大海の一滴

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 ジンたちとは連絡を一旦切り本格的に石垣とのやりとりをたたみかける。石垣と連絡を取りながらも手間のかかる手順を踏んでから一気に角村の端末から石垣の端末へとハッキングをしかけた。  面倒ごとは嫌いなんだけど、と送ればパソコンに詳しい者なら簡単にできる仕事で分け前も多いと送ってきた。 《いくら?》 《前金で10万、成功で20万。ただし早い者勝ちなんだ、急いでるんだよ》 《トータル30、分け前考えると最高で俺は20か》  少しだけ気があるような返事をするとなんとか協力してもらおうと甘い話を次々と持ち掛けてくる。早い者勝ちだから急いでいる、これで成功すると今後もこういう話を回してもらえる可能性がある。店に迷惑はかけない、という文面からはまだデータを諦めた様子はないようだ。 「シーナ、たぶん向こうもこっちをハッキングしようとして時間稼ぎに入ってる。俺の防御プログラム動かしておけ」 【了解】  ハッカーのやり口など手に取るようにわかる。こちらは店の機材を複数使うことができるのだ、手の打ちようはいくらでもあった。しばらくしらじらしい攻防が続いたが、のらりくらりとかわせばだんだん苛ついてきたのか文章が短くなり返事も早くなってきた。  やはり急いでいるのか、案外早い者勝ちというのも嘘ではないのだろうと思っていたところでシーナがアラートを知らせる。 【穹、プログラムに反応がありました。強制侵入を受けています】 「やっぱな。ま、そっちはいい」 潮時か、と諦めて最後のメールを送る。 《そっちのプライバシーデータは全部わかった。そんなお小遣い程度の報酬で動くわけないだろ。石垣莉緒吽くん、これ以上ごねるならマジで豚箱行きになるからここでお開きにしようか。お前が今ひっかかった防御プログラムは不法侵入者データを自動で警察に通報してくれる優れものだ。もう二度と店に関わらないと誓えるならワクチンをあげるけどどうする?》 一瞬相手は考えたのだろうが答えは出ているようなものだ。迷う必要もない。 《わかった》 《文章に起こせよ、何をどう誓うのか。空約束だけにするわけないだろ》 すぐに石垣から返事が来た。二度と店にはいかない、データも探らない、犯罪行為をしないといった類の内容だ。それを記録しスクショも撮って穹はワクチンを送った。 【ハッキングがなくなりました。うまくいきましたね】 「どうかな」 【何か気になることが?】 穹の表情は硬い。終わってほっとしたという様子ではなかった。後処理を始めているが穹は何か考え事をしているようだ。 「あくまで文章でのやり取りだったから何とも言えないけど、許しを請うとか命乞いみたいなことは言ってくるかなと思ってたらやけにあっさり引いたから。こいつ引き際下手くそだったのにな」 【警察をちらつかせたウィルス感染すればもういいやと諦めたのでは】 「諦めてもいい程度のデータ内容だった……か? たぶん最終的に体質変異者から人工知能を探ろうとしてたのがフィッシャーの目的だったんだろう。リッヒテンが嗅ぎつけたからあのバトル場にいた連中がどんな状況だったかは把握してたはずだ、たぶん死んだ奴が体乗っ取られかけてたのもな。情報を掴むのが石垣の唯一助かる手段なら、それこそ命がけで取りに来る。あっちはウィルスもひっかかってパニックになってたはずなのに、すげえイイ引き際だった。慣れてるみたいだ」 【あちらにも協力者がいたということでしょうか】 「たぶんな。俺みたいなオンラインのやり取りじゃなく傍に直接指示してた冷静なのがいたんだろう。たぶんフィッシャーだな。今回は俺がしくじったってことか、次どんな準備して挑まれるか想像つかねえわ」  とはいってもそこまで取り返しのつかないミスというほどでもない。ワクチンはプログラム完了時にメッセージが送られるように設定してある。 “何かあったらウィルス再構築プログラムへと変化しますのでお気をつけて”  一応これで抑止力とするために最後のオマケなのだが実際はそんなプログラムは構成していない。そんなものまで作ったら重すぎるし悪質だ。恨みを買う可能性があるので文章だけの脅しなのだが。警察に通報するかどうかはまだ保留だ、先ほどのやり取りで通報しないとは一言も言っていないので通報することもできる、証拠はあるのだから。しかし頭の切れる協力者がいるとなるともっと慎重にならなければいけない、もしその人物がフィッシャーなら。 ―――フィッシャーは駒相手に直接会う事なんてしないと踏んでたんだけどな。もしかしたらフィッシャーじゃなく同じような駒ってこともあるか―――  いずれにせよあそこで潔く引いたのは引き際だと思ったからだ。しかし諦めようと思って引いたのではない。必ず次の手を使ってくるはずだ。  ひとまずハッキングに使った経路や痕跡はすべて消し追われないように小細工はしておく。高性能な店のパソコンを使っているのでそちらの処理は問題ないだろう。ついでに二度と店のセキュリティに侵入できないように警戒レベルは上げておいた。このあたりもやりすぎは良くないので調整は難しいが、今まで穹と店長が設定してきたレベルのセキュリティでは通じないのだから仕方ない。 【穹、一つ気になるのですが】 「ん?」 【石垣は何が狙いなのでしょうか? ここで死亡者が出たのは石垣自身が知っています。直接侵入しようとしたときは何が起きたのか真相を確かめる為だったと思います。私にはハッキングするリスクより直接店に侵入する方がハイリスクだと思うのですが、彼はそれをやりました。彼が直接パソコンを調べたいと思った前回と、データハッキングを仕掛けた今回は何か違う理由なのでしょうか】 「それはもうはっきりしてる。前回は単純にビビってたから短絡的行動に出た。不法侵入をしたなら、たぶん日ごろからコソ泥みたいなことはしてたのかもな。でも今回は絶対失敗は許されない。もしかしたら、前回もハッキングをしようとして失敗してるのかもな。だから今回は人を使って準備を整えてから挑んだ。まあ詰めは甘かったけど。で、目的の違いでいえば最初は真相の確認、今回はアレだ。沙綾型」 【沙綾型?】 「こっからはもう想像だけど、一応石垣なりの推論と調査でアンリーシュがヤベーもんだってのには気づいた。そんな中フィッシャーから連絡があって助かりたいなら言う事聞け的な指示があったとするぞ。そしたら石垣は必死だから知ってること全部吐くだろ、死人の事とか」 【ああ、それがフィッシャーに伝わればフィッシャーは気づきますね、死亡者が体質変異者で人工知能がいたことに。人工知能の事や体を乗っ取ることまで言わないにしても、人工知能を凄腕のハッカーか何か例えてその人物を探せと言われたのなら調査に乗り出しますね】 「あいつなりの調査でこの店が沙綾型への手がかりだって核心したんだ。ってことはまだフィッシャーにはばれてねえな。店が怪しいって報告いってたら店のシステムを破壊する勢いでハッキングしてくるはずだ」 ―――フィッシャーならな。キャプチャーなら監視しているはずだ。そうだ、今石垣はどちらの言いなりなのか確定していない――― 「石垣はキャプチャーとフィッシャーどっち側なのかは調べておくか。相手の接触待ちするか、こっちから仕掛けるか。あいつの個人情報は持ってるけど、ちょっと後で考えるわ」  ひとまず目の前の処理をすべて終わらせなければいけない。シーナに手伝ってもらうと履歴が残ってしまうので使うの店の機材だけだ。角村はもうどうでもいいとして、今後の対策を考えなければならない。  店の処理は終わらせて店長たちと連絡を取る。今日は店でトラブルもあったので臨時休業とし、後は店長とジンが最終チェックをするという事で穹はその日は帰宅する事となった。荷物をまとめてシーナをベルトに繋ぐと店を出る。 「一応店に対するハッキングは石垣からの逆ハックだけか」 【記録されているのはその一件のみです。あくまで私が追える範囲ですが】 「いい。どうせ凄腕ハッカーとか人工知能とか出てきたら何やってもわからんものはわからん」  頭の痛くなる話だ。どれだけこちらが気を付けて準備をしても無駄に終わるときは無駄になるのだから。今のところ沙綾型が店のセキュリティ内にいたことと穹が戦った事は探ってもばれないはずだ。そこは暁の腕を信じるしかない。  まっすぐ家には帰らず、シーナの新しい方のボディパーツを買い足そうかと地下鉄へと乗る。教えてもらった店にはいかず以前から取引のある相手から教えてもらった店に向かうことにした。話を聞いた限りでは地下街のようなジャンク品が多いようだ。 【穹、後ろからついてきている者がいます】 「やっぱな。人数と特徴は」 【一人、おそらく男性です。パーカーをかぶっているので定かではありませんが】 「石垣かなあ、見ないとわからんな。潜伏先この辺だったのか。いや、店の近くにいたのかな」  シーナは目に当たる部分の他に真後ろ、ちょうど羽の付け根あたりにも小型カメラがあり後ろを確認することができる。あまり褒められないが以前FBIに追われた時に追跡者をばれずに見つけるためにシーナに追加したのだ。それ以来使う事はなかったがこんな形で役立つとは思わなかった。 「んじゃ、コンタクトとってみっか」  そういうと人ごみに紛れて路地へと入りどんどん奥へと進んでいく。携帯端末から地図を確認しつつ袋小路にならない場所を選んで立ち止まった。壁に寄り掛かって待っていると追ってきた男は見失わないように小走りで駆けてきたが、曲がり角に穹が寄りかかって止まっているのを見て一瞬ぎょっとして立ち止まった。少しうろたえたようだが、ここでごまかしても仕方ないと思ったのか一定の距離を取ったまま穹を見る。 「ハロー」  フードを被っていて見づらいが顔を見れば案の定石垣だった。気楽に声をかければ石垣の表情は硬く返事はない。つけられていることも気づかれていて、先ほど軽くあしらわれた相手が穹だというのも消化しきれていないのだろう。 「猿芝居は時間の無駄だから本題から来い。今すぐ言わねえとボコって放置かお巡りさんかの二択だ」 口元は笑っているが目は笑っていない穹に石垣は一瞬口元をかみしめたようだが、すぐにため息をついて気持ちを切り替えたようだ。 「アンタがハッカーだったんだな」 「要件言え、っつったんだけど」 「急かすな、こっちにも確認させろよ。店のデータ管理してるのはアンタだろ? だったら少し話したい。さっきも話振ったけどアンタに迷惑かからないで金になる話、詳しく聞く気ない?」 「お前交渉下手だね。こういの初めて? ちゃんと台本暗記してきたかよ」  からかうように言えば目つきを鋭くしたが何も言わなかった。穹がある程度強いのは身をもって知っているし口答えできる立場ではないのだ。あとは、他の仲間に入れ知恵されているか。余計な事を言わず感情的になるな、と。 「一切お断りしますって返事したはずだけど」 「金額が少なかったからだろ。あれは今抱えてるのがあの値段ってだけで、他にもある。それにヤバイ仕事じゃない、企業からの正式な依頼だ。優秀なSE、もしくはそういう職種に育てられる人材を探してるって。実力あれば正社員にもなれるらしい」  その言葉に穹は冷静に相手を分析する。穹を引っ張り込もうとしているのは明らかに個人情報を流されたくないからだ。角村の件はもちろん、もともと石垣は仲間意識という物がない。他人を使う事しか考えてこなかった。今の状況から考えても石垣の話をただ聞き入れてもいいことなど何もない。石垣がアンリーシュのどちら側の駒なのかさえ聞き出せればいいのだ。 「ああ、正社員は交渉材料にはなんねーわ。俺好き勝手やるのが好きだからお堅い企業戦士になる気ねえから。まあでもなあ。俺に迷惑かけてきた奴が俺の迷惑にはならないっつって? 企業の裏方バイトだから何かあったら俺に責任押し付ければ終わりな仕事で、その報酬が成功して初めてもらえる金ってか。お前逆の立場なら受けるかよ? こんな何のうま味も魅力もねえ話。それならお前を通報して二度とこんな事起きないように善処したほうがよほど俺の為じゃね?」 穹の言葉に石垣は言葉を詰まらせた。目が泳ぎ、どう返そうか迷っているようだ。 ―――なんだ、本当に切れるカードはこれだけなのか。こいつが今持ってる情報は思ったよりも少ないみたいだな、使う必要ないか――― もういいか、と見切りをつけようと考えた時石垣はくしゃりと表情を崩すと勢いよく頭を下げた。その行動にさすがに穹も驚く、顔には出さないが。 「だったら金は俺が払うから! 頼むよ、これ以上はもう俺後がないんだよ! ただの小遣い稼ぎとかじゃなくて……この間も言ったけど俺このままじゃ……」 「ああ、そう?」 大したリアクションができず気の抜けた返事をしてしまう。ちらりと当たりを見たが何事だと驚いて見ている人は数名いるが、仲間のような人物は見当たらない。 「何、まだお前死ぬ死ぬ病治ってねえの? だからやらなきゃいいだろゲームを」 「違う、それだけじゃなくて、そうじゃなくて!」 ガバっと顔を上げたその眼は本当に涙で濡れていて鼻も赤い。演技でここまでできるとは思えないので相当追い詰められているようだ。 「それだけじゃなくて?」 「……」 つっこめば急に黙ってしまう。それだけは言えない、ということだろう。 ―――怯えてる様子はない。何か重要な情報を与えられて話すのをためらってるのか。これだけじゃキャプチャーかフィッシャーかわからない。でも今のこいつの心理状態なら揺さぶりかければなんとかいけるか―――
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