 【え?】 【え?】 全員が同じ言葉を発し、その場に沈黙が下りる。たっぷり数秒間があったが最初に我に返ったのは穹だった。 「……忘れてた」 【は……ちょ……え? え?】 【あ、やっぱり忘れてましたね】 【はあああああああああああああああ!? 今なんていった!?】 ぎゅん、と音を立てて暁の腕と足が倍以上に伸び穹の顔面にしがみついた。 「おいこら、重い」 【だって!だって今、はあ!? 何してんの!?】 【言い忘れていましたが沙綾型と喧嘩して勝ったのでボロボロの状態で今穹が持っています】 【あlkshjちhがいwkじぇ!!】 「まあちょっと落ち着けよ。あといい加減離れろ。近いのはNGだっつったのお前だろ」 無理やり引きはがしてポイっと放り投げると器用に四つん這いの状態で着地をする。穹に近寄ろうとしたが、頭を抱えて迷った挙句結局近づくのをやめた。 【今日はもうタイムリミット! また来るけど! 何でそれ最初に言わないんだよ! そっちが最優先事項だっただろお!】 「俺の中では割とどうでもいいわ、あんな南京玉すだれみたいになってるやつ」 【そうだよね! 君は今何も知らないんでした! ああもう、夜も宵ももうちょっとさあ! また今度ね! クソー!!】 地団太を踏みよそ見をしながら走り出して電柱にぶつかるその姿はまさしく。 「異様だな」 【はい。ちょっとバグって壊れる寸前に見えます】 「ひげ切られた猫みたいになってんな」 【それはデータがないのでわかりません】 「ま、こんな状態でほっとけないだろうからすぐに来るだろ」  セキュリティの穴をふさぐことよりも最優先だと慌てていたので沙綾型の件は最重要案件と思っていい。そう遠くないうちにくるだろう。ひとまず暁は穹に対して敵意はないようだ。何を考えているのかわからない夜や宵に比べればまだ話がしやすい。過去の事を教えてもらうには今の穹の状態をなんとかんしなければならないが、自覚がないうえ何をどうするのかもわからない。 ―――あのVR空間に行けば答えにたどり着けるのかもしれないが、自力じゃ行けないし沙綾型を持っているこの状態では行かない方がいい。次の暁の出方を待つか―――  そう考えながらふと時計を見ればすでに夜中近い。意識していなかったがあのセキュリティの穴埋め作業かなり時間がかかったようだ。空腹はすでに通り越してむしろ今は何も食べたくない。  結局ローストポークは諦め家に帰ってスープを飲むだけにとどめた。ただしスープの中には深夜までやっているスーパーで激安で買った痛む一歩前くらいの値引き品の野菜が細かく入っている。具なしスープを食べようとしたらシーナが目の前でブレンダーに野菜を突っ込み細かくした後危なっかしい様子でスープに入れようとするので諦めて自分で入れたのだ。  スープを食べながらシーナに夜や宵とのことを話す。ついでに気になっていた事も確認した。 「シーナ、俺が初めて宵と会った時お前の声がして現実に戻った。たぶん宵が何かしたのもあるんだろうが、あの時お前何かしたか。俺を呼んだだけか」 【あの時また穹とのリンクが切れたのでなんとかつなぎ直そうといろいろ試みました。しかし特に何も効果がなかったので、もう基本中の基本ですが音声で直接呼びかけました。耳からではなく、チョーカーの方にリンクをして】 「ふうん?そうなると……」 【穹、声に出してくださいね】 「わかってるよ。いや、あの時宵の糸が光って俺はそれに触れた。たぶん糸ってのは俺が映像としてとらえてるだけで実際はコードとかリンクなんだろう。あの糸は宵がよく使う、沙綾型を捕まえるときも使ってた。あの糸を使ったってことは宵が俺を現実に戻したのかもしれないが、でもあの時はどっちかっつーとシーナの声で“起きた”って感じなんだよな」 【起きる。そういえば穹は人工知能としての考えが強い時眠っている脳波になりますね】  おそらく眠っている時が常に人工知能として活動しているというわけではない。それではいつまでたっても穹の脳が休まらないのでとっくに体調不良を起こしているはずだ。そもそも人工知能として考えている時、明らかに脳でできる思考処理を超えている。  以前も推測した事だが、おそらくどこかにアクセスしているのだ。どこかの、何かの演算能力を使っているだけだろう。それには人である思考を極力抑える必要がある。交感神経が抑えられ副交感神経が使われている時初めて人工知能としてアクセスが可能となる。その推測をシーナに話したうえでこう続けた。 「シーナの声に反応して俺が起きたなら交感神経が優位になったってのと、シーナの声に対して反射運動みたいなのが形成されてるのかもな」 【私が人としての穹と多く接してきたので、私の声を聴くことで穹は人としての記憶や考え方に戻りやすい、という意味合いであっていますか】 「そんな感じ。常にじゃないけどな、アンリーシュや沙綾型の時は一緒にいたのに俺は人工知能としての思考だった。戦ってる時はどうしたっていろいろ考えるから人工知能としての思考を使いがちだ。それでも思い返すとシーナがいる時といない時じゃだいぶ違う、いない時はほぼ完全に人工知能思考だけどシーナがいると人としての俺もあっただろ」    言われてシーナは過去の戦いを振り返る。最初のハッカー、おそらく初期型人工知能に無理やり引き込まれた時、夜と初めて戦った時、チーム戦でピリオドたちと戦った時、沙綾型との初戦。  ピリオドたちとの戦いの時あたりから人工知能としての思考が強くなってきたが、確かにどれもシーナの知っている穹だった。沙綾型との二戦目はだいぶ人工知能としての思考が強かったが、あれは相手が人間ではなかったからだ。そんな中でも穹は穹だった。  シーナの知らない穹は公式イベントの最中に倒れ起きた時と、先ほど沙綾型との2戦目を終えて夜達と会った後に起きた時だ。どちらもシーナがいない時だった。あとは穹が夢を見たといっている時は感情がまったくないと言っていたのでそれも当てはまる。 「人工知能を形作るのはプログラム、それがすべてだ。型にはまった考えや選択をするのは当たり前な事なんだよな、お前らの設計図がそうとしか書いてないんだから。でも人っていうのは自分を作るのは自分じゃない、どっちかっつうと他人や外部だ」 【? 意味がよくわかりません。穹は自分で考えて行動しているのでしょう。他人に指図されて動いているわけではありません】 「そういうのとはちょっと違う。そもそも人間が思考するのは何でだ、外部から何か接触や要因があるからだろ。それをどうにかしようとして考える、行動する、しゃべる。それは大元を辿れば全部自己防衛に繋がる。自分に受けるダメージを極力減らすために考えるんだ。アンリーシュで考えてみろ、クォーツと戦った時と沙綾型と戦った時じゃ俺の戦い方は違っただろ」 【確かに同じ作戦ではありませんでしたね。相手によって戦略を変えなければ勝てなかった。日常で言えば相手によって言動を変えるのと同じ事ですか】 「100人いれば100種類の対応がある。でも俺の人格が100人もいるわけじゃない、全部俺だ。ハッキングしてる時の俺、バイト先の俺、地下で買い物してる俺、スーパーで値引き品に群がる主婦には立ち向かわない俺、シーナと話してる時の俺。全部俺だろ、俺を形作っている物は俺にかかわりのあるものすべてなんだよ。種類も決まってない、はっきりしてない、人工知能が一番嫌がる曖昧なグレーゾーン、ケースバイケース。話それたけどその中にお前が含まれてて一番繋がりが深い。俺を形作ってる材料の中で割合が大きいのはお前だ。だからお前と過ごすことが人としての俺を形成する重要なファクターと考えれば、今までの事も説明できる。強引な考え方だけどな」  シーナとのリンクが切れた際シーナが呼べば必ず穹がこちらに戻るというわけではない、条件がいろいろ厳しい。 宵は穹が人工知能側に寄ってしまうのを危惧していた。それはたぶんリッヒテンに見つかりやすくなるからだ。人としての意識を強めることが今できる回避方法ならその糸口がシーナにできるかもしれないと思い、あの時宵はシーナとのリンクをつなぐ方法を確立しろと言ったのだ。  シーナの性能を上げればいいというものでもない。そんなことをしたらますますアンリーシュ側に見つかりやすくなるだけだ、あちらの方が高性能なのだから。ある程度使用を制限されている状態の方が彼らも扱いにくいはずだ。サポートであれ機能であれ、世の中のものはどんどん新しいものに更新され上書きされていく。中途半端に旧型があると対応するためのプログラムがなかったりするので手出しができなくなる場合がある。  今更だが地下ショップの店主、香月の言っていたモジュレートの重要性がここにきてようやくわかった。相手の土俵に合わせた設計でいれば敵わないのは当然だ。だから機能を分け、物理的に分ける。機能と役割と権限を分けてたった一つに頼らないように、お互いがフォローできるようにする。穹が穹として必要なものをヘッドセットに性能をわけ、シーナに分けている。これからそのあたりを充実させなければならないのだ。 「まー要するに。俺は今まで通りお前と一緒にいればいいってことだ」 【私は穹のパートナーですので当然です。お望みであれば世界の寒いギャグをダウンロードしておきましょうか、会話がはずみます】 「そこで笑えるギャグじゃなく寒いギャグって点は評価する。ただし実行はしなくていい」 【おすすめは”She is blue blood” をそのままの直訳で受け止めて彼女は人間じゃないのかと記者に聞いた129代目総理大臣です】 「……ぶっふ」 【世界のギャグといっておいて日本の総理大臣ネタにするのがより有効と判断しました】    長い沈黙の後吹き出す穹を見ながらどこか満足そうに言うとシーナはスープの皿を足でつかんで流しへと持っていった。その様子を見ながら、本格的にシーナのボディを変えようかどうしようかと考える。シーナのボディも性能も確かに15年変えていないので型落ちではある。最新型にすれば相手に探査されやすいデメリットもあるが、メリットがあるのも事実だ。  基本的なパートナーとしての性能はもちろんヘッドセットの設定維持、アンリーシュバトルに巻き込まれた時のバトルパターン追加などすべてをシーナに盛り込むと今の性能では負担が大きい。重要なものをシーナに移しすぎるのも危険だが、その負担を穹が請け負ってしまっては本末転倒だ。 「ヘッドセットの設定はチョーカーに移したからいいとして、今後も外付けの機材に性能をわけるとするだろ。シーナはそのどれにでもリンクできて設定できるようにしておく、にとどめておいた方がいいのかもな」 【沙綾型に襲われた時がまさにそうでしたね。チョーカーの設定を私が採用したことで、穹とリンクした状態でヘッドセットをしているのと同じ効果は得られました。聴覚野に限りますが。つまり私はハードとして、ソフトを使いこなせばいいということですか】 「最悪シーナに何か起こりそうならソフトを切り捨てる。シーナの役割はあくまで人工知能寄りになりがちな俺のフォローだ、それに特化した性能にしていくか」 【了解。目的がはっきりすればそれに対して次のアクションプランが決まります。性能を変えるという事は、ボディも替えますか】 先ほども考えていたことだが、指摘されて改めて思う。今のボディでは今後支障が出てくる可能性がある。
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