大海の一滴

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 帰り道、騒がしい町中でひときわにぎわっているところの前を通りかかった。そこはゲームセンターだ。穹がバイトをしているような個室でゲームを楽しむタイプではなく、先日イベントがあったときのように巨大モニターがあり第三者が観戦できるタイプだった。やっているのはアンリーシュでかなり盛り上がっているらしく声が外にまで漏れてくる。  アンリーシュが流行り始めてからますますゲームは観戦者が多く、モニターを取り入れる店も増えてきた。それにはある程度店のスペースが必要なので売り上げが多い店でなければ取り入れるのは難しい。 「すげー盛り上がってんな」 【例の大会発表がありましたからね。予選通過に備えバトルが増えているようです】 「そういやそんなのもあったっけ」 言いながら通り過ぎようとしたが、ちらりと見えたゲームの映像に足を止めた。 「あのバトルキャラ、あの時のか」 穹の言葉にシーナも同じ方向を向き確認する。今バトルをしているキャラには見覚えがあった。沙綾型が豚の姿をしてバトルに引き込まれた時対戦した相手だ。 【クォーツですね。ここからではよく見えませんが】 外に見えるようにモニターが設置してあるのは集客効果を狙っての事だが、今は人だかりもできているので見えたり見えなかったりだ。しかし隙間からチラチラ見えるバトルキャラの顔や衣装に見覚えがあった。 【さすがに首を折られて死んではいなかったようですね】 「体質がそこまで変化してなかったんだな。リッヒテンが来て有耶無耶のうちに解放されたんだろうけど。そんな目にあってまだやりたいって思うもんかね。店に来た奴はビビッてたのに何で」 言っている途中で穹は黙り込んだ。そういえば、何故?と思ってしまったのだ。 「なあ。クォーツはいきなり首折られて、店に来た男は人が死んだことさえ突き止めてビビってたわけだろ。野郎の方もなんかまだアンリーシュに関わってるっぽいから店に来たんだろうが、なんであの二人アンリーシュから離れようとしねえんだ」 【普通ではないと理解したはずですけどね。それでも自分には異常はないと思っているのでしょうか】 「VRだと危機感薄いのもあるけど、命の危機になりゃさすがにおかしいと思う。クォーツは首折られて野郎は殺人現場を見た後実際人死んでるって知ったわけだからな。それでも続けるとか究極のバカか命が惜しくないアホだぞ」 【大差ないです】 「そういやそうだな」  店に入ってゲームキャラをもっとよく見てい見たいところだが店に入ってしまえば個人情報が残ってしまう。こういう店は今どこも会員登録が必要なのでゲートを通った瞬間体内チップから情報が店に行くようになっている。どうにも神経がとがってしまうが、今ゲーム関連で個人情報が残ってしまうようなことは避けたかった。シーナに指示を出して調べたところこの店はアンリーシュ運営の直営店だった。そんなところにのこのこ入るつもりはない。 【このまま外で待ちますか】 「いや、さすがにそこまではいいや」  気にはなるがリアルの姿を見ても何かわかるわけでもない。あんなことがあって何でゲームを続けるんだ、などと聞いて何がしたいのか。わずかにひっかかるがこの場は後にした。  その後家に着きなんとなく気になったので店で死亡者が出た日、もう一人ゲーム中に死亡者が出たというニュースがないかどうかを調べた。リッヒテンに殺されたのならもう一人いたはずだ。  検索ツールを使って調べたがさすがに日本全国で起きている不審死をすべて記事にしていることはなく、見つけることはできなかった。先に死んだ少女の名前があまりにも特徴的だったのでそちらを調べれば、ゲーム中に不審死と書かれた記事を見つけた。死因は特定されていないと書かれていたのでどうやら派手な死に方はしなかったようだ。そういえば現場は血まみれだったわけではない。そこまでおかしな死に方でないのなら心不全などになるのだろう。事件性がなければ解剖はされない。  店に来ていたあの男、記録した個人情報を見ると石垣という名前だった。市内にある私立高校で金持ちの通う学校で有名だ。なんとなく直感めいたものが働き、その学校で死亡者が出ていないか調べればあるニュース記事が目にとまった。 「集団自殺……」  その学校で4人死亡しているのが見つかったらしい。4人全員窓から飛び降りたらしく校庭で死亡しているのが発見された。名前は出ていないがSNSなどの掲示板や書き込みなどツールを使って調べれば簡単に死亡者全員の名前がわかった。書き込んでいるのは間違いなく同じ学校の生徒だろう。名前から家族構成、成績や普段の状況などが細かく書かれている。探偵を気取ったり面白おかしく騒ぎ立てたり、まるっきり他人事だからこそ楽しめるのだろう。無神経にもほどがある情報量だ。しかしそういう馬鹿らしい事をしてくれる輩がいるからハッカーにとってはありがたいのだ。  性別や家庭の事情はどうでもいいので死亡した日の状況などを整理する。4人は仲が良くいつも一緒で学校のPCをゲームセンター感覚で使用しているのを多数目撃されている。成績がトップクラスで教師の受けもよかったので見て見ぬふりをされていたようだ。あの日もアンリーシュなどやっていたのだろう。 【何故集団で自殺をしたのでしょう】 「こいつらは蝶が見えるくらいには体質が変化してた、つまり普通の人間とは違ってきてるのは自覚してたはずだ。そんな中リッヒテンが二人殺した。最初はVR映像だって思ってたとしても、目覚めたら現実でも影響するってわかれば穏やかじゃなくなる」 【というと?】 「例えば店で死んだ奴が知り合いだったら? 殺された奴が本当に死んでるってわかればまず驚く。まあ4人もいるし一人くらいは冷静な奴がいてもいいんだろうけど救いようがないくらい全員馬鹿だったとするぞ。全員窓から飛び降りたのなら、そこしか逃げ道がなかったから。そうしないと恐ろしいことになるから、とかだとお前はどういう答えになる」 【そうですね。例えば沙綾型が急いで体を手に入れようと画面から大量の蝶が飛発生させ、無理やり全員ゲーム内に引き込もうとしたらパニックかもしれません。人が死ぬ場所に連れ込まれそうになったら逃げます】 「その通りだ。俺もアメリカを横断するオオカバマダラ並みの招待状を叩きつけられたからな。避けようもない大量の蝶が噴き出したら冷静になんて慣れない。火事の現場とかそうだけどな、人間ってのは皆が行く方向に逃げるんだよ。そこが例えどんな場所でもな」 蝶が溢れたのは一瞬だ。そんな短時間に他に逃げ道を考えられるとは思えない。もしPCルームが2階にあったのなら2階くらいなら骨折で済むかもという考えもあったのかもしれない。しかし結局打ちどころが悪く全員死亡した。 ―――もしゲームをやっていて全員死んだのならマスコミが飛びつくはずだ。でもそんな記事にはなっていない。つまり履歴が削除されていた?リッヒテンが消したのか。いや、この場合は管理者の方か――― 「あー、なんとなく読めてきた」 【どのようなストーリーになりましたか】 「リッヒテンがフィッシャー側ってのが前提な。沙綾型を追ってきたはいいがまんまと逃げられた。体質変化してる奴二人の始末はしたが他は放置。これはたぶん沙綾型がまたこいつらを狙うと踏んで泳がせたんだ。そのうち4人は沙綾型の接触が起きる前に勝手に自滅した。アンリーシュが関わってると嗅ぎつかれると面倒だから履歴は消したんだろう。つまりこの件の裏にいるのはフィッシャーだ」 【その推測からすると、他に生き残った者たちは今もフィッシャーの監視下にあるということですか】 「むしろ無理やりいう事聞かされてるとか利用されてるクチだな。今日来たあいつは間違いなくそうだ。死んだ奴の体を沙綾型が良いところまで乗っ取ってたってことはそいつが死んだ店には何かあると踏んで調べに来たのかもな。俺に自分から接触してくるよう仕向けて、上手く言いくるめて店の機材調べたいんじゃね?」 【穹を言いくるめるのはネゴシエーターか夜でなければ無理ですけどね】 「おい、そこで夜を出すな」 しれっと言ってくるシーナを睨むがシーナはどこ吹く風だ。嫌味で言ったのではなく事実を言ったまでなのだから。 「とにかくだ。店に来た……えーっと名前なんだったっけ」 【石垣リオンです】 「あー、その石垣君。ちなみにリオンって名前漢字変換はどんなの」 【大昔のヤンキーのヨロシクみたいなノリです】 「あ、いいや石垣で。石垣はフィッシャーの駒だ、ぜええええったい接触しねえ」 【了解。穹には個人情報握られ、アンリーシュの駒にされ、おそらく他の人工知能の餌にもされるのでしょうから災難ですね】 「それな。クォーツがゲームやってんのもそれが理由かもな、他の人工知能探すのにひたすらゲームやれって言われてるんだろう」 石垣がそれを言われずにいるのは多少使える奴だからかもしれない。一人で店と死亡者の関連性を見つけているしハッカーの可能性もある。そちらの面で有用性を見出されていいように使われているのだろう。 「俺に接触したいのもあわよくば俺を生贄にして自分は助かりたいとか思ってるかもな」 てきとうにそいつ何か知ってるみたいです、とでも言えば多少時間が稼げる。石垣にとってはその程度でも穹にとってはたまったものではない。この店でイベントがあったとき一度倒れているし店の機材を調整しているのはすでに知られている。少し調べれば穹が特殊体質であることなどすぐにばれるはずだ。 「リッヒテンやら人工知能連中にはシーナのサブボディとかハードディスクとかプログラムとかで対応するとして。リアルの方はどうすっかね」 【相手は上場企業ですからね。オンラインの場はあちらの庭だと思うとかなり不利です】 「そうでもねえよ。相手が企業だとか人だからこそ扱いやすいんじゃねえか。企業なんてブランドとイメージで9割は運命が決まるもんだぞ、でかいほど情報が命になる。難しく考えずアンリーシュで戦略立てるのと同じ感じで作戦立てればわかりやすい。手始めにそうだな、株買っとくか」 【偽名で複数ですか?】 「わかってんじゃねえか」  ニヤリと笑うと為替やレートを調べ始める。追いつめられているというのに穹はどこか楽しそうだ。舐めてかかっているというわけではなく、こういう時こそ穹は本気だ。さきほどいろいろ考えていた時よりもずっとストレスが軽減されている。  戦略を立てている時の穹は集中しているがどこか楽しそうだった。アンリーシュで戦略を立てるときは人工知能として戦略を立てているので感情もストレスも何もない。だからシーナはその内容がどういう方向に行くものなのかが理解できなかった。しかし以前と同じように人としての穹が戦略を立てている時はなんだか。 【なんでしょう】 「は?何が?」 突然わけのわからないことを言われて穹も目が点になる。 【すみません、思考が音声に出ました。いえ、穹がこうしてリアルで戦略を立てている時とオンラインで戦略を立てている時は明らかに違いがあるのです。今の状態の方が私は理解しやすいので。こういう時なんて表現するのかと思いました】 「ふうん? まあ、たぶんな」 【たぶん?】 「安心する、でいいと思うぞ。人工知能の俺の考えは理解できなくて、それが“嫌だった”ってことだろ。いつもの俺で安心してるんだよ、お前」 【安心。心が安らぐと書く以上は心がないと成立しませんが】  シーナは不思議そうだ。パートナータイプの人工知能は自分たちには心がないと思っているのが通常プログラムとなる。だからシーナのリアクションは正しい。正しいのだが、ここまで人と同じように考え発言をしているのにそれを心と認識していないことが穹には不思議で仕方ない。 「他に言いようがないんだからいいんじゃねえの。人の心ってのも言って見りゃプログラムの集合体みたいなもんじゃねえ?どう考えるか、どんなことで喜怒哀楽を感じるのか。喜一つとっても一つの事態を喜ぶかどうかは人によって違う。どんな事で喜ぶのか、その条件こそ当人だけにあるプログラムみたいなもんだ」 【そういわれると心というのは酷く機械的に聞こえます。まるで、アンリーシュのようです】 「アンリーシュ?」 意外な言葉に穹は作業を止めた。改めてシーナを見れば、シーナも穹がそこまで食いついてくると思わなかったのか検索作業を一時中断する。 【戦略を立てて防御をして戦って。報酬があって喜んで、負けたら怒って悔しさに泣いて、自分の成果が一目でわかることで楽しい。アンリーシュは心の集合体のようです】 だれの? だれのこころ? プレイヤーたちの?違う、違う。そうじゃなくて
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