大海の一滴

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「あーもうめんどくせ。そこまで喚くならわかったよ、何がしたいんだよお前。言っとくけど俺に迷惑かかったらマジ殺すからな。あとそれなりの額は払えよ」  さもめんどくさげに舌打ちをしてそういえば、わずかに嬉しそうな表情をしてすがるような目で見つめてくる。学生が払うにはきつそな金額を吹っ掛けると悩む様子もなく石垣は了承した。どうやら荒稼ぎした裏金があるようだ。 「あの、店のデータをこっそりは……」 「無理」 「データ修正手伝うから」 「そういう問題じゃねえんだよ。あそこの店俺よりもっとすごい腕の人がいるから俺じゃ太刀打ちできねーって話。あとその人俺より立場上だから好き勝手できない、今回も全部その人の指示だったからな」  そんな人間いないがひとまず店長にその役割は担ってもらう。それにあながち嘘でもない、穹が来る前はジンとともに店のデータ管理をしていたのは店長なのだから。ただしハッカーではなく実機をいじる方が得意なのだろうが。 「お前具体的に何が知りてえの? 店の中の連絡事項とかでわかる範囲なら答えてやってもいいよ、追加料金で」 「取るとこは取るのか。まあいいや。人が死んだ日、死んだ奴が使ってたデータとかにハッキングとか異常があったかどうか」 「はあ? それだけ? ねえよ、そんな話微塵も出てねえぞ」 「え、マジで?」 「嘘ついてどうすんだ、さっさとこの件終わらせたいのに」  これも嘘はついていない。死亡者の利用履歴にハッキングがあったかを聞かれたのだ。ハッキングを受けたのは店のセキュリティであって死亡者のゲーム利用に関する事ではない。あれは沙綾型によってデリートされていたが、それは正確にはクラッキングだ。ほとんど言葉遊びのようなものだが後で何かあっても言い訳はできる。 「金まで払うハメにあったのにご期待の答えがなくて残念だったな。こっちもとんだ肩透かしだ、割と凄い事態になってるから国際指名手配のテロリストでも関わってんのかと思った」 「……そういうんじゃねーし……」 「まあいいや。金は振り込みだと履歴残るから現物な」 「持ち合わせないから今度」 「まあそりゃそうだ、一日におろせる限度額超えてるし」  連絡先は交換せず日時を指定して店に金を持ってこいとだけ伝えた。正直金はどうでもいいが話の流れ場こうなってしまったのなら受け取らないと不自然だ。それにあまりつつきすぎてその後ろにいる奴らを引っ張ることになってしまっては本末転倒となる。  石垣をうまく操るのはおそらく難しくはない。しかし横から入れ知恵をしている奴は手ごわそうだ、たぶん人を操ることに慣れている。キャプチャーとフィッシャー、特徴を考えればキャプチャーの方がやりづらそうだというのはあった。顔が見えない、表舞台に出てこないというのは想像で動くしかないのでやりづらい。逆にフィッシャーのようにやることは派手で本人が表立ち直接対話できる方がいくらでもやりようがある。 【穹、何故石垣に金を持ってくる日を4日後に?】 「すぐに持ってこさせても何も意味がない、情報も更新されてないだろ。相手にも考える時間をやらないとな。次どういう手をうってくるかちょっと様子見したい。ついでに言えば現実的に考えて1日に下せる額超えてるから何日間かにわけないとおろせない」 【危険と隣り合わせですね。トランプのハイ&ローのようです】 「ギャンブルなんて所詮は確率の問題だ。こっちは心理が働くから可能性の手数が多くなる。たぶん人工知能として考えりゃいくつか対策思い浮かぶんだろうけどあんまやりたくないし、これくらいは普通に考えてどうにかしないとなあ」  4日後という指定にも一応意味はある。アンリーシュが大々的に告知しているイベントの申し込み締め切りが過ぎた後だ。アンリーシュ側の駒となっているのならイベントではなく何かをやらせようとするなら必ず登録を勧めてくる。穹がたこ焼き太郎だとまだ気づいていないだろうが気づかれたらもっと面倒なことになるのは間違いない。穹の通報のせいで警察に追われているのだから。 「さて、向こうに準備させる時間使ってこっちも準備しないとなあ」 【私のボディも完成させておかないといけませんね】 「たぶんそれが最優先だ。データやオンラインでどうにもできないとわかったらリアルでどうにかしようとしてくる。お前のデータはオンライン上での対策はしたけどリアル対策はまだだからな。間違いなくお前をとっ捕まえようとするはずだ。個人情報の金庫みたいなもんだからな、立派に人質になる。ロケット花火でも発射できるようにしておくか、一瞬だけビビると思うぞ」 【穹】 「あ、はい」 【ロケット花火発射機能をつけるくらいなら違う物をつけてください】 「ですよね」 感情などないはずなのだが、なんとなく今シーナが呆れているというか軽くキレているような気がして大人しく引き下がった。 ―――そんなものは俺の想像だ。シーナが怒っているという都合のいい妄想――― (例えそうだとしても、いずれシーナは学んでいく。こういう時はただの注意ではなく感情が入る物だって)  人工知能と人の思考が交錯する。最近はこんなことばかりだ。どちらも自分の思考なのにまるで二人自分がいてディベートでもしているかのようになっている。悪い事ではないのだが、これだと自分ひとりだけで解決しようとして他の人の意見を聞かなくなってしまうような気がした。 ―――問題ない――― (問題あるに決まってる。人間の社会の中に生きていくんだから) 【穹、口に出してくださいと言っているでしょう】 「……あ」 ポコっと背中に軽く体当たりをされた。軽いシーナの体当たりはまったく痛くないので気付けにはちょうどいい。 【脳波に変化があったので。本当に自分では気づかないのですね。今後は一層突っ込んでいきますので】 「そうしてくれ」 シーナを腕で抱えると軽く頭を撫でる。 【穹、次のボディは毛並みがある物にしてみてはいかがですか、扶桑のように】 「何で?」 【穹はよく私を撫でるので。撫で心地がいい方が良いのでは? 手触り重視のボディも結構ありますよ】 「んー。まあ考えとくわ」  そのままシーナを抱えて目的だった店に向かった。穹が取引している常連から教えてもらった店だ。ジャンクや中古品と言ってもそれなりにボディの品ぞろえは良く値段もピンキリとなっている。小型の動物は人気が高いらしくきちんと洗浄、クリーニングされた証明書がついている。室内犬、猫がダントツの人気で中には絶滅した動物や空想の生き物まである。 「特にこれといってピンとこねえなあ」 【何でもいいのならポメラニアンはいかがですか。毛並み良いですし鞄に入る大きさです】 「んー……あ」 【あ】  穹とシーナ、同時にある一つのボディに目が留まった。それはバスケットボールほどの大きさがあるたこ焼きを模ったボディだった。擬人化されており顔もついていて、ついでにタコの足まで生えている。自走します、掃除機の機能在り、たこ焼き器内蔵、現品限り!と書かれていて叩き売り並みに安い。穹が何かを言うよりもシーナが先だった。 【拒否します】 「いやでもさ」 【拒否します。穹、3度目は言いません、時間の無駄です】 「えー」 【どうしてそう貴方のストライクゾーンは斜め方向な上極端に狭いのですか。もし仮にこれを選んだら穹のクレジットカードを一時凍結しますからね。ついでにこれのどこがいいのか簡潔に説明してください、私には理解できません】 「掃除機ついておきながらたこ焼き器もついてる不衛生極まりないところとか」 【要するに面白いからですね、納得しました。断固拒絶します】  そう言いながらシーナはベルトに尻尾が繋がれたままだが何度も穹の腕に体当たりをして移動を促す。わかったわかったと言いながら移動すると後ろか笑いをこらえきれずに吹き出す声が聞こえた。  振り返ればそこにいたのは同じ年くらいの女性だった。それなりに小綺麗だがファッションはなかなか個性的だ。いかにも近未来をイメージしたデザインで服はファイバー繊維を使っているのだろう、透けていたり光ったりしている。服の模様は時折魚が泳ぎ模様が形を変える。見ていて飽きないと言えば飽きないが忙しないともいう。 「あはは、ごめん。だってすごく自然に漫才みたいになってるから」 「いい教育具合だろ」 笑うと愛嬌がある女性に穹は店でやっている営業モードの顔で接した。この辺りはジンと同じで女性には適度に優しくするようにしている。何せ女性の情報拡散性はすさまじい。四つ角を取ったオセロのようにすぐに広がってしまうのだ。 「パートナーのボディ探してるの? どんなの?」 「もしかしてアンタ店員?」 「そ。見えないだろうけど」 「珍しいな、人の店員置いてるの」  今接客はほぼロボットが対応している。何かお探しですか、と問いかけられるのを嫌う客は多いが探したい物は細かく検索したいというニーズが高まり、タッチパネル式や人工知能搭載のロボットが一般的だ。 「ウチの店長の意向。人と話すのが苦手な人増えてるけど、気に入られることで集客につなげてるからね」  確かに彼女は話しやすい。芸能人のように迫力のある美人ではないが目を引く可愛さはある。敬語を使わないのも相手を見て対応を変えているのだろう、おそらく年上には敬語を使うなどペーシングをしているのだ。穹に対して集客の為だと素直に告げているのも先ほどの短い会話で穹がどんな人間かある程度見極めたという事になる。素直に凄いな、と思った。 「で、どんなボディを探してるの?」 「特にこれっていうのはない。今のボディが古いから新しいのにしようかなって思って」 「どれどれ。確かに相当昔だねこれ。よく長持ちしたもんだ」  感心したように言いながらシーナを観察し、大まかにどんなタイプがいいのかを聞いてきた。動物か、置き型か、ロボットのようなものか。てきとうに動物と答えるとタッチパネルの端末を取り出し店の在庫一覧を表示した。そこには犬だけでも40種類以上が載っている。 「なんかこれだけあるともうどれでもいいな」 【たこ焼き以外なら何でもいいです】 「わかってるって」 穹たちのやりとりを楽しそうに見ながら店員はそういえば、と目を輝かせて穹を見た。 「アンリーシュはやる? あれやるならゲームの調整しやすいボディがあるんだけど」 「あ~、あれね。アンリーシュ特化より、日常のサポートしてくれるやつがいいな」 「例えば?」 「仕事でデータ整理結構するから、家でもそれができるようなサポートがついてるやつとか」 「そっか~、残念。今アンリーシュって言葉出すだけで結構みんな買ってくれるのに。あ、物はちゃんとアンリーシュ対応してるのは本当だけど」 「痩せる効果があるって書くとバカ売れするのと同じだな」 「耳が痛いなあ」  そんな他愛ない話をしながら、結局ボディは買わずにパーツだけ買い足した。穹がそこまで真剣にボディを探しているわけでもないとわかったらしく、無理に商品を勧めたりはせずパーツを勧めてくれたのだ。買った商品を梱包し元気にありがとうございました~と商品を手渡される。そのまま受け取り家に帰った。  家に着いて包装を開けてみると見覚えのないメモが入っている。おそらく包装した時に店員が入れたのだろう。メモには16桁の英字と数字の入り混じったものが書かれており、日時が指定されている。 【パスワードでしょうか】 「ああ。ご丁寧にアクセスする日時まで指定してきてるんだな」 穹は常連客から店を紹介してもらった時のメールを表示した。通販もやってるから、と店のサイトアドレスが書かれているがおそらくこれにアクセスするのだろう。 「日時指定ってことはたぶん裏サイト、しかも日時によってパスが変動するんだろう」  記載された日時を逃せばおそらくアクセスできない。穹にこれを持たせたことに何の意味があるのかは知らないが、店まで構えておいておかしなサイトに誘導したりはしないだろう。一応ウィルスチェックのソフトは入れているしハッキング防止セキュリティもある。指定された日時は今日の夜22時、バイトもなくなったので問題なくアクセスできる。 【穹、アンリーシュから知らせが来ています】 「メールか。開封はするなよ、絶対イベント申し込み締め切りの知らせだ。見てないってことにするから無視」 【パートナーに直接来ている時点で見てない、知らないは苦しいですよ】 「もう知らないで通すのは無理だから普通に無視したってことでいい。最後にアンリーシュにログインしたのはだいぶ前、俺はもともとバトルをほとんどやってない。連絡がきてても見てないってのはおかしくない」 【アンリーシュ側から監視されているの前提なのですか】 どこか腑に落ちない様子のシーナを見て穹は考える。シーナのその態度は最もだ。現状の情報を整理しても何故穹がそこまでアンリーシュ自体を警戒するのか判断に困っているのだろう。 「一応話しておくか、俺の今の考え。確率も低いし考え中ってレベルだからお前には言わなくていいかと思ってたんだけど。シーナ、沙綾型の時の会話全部記録あるだろ。そこで俺は沙綾型に何でわざわざゲームでバトルするんだって聞いた」 【はい、確かにそう言っていました】 シーナの相槌に珍しく穹は一呼吸入れてから意を決したように話し始める。 「アンリーシュの前はグロードっていうコミュニティサイトだった。それに大きくかかわっていたのは次世代型人工知能、それをサポートしてたのが初期型人工知能とユニゾンだ。関わっていたっていうよりシステムそのものだったと考えるべきだな。うたい文句は次世代型人工知能による新しいコミュニティサイト、だったんだから。グロードは次世代型人工知能そのものだったとして、その後継であるアンリーシュがある。もしこれがグロードをそのまま使っているとしたら」 【そのまま、とは基礎やシステム丸ごとということですか? 待ってください、それでは…アンリーシュは次世代型人工知能であると? そうなると初期型人工知能やユニゾンはその一部。だから沙綾型は、いえ、逃げていった人工知能たちはアンリーシュのバトルでしか身動きができないのですか】  むしろ、もともとアンリーシュをやりたくてその前ステージがグロードだったのかもしれない。次世代型といっても人工知能なら学習する場が必要だ。詰め込める学習はすべてプログラムとして詰め込み、あとは人とのリアルなコミュニケーションをすることで最終調整をするつもりだったと考えると自然にまとまる。 「ずっと考えてたんだ。沙綾型も夜に倒された奴もいちいち馬鹿正直にゲームで対戦してやがる。何でそんな必要があるんだ? ってな。それ自体答えは簡単だ。そうしないといけない、それしかできないからだ。人工知能はあくまでシステムやプログラムで動いてるからそれを変えることはできない。例えシステムから離れていてもあいつらは“次世代型の一部”なんだ。ただ次世代型や運営陣がこんな長い時間逃げ回ってる奴らを捕まえることができないのはおかしい。そこは何かそれができない事情があるんだろう。だからアンリーシュは擬態して餌を誘うハナカマキリみたいなもんだ。人の体質を変え、それを撒き餌に寄ってくる人工知能たちを待っていればいい。裏バトル的なモンに引っ張り込まれるとアンリーシュっぽい雰囲気なのはあいつらがシステムの一部だからだろう」 【以前立てた推論であるアンリーシュを利用して人工知能を捕まえようとしているというわけではなく、アンリーシュそのものが根本なのですね。なるほど、そうなるとアンリーシュにログインすること自体が自殺行為、何もかも監視されていてもおかしくありません。今のところ接触がないので彼らも上手く使いこなせていないようですが】 「さすがに脳波の監視までできないだろ。ユニゾンか人かを区別するのは脳波の違いと人とは違うことをやって見せた時だけだ」  夜のデータ分解、暁のデータ修復、そして穹のモジュレート。それをアンリーシュの正規の場所でやってしまったら終わりだと思った方が良い。APについていた人工知能はアンリーシュの中で自分の能力を使ってしまっていた。ということは、人工知能たちもアンリーシュが次世代型であると知らないのだ。 「まあ、今のところの俺の推論だ。それを前提には動かないでほしい。間違ってるかもしれないし、合ってたとしてもたぶんこれだけじゃない」 【了解。可能性の一つとしてとらえておきます。穹、私は人間ではないので思い込みで行動しません。すべて演算して行動するので大丈夫です】 「基本的に人工知能の考え方は消去法だ。材料が3つしかないなら3つでしか判断しない。でも真実の答えが4つ目として存在したら元も子もない、それだけは間違うなよ」 【はい】  それは穹も同じことだが、シーナはまだこうかもしれない、こういう可能性もあるという未来を想像することは不得意だ。それはシーナだけでなく人工知能全般に言えることではある。だからこそ判断材料として今回はあえて教えた。ただ間違えやすい材料でもあり、おそらく消去法とするなら常に可能性として残ってしまうだろう。違う可能性があるなら穹が教える必要がある。  ただし今のところこの考えは穹の中でほぼ確信にはなっていた。沙綾型が何故バトルでちょっかいを出してくるのかと聞いた時疑問に思ったこともないようなリアクションだった。それは人が熱を作り出すのに何故呼吸をして酸素を取り入れる必要があるのかと聞かれたようなものだ。  当たり前にやっている。そうするようにできている。だからまったく疑問に思わないしそれを指摘されたこともない。そうなるともうシステムとしてそうなっているから、という答えしかなくなる。その答えしかないのならおのずと導き出される答えはこれだけだ。
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