あさみの告白・DAY2

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あさみの告白・DAY2

 私は机の上を整理して、パソコンの電源を入れる。本当に研究室の机はモノが多い。約束の時間だ。今日は2日目だ。最後のオンライン。ノイズから段々と鮮明になっていくパソコン。昨日より鮮明になるのに時間がかかる。  夕日に照らされた窓が少しだけ眩しい。  やっと鮮明になったかと思うと目の前には、あぐらをかいた雅之くんが映っていた。  私は今日もきちんと繋がった事に安堵して微笑む。目の前には少しだけ昨日より暗い表情の雅之が居た。 「こんにちは。」  私は微笑む。出来るだけ優しい表情で。何か気づいてしまったのだろうか。此処で警戒されるわけにはいかない。 「彼女と別れた。」 「えっ。」  良かった。気付かれた訳ではないのだ。私はほっと胸を撫で下ろした。沈黙が私達の間に降ってくる。  向こうの画面でも畳に窓の隙間からの夕日の光が映っている。  「きっともうすぐしたら、良い人に出会えるよ。」  私は励ますように笑う。予感ではなく、確信だ。必ず雅之くんは良い人に出会える。私のそんな言葉に雅之くんは少しだけ、泣きそうな顔で微笑んだ。 「今、俺すごくあさみに会いたいんだけど、どこに行ったら会える?」 「東洋大学で研究してるよ。3階の東棟1番角部屋。」  嘘は一つもついてない。だけど、どうせ雅之くんは私に会えないのだ。その研究室に私は居ないのだから。 少しだけ驚いたように雅之が目を見開いた。 「俺のいる所から近いね。今から、行っていい?直接会いたい。」  雅之くんの黒髪が揺れる。少しだけ寂しそうに。  もう切ればオンラインは一生繋がらないだろう。パソコンが限界だ。もう一度アプリを開発するのも時間もお金もかかりすぎる。そもそもこの2日間が奇跡みたいなモノだ。 「もう少し、このままお話しない?」  オンラインを切った後、雅之くんは私に会いに来る事を私は知っている。だけど、私は雅之にもう一生会うことは出来ないのだ。 「何で別れたの?」 「あさみの言葉が引っかかった。一緒にいるならラクな方が良いって。」 「そっか。」 私が別れるきっかけを作ってしまったか。私は苦笑いした。  「あさみ、好きだよ。」  唐突に、雅之くんが言う。泣きそうな表情で。私も胸の奥がぎゅっと痛む。昔何度も聞いた言葉は、父と同じ表情のままで。  あぁ、その言葉を言ったと言うことは、そろそろ、オンラインが切れる時間だ。今日は早いな。伝えなくてはいけない事がある。 「12月23日。私の誕生日。」  嘘だ。でも、2ヶ月後雅之くんは今度この誕生日と同じ番号を使って宝くじを買う。ささやかだが、少しだけ、お金が手に入る。クーラー代ぐらいは。約束の報酬だ。 「クリスマス前だね。」  そう言って雅之くんは笑った。私はその懐かしい笑顔を目に焼き付ける。なんとなく、机の端に置いた死んだ父の手紙が目に入る。  ほんの、出来事だった。死んだ父の手紙を読み幼い亜沙美は考えたのだ。もしかしたら、過去と繋がるオンラインができるのではないかと。  私の正体を明かすつもりはない。過去が変わってしまわないように。雅之にとって、亜沙美はあさみではないのだから。  もう、一生私はこうして父に会えることはないだろう。  少しだけ画面が霞む。本当に時間が来てしまった。最後に父にお別れの言葉を告げる。昔、言えなかった別れの言葉を。  「ねぇ、雅之くん。私も、大好きだよ。」 私はそう言って笑う。泣きそうになっていないだろうか。  オンラインがますます霞んでいく。もうこのパソコンは使い物にならなくなる。  私は霞んでいく画面に、手を伸ばす。  霞んだ画面越しに、雅之もまた私に手を伸ばした。  消えていく画面越しに、私達の手が重なる。体温なんて一つも感じないけど、私は満足だった。  真っ暗になったか画面が、優しく夕日に照らされる。もう、心残りはひとつもない。それなのに何故か私の目からは、涙が溢れていた。
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