講演会

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講演会

「諸君、本日は『第一回 全国組織捜査能力向上対策会議』にお集まり頂き、誠にありがとうございます 私は、警視庁捜査一課、警視正、中野川淳一で有ります 昨今、日本警察の犯罪検挙率はその犯行の手口の複雑化、巧妙化、組織化、国際化といった様々な要因により、これだけ科学技術、分析技術が向上したにも関わらず、その検挙率は年々減少という非常に残念な傾向にあります その要因の主なる物の第一に、私はその根本に、人的ミス、つまり、人による判断の誤りが有るものと認識しております つまり、いくら技術力が向上しても、それを操る人間の方が、判断や、操作、使い方といった点でミスをしている様では、折角の優れた機械、機器を使ったとしても、何のクソの…あ!、ゴホン…失礼、何の優れた効果は得られないという事で有ります そこで、この場をお借り致しまして、本日は私共が実際に犯した『思い込み』という人的ミスにより、危うく犯人を取り逃す所だったというエピソードを交えながら、人的な判断というものがいかに危うい物なのかという一例を語りたいと思います (パチパチパチパチ…) …ご静粛に、ご静粛に、ありがとうございます、えー… 事の起こりは、三年前に起きました事件、さるIT会社社長が自宅で殺害された事により始まりました そのIT会社の社長の名は仮に、Aとしておきましょう、Aは六本木の中でも、いや日本中でも有名な、誰もが知る、あの高級高層マンションに住んでおりました、その社長はまだ若く、その会社も当時、躍進を遂げていた会社であったものですから、この報道はマスコミ各社が喜んで飛び付き、各社大々的に取り上げられた事件でありましたので、日々事件と向き合い、新聞等の事件、事故紙面には隈なく目を光らせている諸君であれば、ああ、あの事件か、と直ぐにお分かりになる方も多いと思いますが、そう、あの事件です、 犯人の方も、衝撃的な人物であったものですから、報道等でもう既に顔写真まで出回っているくらいですから、皆様の中の殆どの方はもう既に分かっておられるかと思いますが、これは私共が、実際に捜査に辺り、犯人に辿り着くには並々ならぬ、いや、結局は、犯人の自供によって、その事件の経緯が明らかになったのですが、兎に角、事件の解決に至るには大変苦労を致しました お恥ずかしながら、結論として当時の捜査関係者一同が、誰一人としてその犯人を予想する事が出来ず、犯人が実際に名乗り出てきた時、捜査陣一同が、まさか!と我が目、我が耳を疑った物であります 其処には我々が抱いていた「思い込み」という全くの人的ミスがあった物と、我々は深く反省させられた事件であり、今だに我々、当時の関係者の心の中に、深く戒めとして認識されているとても思い出の深い事件でもあります 今回、私がこの席に呼ばれ、この場を借りて皆様にお話出来る機会が持てたという事は、この事を広く、全ての事件捜査関係者の方々にこの「思い込み」という初歩的な人為ミスと言うものがある物と認識して頂いて、どうか、この後、皆様は初心に還り、全ての可能性というものを視野に入れて、日々の事件解決に役立てていただきたい、 私には、それを皆様にこの場を借りて、伝える使命がある物と心得て、今回、この場をお借りしてお話したいと思う所存であります (パチパチパチパチ…) ゴホン…話しがそれましたが、事件の経緯を続けさせて頂きます A氏は自宅で殺害されたとおっしゃいましたが、その殺害されたと判明した理由は、頸部に絞殺痕があった事、これは後に、何か幅広の紐状の物、コレは後に、鑑識により、おそらくネクタイであったろうと判明致しますが、兎に角、首を締められたことによる窒息死、そして室内には殆ど争った後も、室内が荒らされた後も無かったので、物取り等、えー、勿論、其処はセキュリティの厳重な高級マンションですから、その様な侵入者も入る事はほぼ不可能なのでありますが、誰か被害者が招き入れた人物が何かしらのトラブルでA氏を、不意に襲って殺害に及び、その後に逃走した物と考えられました それで、先ず一番に鑑識による室内の証拠や、犯人の痕跡の発見に頼ったのですが、鑑識ではめぼしい証拠等は発見する事が出来ず、次に、我々は目撃者、監視カメラの映像等による犯人像の特定に注力したのでありました マンションの監視カメラの中にはこの被害者であるA氏の殺害推定時刻前に、A氏と共にA氏自宅内に入る、スーツを着た背の高い細身の男性の姿が写っており、やがてその男が、二時間程してその自宅より、一人去って出て来ていった事が分かりました 当然、我々はこの男が犯人、若くは、事件の真実を知る者として疑いが高い物と、この男の特定に尽力致しました しかし、この監視カメラに男は唾付きの帽子を被ってマフラーを身に着けていたものですから、その顔までは認識する事が出来ませんでした ですが、監視カメラによって撮影されたこの人物が、犯人、もしくは、この事件に何らかの関わりがある者としてハッキリと映像として残っているものですから、当初我々は直ぐにでもその人物の特定まで辿り着く、そう楽観的に認識しておりました その後、目撃者等も周辺の聞き込み等で当たったのですが、それらしい証言は得る事ができず、犯人と思しき人物の特定には至る事が出来なかったのでありました 其処で我々は被害者A氏の周辺を徹底的に聞き込みして当たり、当日、A氏に接触した可能性のある者、またはA氏に恨みを抱いている者をシラミ潰しに捜査いたしました 結局、その捜査対象者は膨大な数に及んだのですが、我々の徹底的な裏付け捜査の結果、その何もが、当日にA氏自宅に行って犯行を行える人物の対象から悉く外れる結果となってしまいました 其処で今度は、A氏の交友関係方面から当たる事となったのですが、その時の捜査ではA氏がプライベートで接触している人物は、その女性関係も含め、捜査線上に浮上する人物の特定には至る事が出来ませんでした ここまでの捜査と裏付けでかなりな時間が費やされました、捜査に当たった人員も計り知れません、それなのに、あの監視カメラに映っていた人物に容姿の近い人間で、当時、A氏に接触した可能性のある人物はただの一人もおりませんでした その後、一向に捜査状況の進展は無く、その時点で我々の捜査は先ず初めの暗礁に乗り上げてしまいました その為、我々捜査陣は原点に帰り、事件当日のA氏の行動から再び洗い直しをする作業を行う事となりました えー、ここまで長々と事件の経緯について話してしまいましたが、この事件の確信に触れる前に 皆様、お疲れの様ですから、一旦、休憩に致しましょう、 えーと今時刻が14:20ですから 休憩をとりまして14:45から再開致したいと思います では、皆様14:45にまた此方にお集まりください」
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