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「ま、いいや。他にフィッシャーに釣られた奴らちょっと探してみるか。一応保険にな。店で大量死されても嫌だし」
【そんな赤潮で養殖していた魚がたくさん死んだみたいな言い方されましても】
「その例え結構好きだ」
【言うと思いました】
個人情報がない中であの時いた面子を割り出すのは骨だ。AP並にゲームをやっていたユーザーをゲーム時間、戦績から探しさらに細かい条件を追加してふるいにかける必要がある。石垣のようにゲーム以外の使い道をされていたらやっかいだが、体質変異者は貴重だ。そうそうゲーム以外に使わないだろう、石垣一人が違う使い道をされていると仮定して進めた。
翌日店に行くと正座をした店長がまっていた。穹を見るとヘニャっと笑う。こういう時は間違いなく無茶な要望をしてくるときだ。
「俺に怒られる系? 俺に殺される系?」
「ほぼイコールだろそれ」
スタッフルームにいたジンも来て苦笑いしながら突っ込みを入れる。シーナもうんうん、とうなずいているので軽くデコピンしておいた。
「角村君が辞めちゃいました」
角村はバイトの一人だ。もともとここのバイトは人数が少ないので一人辞めると全員の負担が大きくなる。しかし穹にしてみれば角村が辞めるのは想定内だった。
「別に、今更。さぼり癖あったしいてもいなくても一緒でしょ」
「ああ、もちろん彼がいなくなっても業務回すのは困らないよ。問題は店のデータ抜いてったっぽい」
店長が最後の一言をいうと穹の目つきが変わる。それをみた店長は正座したまま器用にジンの傍に移動した。
「あ、だめだジンくん、穹クンが殺し屋みたいな目してる助けて」
「心配しなくても店長と俺は殺しませんよ。やるなら角村でしょ」
「詳細」
一体どういう状況なのか説明しろ、の意味が詳細、の一言で終わる。まるで軍隊の訓練開始合図である「状況開始」を連想させる。ジンがコンソールを動かしデータ一覧を表示した。
「角村が辞めるって一方的に連絡入れてきたのが今朝8時。んで、ここにハッキング警報鳴ったのが8時2分。この時電話は店長、データ管理対応は俺。たぶん電話は囮でハッキングが本命だな。店のセキュリティ突破したのが2~3分後だ。角村は電話切った後連絡取れてない」
「ふうん? ずいぶん早いですね、あのアホにしては」
ゲームセンターでバイトをする以上は多少機械やデータ管理などに精通してなければ務まらないので、角村も一応パソコン作業は詳しい。穹の見立てでは角村もハッカーだろうとは思っていた。データ管理をしている時角村がシフトの時だけ怪しい改ざんがあったので、名指しはせずにデータがおかしいことが何度もあり完璧に直しておいたと全員の前で宣言して以来おかしな行動は減っていた。そのころから店長とジンには角村の行動は報告済みである。
ハッカーとしての腕は普通と考えると今回の手際はやけに良い気がする。バイトにおいても二つの事を同時進行するのが苦手だったことを考えれば電話をしながらハッキングはまず彼には無理だ。
「店のセキュリティにハッキングできるツールやパートナーを角村が持ってるとは思えないし、協力者がいると見て間違いないだろうな」
ジンの意見は穹も店長もまったく同じで二人同時にうなずいた。角村はもしかしたら多少腕はいいのかもしれないが人間性が残念なので腕が生かし切れておらず惜しい、そんな人間だった。
「そうとう腕のいいハッカーがいるみたいだな。まあそれはそれとして、持ってかれたデータは直近一週間以内のゲーム履歴をごっそりと顧客データの一部。いつ、どんな客がどんなゲームしてたか。つってもまあ、間違いなく狙いは死人が出た時のゲーム履歴だろ」
「そりゃあねえ。あれだけのことあったからそう考えるのが普通だよね。顧客データはついでというかカモフラージュだろう。小細工してるつもりかもしれないけどわかりやすすぎるね」
黙って聞いていた穹はある可能性を考えていた。今このタイミングでこういう事態が起きるとすれば考えられるのは石垣しかいない。石垣が角村を利用してデータを手に入れたのだろう。角村を利用するのは簡単だ、単純に金をちらつかせればいい。あとそういうのに引っかかりやすい性格でもある。
今更だが石垣が店をうろついていたのは穹が目的ではなく角村だったのだろう。それにしたって穹に見つかればめんどうになったというのに随分と大胆な手を使ったというのが正直な感想だ。
ここでどう動くかを冷静に見極める必要がある。下手に行動を起こせば穹の存在をフィッシャー達に教えることになりかねない。
「んで、どうするんですか。まさか警察に言うとか?」
「それこそまさかだなあ。ややこしくなるだけだし。できれば平和的に解決したいところなんだけど」
「要するに角村を半殺しにすればいいんですね」
「平和的解決って言ってその発想いくのが穹クンだよねえ」
「違いましたか」
「あってまーす」
にっこり笑って肯定する店長にジンも苦笑だ。店長が正座をして待っていたのだから、つまりそういう事なんだろうなとは思っていた。公にせずに解決したいのだ。
「まあデータの方は大丈夫ですよ。履歴消して違うデータにすり替えておいたので」
「穹ク~ン! 今度ボーナスあげるからああああ!」
感極まった店長が両手を広げて抱き着こうとしてきたがバキバキと指を鳴らすと大人しく椅子に座った。
データを消したのは沙綾型だしすり替えたのは暁だが事実としては嘘ではない。ユニゾンである暁の改ざんデータをハッカーがどうにかできるとは思えないのでデータはまず心配ないだろう。顧客データも実はハッキングを受けた時用に準備してあるダミーデータがあり、まずそのデータにたどり着くようにしてある。そのことを知っているのはこの場にいる3人だけだ。
「今データの心配はいらないとして。向こうがダミーに気づいて第二弾を仕掛けてくる前に角村を五体不満足にする必要があるわけですね」
「さっきより酷くなってない?」
「店長の指示だからしゃーないっすね」
「いや、そこまで言ってないんだけど」
最後の店長の言葉は聞こえないふりをして穹は立ち上がった。
「じゃあまず角村の位置捉える、角村をなんかてきとうにヤる、二度とこんなことさせないよう教育する、言い出しっぺのハッカーをブチ殺す、角村を吊るす、これですね」
「ああ、うん? あれ? 今角村君二回どうにかされそうじゃなかった?」
「店の機材借ります。あ、やましい事に使うわけじゃないですから。行方不明の角村君の捜索に使うだけで使い終わったらちゃんと片づけておきますから」
そういうと店で使っているマイクイヤホンを掴みシーナを抱えて颯爽とゲームエリアへと走り出す。普段から穹がメンテをしているので使いやすさは抜群だ。普段パートナーと店の機材の同期は禁止されているが今日は咎められないだろう。シーナを抱えていっても特に何も言わなかったのだから。
【穹、楽しそうですね】
「そりゃあな。ストレス発散だ」
【このこと自体が石垣の罠かもしれませんよ、穹を行動させるための】
「上等だ、殺す」
その時シーナはここ最近で一番輝いた笑顔の相棒を見た、と思った。嬉しそうにもほどがある。フィッシャーとは絶対かかわらないと言っていたのは何だったのかと思考パターンに入ってしまいそうだ。それよりなにより気になることがあるのでそこは確認しておく。
【穹は普通の人が使う比喩表現的意味合いの殺すなのか事実そのままの意味の殺すなのかわからないのが迷うところです】
「はは、何言ってんだどっちもほぼイコールだ」
【はいはい】
一番使いやすい機材の部屋に着くとシーナとつないでたちあげる。シーナは家にあるパソコンと外部リンクできるようになっているので、実質今穹が使える機材はシーナも入れると3つあることになる。それぞれに検索ツールを並走させて知りたい情報を絞り込んでいく。
店にある登録情報から角村の住所や個人情報はわかっている。あとはパートナーを連れているはずなのでそれの位置がわかれば居場所もわかる。
【穹、角村所持のパートナーのGPSが複数個所存在します。都庁を中心に半径18km以内に反応が12です】
「囮だな、全部偽物だ。ハッカーがついてるならGPSいじって表示させないようにすることもできるはずだ、あえて表示したりしないだろ。GPSの内容コピーしたダミーをそこら中にばらまいてるだけだ。角村から探るのは馬鹿でもわかるからな、その対策だろう。あと、たぶんとっくにハッカーから角村は切り離されてる。シーナ、検索ツール一個繋いで今から言う単語に全部ひっかかるコミュ探してくれ」
【コミュニティサイトですか?】
「勘だ。たぶん今回のハッカー、石垣だと思う。沙綾型のフィールドに呼ばれたなら相当ゲームやってたはずだ。あとはクラッキング行為してたからそれなりの腕のハッカーだし、他人を利用するやり口がチーム戦の時と似てる。サツと運営に目つけられてるなら脅されてても誰かに助けを求めることができないし。石垣がどこにいるかは探すだけ無駄だ、たぶんどこかに潜ってる。こういう奴らは直でやり取りもしない、使い捨てのサイトを経由するはずだ」
【了解】
シーナには店の名前から変死した客の情報など、今回盗まれたと思うデータに関連付けられる単語を20個ほど指定した。すべて引っかかるとは思えないが、検索除けを使ったり暗号化したりはしないだろうと踏んだのだ。石垣はそういうのが好きそうだが、おそらく角村はそういう手間暇かかるまだるっこしいやり方は好まない。
おそらく角村から石垣を追うのは無理だ、とっくに見捨てられている。もともと店のデータを盗むために利用されただけだ。もし角村が電話の内容を辞めるというものでなく別の内容で、このまま店に居続けたならまた違う道があったのかもしれないが角村はやめると言ってしまった。石垣がどんな誘い方をしたのか知らないが、石垣と一緒にいる方が稼げると思ったのだろう。
―――だが石垣は角村が辞めると言うとは思ってなかった。時間を稼げとしか指示してなかったのにそんな内容を聞いたら、こいつは使い物にならない馬鹿だと切り捨てる。電話をした時点で角村は見捨てられていた―――
時刻は8時45分。角村の性格を考えれば大人しくデータを渡さず値段の吊り上げをするか脅す事をするかもしれない。以前も違法行為をした客に口止め料を要求していたことがある。
「ストーリーとしては角村をとっちめて、角村がゲロったってことにして石垣を割り出して二度目はねえっつっただろって通報するのがベストなんだけどな」
【時間との勝負です。角村がデータを渡したら石垣は中をチェックし、目的のものじゃないと角村を責めます。そこからトラブルになって時間がかかっていてほしいところですね】
「リアルファイトになったら間違いなく角村の方が強いんだけど、石垣は直接会うのは避けそうだ。イタチごっこしててくれねえかな、どっちもアホっぽいし」
しゃべりながらも穹は角村の個人情報からSNSを特定し普段の行動範囲を絞っていく。以前客を脅していたのなら必ず石垣にも同じ手を使うはずだ。そしてオンラインでの連絡ではなく直接会って話をつけようとする。ゲームセンターで働いているのだから角村も喧嘩はそれなりに強い。
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