大海の一滴

4/13

43人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
並走させていた検索ツールの一つがアラームを鳴らした。その情報を他のツールとつないで一気にたたみかければ角村の使っている端末を見つけた。 「捕まえた」 マイクイヤホンをオンにしてスタッフルームのジンへとつなぐ。 『いたか?』 「使ってる通話サービスは見つけました。のぞき見されてることは気づいてないっぽいですけどこれ以上探ると危ないかも」  角村を特定するのには店のパソコンを使っているので当然コンソールを使っているジンたちにも見えている。誰かとやり取りをしているようだが、内容からするとどうやら石垣ではなく違う仲間のようだ。面白い話があるから乗らないか、と誘いをかけている。 【穹、おそらく石垣と角村が最後にしたやり取りがありました。音声通話ではなく文字表示式アプリです。時間は8分前、店の者に追われていて今すぐは渡せないという角村の書き込みを最後に途切れています】 「角村は嘘ついて、たぶん石垣は嘘だって見抜いてる。簡単には渡さないなコレ」 【一度データを送れという指示は来ていますが容量が重いうえ金が先だというやり取りの後、直接渡すかどうかという駆け引きがありますね。場所の指定は角村から、堂下坂です】 「堂下坂? 高級住宅街か。まあこの時間なら通勤通学終わって人通りが少ないのかもな」  角村にしては意外な場所だ、間違いなく角村が住んでいるわけではないだろう。それに高級住宅街は防犯の為玄関に監視カメラをつけているのが普通で、あまり使いたくない場所のはずだ。誰か知り合いでもいて家か建物の中に入れたいのだろうかと考えているとジンからイヤホンに連絡が入る。 『穹、一個心当たりがあるからそこ中心に調べられるか』 「はい?」 『俺の元カノの連絡先教えるからそれ調べてみ』 「元カノ……あー、そういう」  ジンが恋人と別れた後、その彼女は角村の女になっているという事だ。ジン自身はまったく気にした様子はない。穹の開いているパソコン画面にコンソールから個人情報が一つ送られてくる。どうやら店を利用していたこともあるらしく本名から住所、連絡先やパートナーIDまですべて入力されていた。調べてみればその情報はすべて本物だ。普通はダミーとして嘘を登録するのだがジンが送ってきたのだからたぶん知っている情報を入れてくれたのだろう。  その女性の家にも当然防犯カメラがあり、そのデータバンクにハッキングをする。防犯カメラは防犯会社がオンライン上で制御してるので、カメラ自体の設定が甘いと簡単に映像をハッキングできる。こういう防災関連はつけている人ほどそういう面に素人で、防犯しているつもりで空き巣や窃盗犯に家の情報をリアルタイムで提供してくれる存在となっている。  カメラ情報の特定からデータバンクにアクセスすれば簡単に映像を拾うことができた。そこには家に入る角村が映っており、今角村はその家にいることがわかる。 「特定できました、その人の家にいます」 『んじゃ行くか』 「防犯システムがっつりある家に侵入するのはちょっと」 『お前もまだ詰めが甘いな。不法侵入なんてしたら犯罪になるだろ。開けてもらう』 「え、マジで? すっげえ見たいんですけど」 『お前まで来たら効率悪いだろ。一応メンツもあるから、こっちは店長と行く。店は休みにしておくから。角村見つけたら石垣ってやつとの連絡先ゲロさせっから待ってろ』 ジンの考えがわかり穹がぶふっと吹き出して口元をおさえる。今の会話からでは予測がつかないらしいシーナは不思議そうに穹を見た。 【よくわかりませんが、角村を確保しに行くのは決まったのですね?】 「そういうこと。ああ~行きて~……ジンさんの晴れ姿見てえんだけど」 『しょうがねえから音声はオンにしておいてやるよ』 『じゃあ僕も行ってくるから、穹クンはお留守番よろしく。そっちが先にハッカーの事わかったら教えてね。僕らが行くか穹クンが行くかはその時考えよう』  ジンと店長がそういうと店の奥からバタバタと音がするので出かけたようだ。ここから堂下坂まで電車などを使っても20分はかかる。その間に話がまとまってデータが渡ったら厄介だ。こちらはこちらでできる限り石垣を探さなければならない。 「シーナ、交代だ。この防犯カメラの映像チェックしててくれ、角村が外に出たら教えろよ。俺は石垣を探す」 【わかりました】  いくら検索ツールを使わせているといってもシーナにハッキング行為はできない。それに一応石垣も自分の身の安全確保のために相当準備をしているはずだ。真正面からハッキングをしたのでは今追いつめようとしていることがばれてしまう。動きを探る程度にしておきたいが、さすがにゼロの状態から相手の同行を探るのは難しい。 ―――20分でどこまでできるか――― 今まで得た情報をフル回転させる。どこかに突破口はあるはずだ。 ―――石垣と死亡者は知り合い……じゃなかった、それは石垣が否定している。ただ同じ学校だった可能性はある。石垣が一方的に知っていて死亡者の個人情報をハッキングして知っていた。死亡者と学校で4人死亡したのが同日、俺が石垣と会った時間を考えれば4人死んだことを知ってたはずだ。それだけ素早く情報を知れたなら本人たちの連絡先を知っていてなおかつ客観的に情報を知ることができた。監視カメラをハッキング? 学校内に一部屋一部屋カメラがあるとは思えない、となるとやっぱりコミュサイトか学校の掲示板だ―――  死亡者たちの学校の掲示板を探せばすぐに見つかった。さすがに死亡者がどうのという書き込みは学校側に寄って削除されているようだが、削除されたデータなどアーカイブを使えば簡単に知ることができる。それに正規の掲示板ではなく生徒たちが作る裏掲示板があるはずだと探せばすぐに見つかった。そちらには目撃者からの書き込みからかなり詳しく書かれている。これならば石垣も状況を知ることができたはずだ。  そしてあのバトルで死亡した人物が複数実際に死亡していることを知りいてもたってもいられなくなった。  あの日に石垣が知ったのなら使いやすい自分の機材を使うはずだ。それなら当日事件から石垣が店に来た時間までで裏掲示板のアクセスした端末を調べれば石垣の端末はわかる。学校で使用しているパソコンのIPアドレスなどすぐにわかるしそれらはすべて除外、加えて携帯端末から見ていた者はGPSを探して見つけられたものは除外だ。そうして残った端末を角村とやり取りしていた端末に該当するか確認することができる。20分で終わらせるのは難しいので同時進行するしかなさそうだ。 「シーナ、角村に動きはないか」 【今のところは】 「角村の端末を監視する事一緒にできるか」 【容量は問題ないので可能です】 「じゃあ頼む」  角村と石垣がやり取りをしてくれればもっと掴みやすくなる。今のところ角村は追われているとは思っていないだろうし角村相手に強固な対策をしているとも思えない。もしかしたら使い捨て端末など使っているかもしれないがそこはもう賭けだ、隙を突くなら今しかない。 ―――いや、待て。石垣はフィッシャー達に監視されている可能性がある。安易に石垣をハッキングするのは危険だ。もしリッヒテンの監視下にあったらこちらを逆ハックするのは1秒もかからない―――  一瞬迷う。このまま続けていいものかどうか。目的はあくまで情報を盗んだ角村をとらえることであって石垣ではない。協力者がいると突き止めはしたがそこをどうにかするのは自分にとっては危険だが店長やジンにとってはそこまで危険ではないのだ。自分の都合を優先させるなら石垣に必要以上のアクションはしない方がいい。  しかしこのまま放っておいても石垣はまた店のデータを狙うだろう、一度失敗しなたら今度はもっと頭のいい協力者を複数使ってくるかもしれない。今回はいろいろと準備不足というか、急いでいたのだろうと思われる中途半端さが目立つ。 ―――命がかかっているんだから当然か。なら、そこを突けるな―――  ジンに連絡を入れ、まだ家にはいかないように告げる。今言っても角村をどうにかするだけで終わってしまう、できれば石垣の特定をしてからにしたい。ジンと連絡を取り合っている時にシーナが動きをキャッチした。 【穹、角村から石垣に連絡が】 「ナイスタイミング」 にやりと笑い調べるといくつか候補があった端末からようやく石垣の端末を特定する。どうやら自機を使っているらしく学校の掲示板にアクセスした形跡があるシリアルナンバーを特定した。 「さあて、こっからスピード勝負ってとこだな」 呟くと再びジンに連絡を入れた。 「角村を玄関まで来させて時間稼げますか」 『まあできなくはないかな。何するんだ』 「角村の端末使って協力者を引っ張り出します」 『あー、はいはい』  つまり穹が角村の端末をハッキング、遠隔操作をして吊り上げるという事だ。ジンはそれを理解したらいく小さく笑ったようだった。店長とジンの目的は角村なので、玄関に来させればそれでどうにかなる。  穹は角村の端末をいつでもハッキングできるよう準備をする。やり取りの内容は角村から時間をあまりかけられないので直接会って渡したいという内容だが、石垣からは返事がない。石垣は当然直接会う事はしないだろう。その対応にしびれを切らしたのか、角村はこのまま何もしないならこの話はなしだというような内容を送った。 『んじゃ行くぞ。まず俺だけな』 「りょーかい」  通話をオンにしたままなのでリアルタイムの音声が聞こえてくる。まずジンが元カノに連絡を入れ、今家の近くまで来ているというような話をし始める。どうやらつっけんどんに返されたようで相手をなだめているような内容が続いた。 「しっかしさすがだなジンさん、声がいつもと全然ちげえわ」 【普段の彼の話し方と違いますね。こういうのを優しいしゃべり方というのでしょうか】 「女が好きそうなしゃべり方ってやつ。声も抑揚もそうだけど、内容が特に。相手を持ち上げるのが上手い。別の男がいるなら普通は電話切って終わりなんだけど」 『じゃあ、今行くから』 『早くしてよ、時間ないんだから』 「会うんかい」  予想してたとはいえ思わず突っ込みを入れてしまう。どれだけ尻が軽いのかこの女、と内心呆れた。しかしわからなくもない。定職についていないドライな性格という点を抜かせばジンはそれなりにスペックの高い男だ。長身で顔もそれなりに整っている。女性に対しては一応冷たい対応はしない……これは後でごねられると面倒だからという理由らしいが、そのあたりも踏まえて人心掌握に長けている。ホストの方が向いてるのでは、という話題で一時期盛り上がったことがあるくらいだ。ちなみにジンは酒が飲めないのでホストは無理だと言っていた。  女性もまさか元カレに会うなど角村に言わないと思うので家の外で会うつもりだろうがそうはいかない。ジンは電話を切ると数秒でインターホンを押した。女性は慌てているだろうなというのはすぐにわかる。  玄関前でジンと女性の軽い押し問答はあった。こんなに近くに来ているなんて聞いてない、今外に出るから待っててほしいというような事を言っているようだが外で会ったら台無しだ。家の前でトラブルになってもらわなければ困る。 『じっくり話したいんだよ。凄いことがあったからお前もきっと喜ぶ』 『ちょっと、いいからこの先のカフェに行っててよ! すぐ行くから』 『上場企業に就職したんだ。今プロジェクトリーダー任されててようやく身を固められそうだ。そしたら結婚も真剣に考えられるようになって。年収は2年後には今の2倍になるし』 『え?』 ジンの言葉に焦っていた女性の態度が一変した。穹は話を聞きながら苦笑いだ。 「結婚詐欺のパターンじゃねえかこれ」 【女性が高収入に弱いのはいつの時代も変わりませんね】 「人工知能に言われると立つ瀬ねえなこの女も」 相変わらずジンは甘い声で囁くように話を続ける。女性はいつの間にかジンの言葉を真剣に聞いており、角村の存在など忘れているかのようだ。むしろ角村とジンを秤にかけているのだろう、比較するまでもないが。 『今まで自分の事しか考えてこなかったけど、将来を真剣に考えたらお前に会おうと思った』 『ジン……』 たぶん完全に自分をヒロインと勘違いしていそうな女性の声が聞こえた直後、何やら騒がしくなってきた。 【穹、玄関内側にある防犯カメラに角村が】 「とうとう玄関まで来たな」 女性がなかなか戻らないので様子を見に来たようだ。女性は慌てるかと思ったが角村を冷たくあしらったようで角村の声のボルテージが徐々に上がっていく。ジンが不審そうな声を出した。 『誰がいるんだ?』 『友達。気にしないで』 『おい、誰が友達だって!?』 「さあ盛り上がって参りました」 【穹、楽しんでないで角村の端末を】 「あ、忘れてた」  本気で忘れていたので急いで角村の端末をハッキングする。そして石垣とやり取りをしている通信アプリを使い石垣へと連絡をする。  最初は角村を装おうかと思ったが、向こうは角村に対して不信感を募らせているのでおそらく難しい。それならもう正直に真正面からいくしかない。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加