大海の一滴

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 彼らは次世代型人工知能のサポートとして生まれた。人工知能が行うサポートは人が行うサポートと意味合いが違う。人が行うサポートは便宜上やるだけでやらないという選択もできるしやらないことで命に関わることでもない。  しかしプログラムとして組み込まれていたらやらないという選択はできない。ありえないのだ。ゲームで戦うという妙な手段を取っているのならそれがプログラムだから。しかもグロードの時はコミュニティサイトであってバトルゲームではなかった。つまり、管理を離れても彼らは繋がったままなのだ。まるで遠隔操作のように、大本が変化をするとそれにリンクして自分たちの行動も変わってくる。いや、むしろそれは。 ―――俺がモジュレートしてるからだ。今までは無自覚で実は全員の調整を俺がやってた。可能性としてはこれが一番ありえる。これに気づいてるのはたぶんユニゾンだけだ。もし他の人工知能が知ってたらまず俺を殺そうとするはずだ―――  これらの推測が本当に合っているとしたら状況はかなり悪い。それにそれぞれの思惑と最終目標がいまいちつかみ切れていないのも手痛い。逃げた人工知能たちは逃げることだとわかっている。アンリーシュ陣営のキャプチャーはともかくフィッシャーの目的が不透明だ。それに何より、現状一番わからないのは実はユニゾンたちなのだ。全員が次世代型に初期型を渡さない為に動いているのだとして、夜と宵の手段が違うのが気になる。絶対にまだ何かある、ユニゾンしか知らないことが。そして暁はどちらの考えなのかもわかっていない。 【穹。そろそろ一度休憩しましょう。思考を止めないことは大事ですが考えっぱなしもよくありません】 「そうすっか」 大きく伸びをして買ってきたパーツを広げた。ジンから教えてもらった店で買った物も広げて今後どういう設定にしていくかを考え不備がないかなどのチェックをする。 【穹、石垣からメールがきています】 「ふうん?」  使い捨てのサーバーを使いメール受信を移行した。ハッカーが良く使う手で、一度きりの使い捨てとして使う仮の架空サーバーである。ゴミ箱の中で中身のわからない物を開けるのに使うようなイメージだ。それがウィルスだろうと莫大なデータだろうと中身を見たら丸ごと捨てることができる為まっとうではない連絡や取引にはよく使われる。 開けばウィルスの類はないかった。内容は金の準備が半分だけできたので渡したいという内容だ。 「誰の入れ知恵なんだか知らんが、まあまあうまい手段だな。向こうも俺の出方を見てるのか。金を渡して終わらせる気がないって事だな」 【この間の説明で納得していないということですか】 「いや、たぶんデータはもう諦めてる。用があるのは俺ってとこか。ハッカーだってばれたし」 【会わないのは不自然ですが、どうしますか】 「会うわけにはいかないだろ」  穹は少し考えたが返事は「一括で期日を守れ」という内容だった。穹とて直接の接触は避けたい。無視してもいいが金の話に食いつかないのは不自然なので突き放す言い方にする。その後石垣からの返事は来なかった。  21時56分。穹は昼間に行った店のホームページを開いていた。おそらくアクセスできるのは一回きり、違う内容を入れたら二度と入れない。そんなヘマはしないが。  22時となった瞬間にウィンドウが現れパス入力画面が表示される。そこにパスワードを入れると画面の色が反転し、黒画面に白い文字という違うサイトへと変化した。画面スクロールなどをして内容を確認してなるほどと思った。 「まんま、裏取引関連か」 【すべて通販ですね。そういう人たち御用達の店なのでしょう。あの店員、よく穹が紹介された客だとわかりましたね】 「たぶん、店頭にいく客がそういう客なんだろ。普通に通販サイトもあるし、パーツやボディなんて家庭用の3Dプロジェクターで見れば店頭にわざわざ行って物を見る必要ないからな」  今や3Dプロジェクターは物を買うときの必需品だ。欲しい商品が実物大で3D映像として見ることができ、服などは自分の体に立体映像として合成してくれるので着ているのと同じ感覚になる。素材にこだわらなければ服のデザインはデータとしてダウンロードできるので、それを映し出すファイバー繊維の服を一枚持っていれば毎日違うデザインの服がその服一枚で済む世の中だ。服に限らず大方の物はそれで済むので店頭に行って買うのは実物を見る派だけだ。これは高齢者だけが好むのではなく老若男女バラバラで存在する。 「結構いい揃えだな」  穹がそういうくらいにはそこそこ目を引くものが多い。シーナに合いそうなボディを探すと見た目よりも性能重視のラインナップが揃っていた。表の店には置いておけない、少々法にひっかかるようなものばかりだが。 「んじゃ、ちょっと揃えてみるか」 パスワードに記されていた日時、22時~23時と記されていた。つまり1時間しか使用できないということだ。目的を絞ってさっさと必要なものを買う必要がある。 ―――今のシーナのボディは遅いし機能も性能も大きく劣る。となると、もう今のボディを捨てるつもりで次のを探すしかないか。いや、それよりいかに今のデータとシーナの基礎人格プログラムを損失少なく移せるか―――  想定すべきは誰かに捕まってしまった後すぐにデータだけ別のボディへ移行できるかどうか。そういう設定にしておいて自動以降することは可能だ。ただしそれは捕まって状況にもよる。 それを考慮した性能を探せばいくつかぴったりな物は見つけたが少々値は張る。しかし今後の為にも絶対に必要な物だ。さすがに貯蓄がゼロになるというわけではないが欲張るとあっという間に金がなくなる。 いくつか目星をつけて購入をするとシーナが机の上に乗ってきた。 【穹、これを】 「ん?……あ」 シーナも穹のパソコンと同期していたので同じサイトをチェックしていたのだが、そこから見つけた物はコンタクトパーツなどのサポート機器だ。それらの写真を見て穹も気づいた。シーナは気になる箇所を拡大してくれているのだ。 「エグゼクティブ社の機材か」 ヘッドセットはさすがにないにしてもコンタクトパーツやCPU、ICチップ、さらに細かいパーツなどもあり資料でしか見たことがない物もある。自分で部品を使っていじる人間には宝の山だ。 【コンタクトパーツは必要です。ヘッドセットとの相性もいいですし、製造元が同じであれば同期がしやすいでしょう】 「そうだな。20年前はさすがに古すぎるから代用できる部品は交換して使うか」 【それからこれを】 表示したのはボディの一覧だった。シーナがぐいぐいと拡大表示するのでそれを勧めているのだとわかる。 【これですよ穹。手触りと穹が先ほど購入した部品との相性も良いです。大きさも手ごろです】 「いやこれ、手ごろか? でかくね?」 【何言ってるんですか、介護ロボよりは小さいですよ】 「介護ロボは介護する人持ち上げるからだろ」 シーナが食いついたのはグレートピレニーズという種類の犬の形をしたボディだった。真っ白で毛並みが長く確かに手触りはよさそうだ。ただしかなりの大型犬で体長は80センチほど、本来の犬なら体重は50kg近くある。パートナーボディなので軽量化はされているようだがそれでも最低重量は20kgだ。 「俺潰れねえかこれ」 【潰しませんよ】 「お前よく俺の上に乗るだろ」 【そうですね。もうそういう行動パターンができているので。なるほど、朝起きない時顔の上でジャンプしていましたがこのボディになったらちょっと面白いことになりそうですね。買いましょう穹、癒し効果も抜群です。今度から私が枕になりますよ、さあ、ポチっと】 「ポチっと、じゃねえよ。詐欺まがいのセールスマンかお前は」 その後かなりシーナがくいついたが大きさがネックとなり結局ボディは買わなかった。シーナは名残惜しそうにしていたが、最終的にはまた良いのを見つければいいかと納得したらしい。 「お前何で犬がいいんだ?」 【体当たりが強くなりそうなので】 「今明らかに俺に対してだよな」 【そうですね。穹を守るために敵につっこむ、と言いたいところですが私は人を傷つける行為はできませんので】  その設定を変えることは許されない。法律違反になるから、というだけではない。それを人工知能に覚えさせてしまえば、最終的に行きつくのはリッヒテンと同じ道だ。おそらくどれだけ穹が調整し再教育しても、穹が危険な目に合ったら相手を攻撃すると学習してしまえば修正ができなくなる。  注文を済ませて話しているうちにタイムリミットが来た。23時になり画面が通常の通販用サイトにジャンプする。履歴を見れば先ほどアクセスした痕跡はどこにもない。こういう品を扱っているのだ、経営者も相当の腕を持つハッカーなのだろう。この店を紹介してくれた知り合いにお礼のメールを送った。  石垣から金を受け取るのはあと二日後。翌日とその次の日の二日間穹はたまたまバイトのシフトが入っていなかったのでゲームセンターには行かなかった。店長たちからも特に連絡もない。角村の事はもう興味がないのでどうなったのかなど聞くつもりもなかった。  穹がやっているバイトはゲームセンターだけではない。一応必要な時だけ呼ばれるバイトも掛け持ちをしていてこの二日間はそちらに行っていた。複数の企業が入っているビルの管理会社にバイトで入っており、こちらも担当しているのはシステムの管理だ。1フロアごとに違う会社が入っているのだがデータの管理やセキュリティはビルで一括管理をしている。  その中でシステムに穴はないかを探るのはそれ専用の人工知能なのだが、抽出したデータや結果をもとに内容を精査し改善プランを提案するのが仕事だ。これはアンリーシュで戦略を立てて売っていたころのノウハウが生かせたので19歳という若さでこの仕事をやることができている。ただし今やどこの会社も管理が完璧なので改善プランを出すのは稀だ。週に一度の定期検査の結果を確認するだけなのでゲームセンターに比べると仕事に行く回数は少ない。  久しぶりにそのビルに行って情報やデータをチェックすれば、一つ妙なものを見つけた。4階に入っているイベントコンサルタント会社の使っている容量が急激に増加しているのだ。まだ余裕はあるものの、そんなに急に増加するのは通常ではありえない。チーフに現状を報告し、まずはサーバー使用料の追加請求をして目を覚ましてもらう策に出た。いきなり容量使いすぎだ、と言ったところでそうですか、で終わってしまう。目に見えない事や口で伝えるだけというのは全く意味がない。まるで借金の取り立てのように数十万を請求すれば案の定慌ててその会社の役職者が連絡を入れてきた。現状を説明し、仕事内容は言わなくてもいいのでこうなった原因に心当たりはないかと聞いてみる。  すると今若者を中心に人気のコミュニティサイトとコラボ企画を進めており、そのサイトとのやり取りと実際のサイト利用をし始めたからではないかという返事だった。  さっそくそのサイトを調べるとアリスのお茶会、という名前のコミュサイトだった。いかにもメルヘンな雰囲気で若者というよりも主に女子に人気があるらしい。ただ会話をして楽しむというだけではない。世の中にある様々な店、企業とのコラボ数が多く得点や割引、限定品の配布まで数多くのサービスが充実していた。このサイトには鏡の国のアリスをモデルにした金髪で青いドレスを着たアリスという少女が中心キャラだ。それはアンリーシュでいうところの采のような存在だろう。今時キャラがアイドルになっているのは普通の事だ。  ただコラボをしてサイトを利用しただけで容量が大きくなるはずもない。おそらく余計な機能や必要ないプログラムまですべて抱え込んでしまっているのだ。  コラボだからと言って安易に受け入れすぎるのではなく、プロなのだからデータ管理くらいしっかりしろと軽い説教を入れて厳重注意をした。データ管理は通常できていても、上手くできた管理を永遠に使い続けていては意味がない。時代の流れ、世の中の状況に合わせてプログラムやチェック体制を変えていかなければいけないのだがそれをまったくしないのは今の会社の典型だ。ソフトであるデータ管理のシステムはよくできているのだが、ハードである人間がそれをまったく理解せず意識もしようとしない。だから穹のような仕事がなくなりそうでなくならないのだ。 「アリスのお茶会ねえ……」  ざっと調べた感じでは特におかしな様子はない。こちらもVRで直接サイトに入る形のもので、アリスを含めた数多くのVRキャラとともにイベントやゲームをしたりしている。特に人気を集めているのはお茶会をしている時だ。このお茶会の時、アリスは参加者たちに質問をしてくる。それは他愛ないネタで時事のニュースから素朴な疑問、ジャンルは特になく本当に多種にわたる。それに対してどんな答えをしたかによってアリスが反応を返してくれて、アリスの気に入った答えだった場合特典がもらえるのだ。アリスがどんな答えを気に入るのかは特に法則性はないのでランダムで選ばれているのだろうと言われている。 《あなたは今日紅茶を飲む? コーヒーを飲む? どうしてそれを選んだのかしら?》 《ホワイトラビットが教えてくれたんだけど、今は結婚、離婚、再婚をするのが当たり前なんですって。何で愛を誓って結婚するのに離婚して、また結婚をするのかしら?》 《昨日いつも庭の木に来ている鳥が来なかったの。探しに行ったら落ちて死んでしまっていたわ。そうしたら今日よく似た鳥が来ていたの。貴方は鳥が死んでしまって寂しい? それとも似た鳥が来てくれたから寂しくない?》 《あなたは太陽と月どちらが好き? どうして好き?》  コンサルタント会社の許可を得てその会社のパソコンからサイトを見ていたのだが、穹は無言でサイトを閉じた。今一回起動した状態でどの程度の容量を使って何に使っているのかを調べるために起動した。それはいいのだが、アリスの質問が酷く歪だ。子供のする質問という物でもないし、この質問をしてユーザーに返してもらう事に何の意味があるというのだろう。それにこの質問、すべて「人」でなければ答えられないものばかりだ。人工知能に自動で答えてもらえるようなものがない。  何故ならすべて理由の付加を求められている。何が飲みたいかなどその時の気分としか言いようがない。結婚問題は性格の不一致と言えるが、それは離婚のみだ。結婚と再婚は説明がつかない。正確には、理想と現実の違いに失望しそれでも理想を追い求めてしまうが故の結果と言える。太陽と月に至っては、そもそも好き嫌いの対象になるのかと疑問に思う。あえて言うなら「好き」はおそらくない。しかし嫌いかと聞かれればそれも違う、としか言いようがない。しかしこの回答は人工知能には無理だ。鳥も同じで、その毎日来ていた鳥に何か思い入れがあったら当然寂しいし鳥が来ているなという認識しか持っていなければ別に寂しくない。しかもそれは別に違う鳥が来ていなくても寂しくないのだ。  それは人が持つ特有の感情、期待、妄想、理想が織り交ざって起こる結果だ。一人ひとり意見が違って当然の事なのだ。まさかアリスへ送られる回答をコミュサイト運営のスタッフがすべて見ているわけでもない。アリスを開発した人物が自分の趣向をアリスにコピーしていれば可能なのかもしれないが、それでも無限とも思える質問の種類に対し対応しきれるとは思えない。  まるで、「人」がどんな回答を持っているのか本当に知りたいかのようだ。そう思った時、一つ考えが浮かんだ。アンリーシュの前身だったグロード。次世代型人工知能によるコミュニティサイト。人と接する事で思考パターンを学習しようとしていたとしたら、まさにこういう形だったのではないか。一般的な回答など普通の人工知能でもできる。カバーしようとしたのは、もっと型にはまらない柔軟な思考だ。自分の中にない回答を見つけた時深く掘り下げその思考パターンを完全に解析する。 ―――まるでハイエナだ―――  管理ベースに戻ってデータを見たがやはり使用している容量が大きすぎる。最低限の使用プログラムのみを起動し、その他余計に立ち上がっているスタートアップやアプリはすべて停止する指示を出す。  どこか薄気味悪さを覚えて、穹は報告書をまとめた。どうもアンリーシュの事があって人工知能について過敏になっている気がする。しかしそれでも気になるので一つだけ調べておくことにした。これがただの思い過ごしであってほしいと思いながら。  調べたのは、石垣がこのコミュニティサイトを使っていないかどうか。ハッカーである石垣をハッキングするのはかなりリスクが高いので深入りしない程度にしておいたが。角村とやり取りをしていた時はどこにでもあるアプリと使っていたようだが、おそらくよく使うサイトはあるはずだ。こういうコミュサイトもハッカーが常日頃獲物を探しているターゲットでもある。  女性は他者から共感を得たいがために少し話をのせると簡単に個人情報を開示する。今はパートナーによるセキュリティが発達し、パートナーを通して通話や連絡をするので登録している個人情報を載せようとするとそこだけ自動で情報が削除されるようになっている。ただし削除されても暗号化された履歴は残るので、そこから個人を特定しクレジット情報を抜かれたりするのだが。だから石垣がこういう場所に登録していてもおかしくはない。  石垣と会う期日は翌日だ。一日でできることは少ないが、会うのが翌日だからこそ今石垣は誰かと連絡をやり取りしているはずだ。シーナにも指示を出しておいた。アンリーシュに現在関わっている会社、その子会社、アリスのお茶会運営に関わっている会社、子会社に共通する会社はないか。名前が変わっている会社、買収や合併して姿を変えた会社などないかを調べこの二つの運営に同じ会社はないかを調べるように伝えた。
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