ユニゾン

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 現実的に考えてみても人工知能が肉体を得ても長生きできない。人間の脳の中にスパコンがあるわけではないし、使えるのは体内チップをオンラインに繋いで常にインターフェースに頼りながら生きていくことになる。人の肉体は人工知能のプログラム通りにいかないことが多いはずだ。そのジレンマにコンピューターである人工知能が適応できるかは人工知能たちの学習次第となる。  夜に分解されたあの人工知能は相当うまくたちまわっていたようだ。考え方も随分と人間らしかった。だからこそリッヒテンに見つからずに来れたのだろうが、結局人間に見つかってしまった。VRでもリアルでも逃げ出した先に安寧の地があるとは限らない。 そこは、絶対的な孤独だ。  それなのに、何故彼らは人の肉体を求めるのか。そんなに人として生きることを求める意味がわからない。なまじ他の人工知能よりも性能が良いが故、おかしな学習の仕方をしてしまったのだろうか。  学習。改めて考えると彼らが学習する機会はあったのだろうか。人に管理されていたことを捨てて自由を求めた。その後VR、様々な機器を利用しながら現実ではない世界で生きてきた。人工知能は外部からの刺激がないと学習できない。その刺激がどういう形でもたらされるかは本当に無限にパターンがあるが、一つだけ確実なものがあった。 ―――(のぞみ)―――  彼らは皆望と会話をしていたはずだ。5歳児のいう事は現実とは離れた夢物語のような曖昧さがある。それを真に受けていたら? 絵本を読んだ内容をまるで現実のように学習してしまっていたら。今の世の中にある絵本などハッピーエンド以外ありえない。苦しいことも辛いこともなく、多少何かあっても努力が100%報われるとても優しい世界だ。5歳の子供が人間関係の悩みや社会進出の難しさ、老いに対する恐怖を語るはずもない。 ―――余計な事を――― (いや、違う。誰かが悪かったわけじゃない。じゃあどうすればよかったのかっていう答えもない)  人工知能としての考えを人としての考えが否定する。歯車は正確に動き続けるが、ほんの数ミリの異物が挟まれば途端に回らなくなる。その時起きたことなどきっかけにすぎず、どんな影響を与えるのかなどその時はまだ知らないのだ。起きてから結果として知ればその時は余計な事を、と思えるがその当時は夢にも思わないはずだ。  望は夢を語っただけだ、人として生きていることがどれだけ素晴らしいか。その夢を人工知能たちは真に受けすぎた。そういうプログラムのもとで動いているから当然だ。  蝶を頻繁に見ていた時にシーナが言っていた言葉を思い出す。バタフライ効果を知っているか、と。どこかの国で蝶が一匹羽ばたいただけで気流に影響を与え、後に遠い地方で竜巻にまで発展しているかもしれない。その時の影響はゼロでも巡り巡ってとてつもない結果になっていることもある。 「シーナ」 【はい】 「今回いろいろなことが起きてる中で、これがバタフライ効果の結果だとしたら。きっかけとなった出来事が本当に小さなことだったら、それはくだらない事だと思うか」 【私に聞くという事は人工知能としての回答が必要だという事ですね】 「いや、俺を見て育ってきたシーナの回答が欲しい」 【わかりました。何を指しているのかわからないので、今回穹が中年の男たちに狙われているのはネーミングセンスがゼロであることがきっかけと想定します】 「なんでやねん」 【そういう設定の方がやる気が出るので。そうですね、そうだとしたら。時間軸の先にいる者たちが得た回答を、知りようもない過去の者たちへ責任を押し付けるのは違うと思います】  その答えに一瞬穹は目を丸くした。素直に驚いたのだ、何故ならその回答は穹とまったく同じ考えだったから。人工知能としてではない、普段の穹の考えに。 「俺もそう思う」  そういうとシーナは小刻みに羽を動かして穹の腿の上に乗ってくる。喜んでいるのだ、穹と同じ回答であることを。持ち主に肯定されること、同意を得られることは人工知能の中で最上級に学習効果を高めるとされている。 【穹、人は後悔します。それは常に最上級の結果を求め、他の選択肢の結果が見えないからです。こうしていればよかった、と思うのは現状に満足せず他の選択肢を選んでいればもっと良い結果になったかもしれないという想像であり妄想です。満足できなかった結果が最上級であるかもしれないという考えにはならないのが人であるが故です。人工知能は後悔しません。他の選択肢の結果をすべて想定してからベストのものしか選ばないからです。過去を悔やむのは、そこから何か学ぶ以外に使い道がありません。時間軸は戻らないし止まらないのですから。後悔するなということではありませんが、使い方を誤らないでください】 「だよな。後悔を“使う”っていう表現されるとは思わなかった」 人工知能にとってはすべてがツールだ。その考えのもとだと感情でさえ次のアクションの材料となる。 (結果で過去を否定するな) ―――こうしていれば、こうだったら、で決めつけても何も進まない――― (だから今) ―――今、できることをやって想定外の事はその場で対応するしかない。過去を侮辱するのは今俺が負けを認めることと同じだ――― 【……穹】 「ん?」 【今、脳波が】 「あっちだったか」 【いえ、今までにない形でした。日常の脳波でありながら、人工知能寄りの時に見られる波形も描いていました】 「んー。まあ、そんな状態だったからな。ちょっとわかってきた、ユニゾンとしての戦い方が」 【穹は一人で考えるとだいたい答えを得ますね】 シーナの何気ないその言葉に穹はシーナを軽くつついた。丸い体はコロンと転がりバランスを取ろうと足と羽を必死に動かして起き上がる。 「俺一人じゃなくてシーナの考え込みだ」 【そうなのですか】 「お前の考え面白いから」 【そうですか】 再び羽がぱたぱたと動いている、嬉しい証拠だ。表情があったらきっと照れている。 表情があったら。 あったら……? 昔、シーナが笑っているのを見たことがある気がする。このボディではなく、女性としての姿で。 今のオンライン上の姿であるクリムゾンレッドの髪とヘッドセットをしたあのシーナではなく、別の姿の。長い金髪の髪に白いワンピースを着たあの姿…… ―――空白の2年間の映像だ。今はまだ思い出さなくていい、モジュレートが抑えられなくなる――― 「さて、話はだいぶ前に戻るけどシーナのボディな。保険としてじゃなく、サブとして本格的にそろえておいて損はなさそうだ。型式は5年以上前の日本製。こういうのを探すのは地下が一番いいんだけどもうあそこには用はないし、普通に探すしかない」 【中古ショップはいくらでもありますが、何を重点としますか】 「店員がそっち方面に詳しいことに限る。てきとうなの買うと海賊版とかコピー商品掴まされそうだ。一応検索もしておいてほしいけど、一番情報知ってそうなのがバイト先と商売相手にいるからそっち先にかけあってみるか」  穹がたまに小遣い稼ぎをしている取引相手にやたら機材に詳しい者がいる。バイト先にも一人、機器そのものに詳しい奴がいるので話してみてもいいかもしれない。そういうことに詳しければ独自の入手ルートなどもあるだろう。そういうルートではお互い深入りをしてこないのが暗黙のルールとなっているので都合が良い。まずは5年以上前に出たボディをいくつかピックアップし、性能に過不足がなさそうなものを3つほど選んだ。
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