垣間見えた裏側

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垣間見えた裏側

 お昼休み。 「ねえ、皆月君。良かったら校舎の中を案内しようか?」    そう誘ってくれたのは、井上優子だった。    これまでも教科書を見せてくれたり、他のクラスメイトたちとの会話を取り持ってくれたりと、何かと久遠のことを気に掛けてくれていた彼女。転校初日で全く余裕のない久遠にとって、彼女の存在はとても心強く思えた。 「ありがとう。お願いするよ」    久遠は有難くその申し出を受ける。 「あ、じゃあ俺も行く! どうせ暇だし」    すると、前の席に座っていた大森健人も身体を反転させて会話に加わってきた。 「大森君のことは誘ってないんだけど」 「いいじゃん! 何も知らない転校生が、委員長の毒牙にかからないための見張り役ってことでさ」 「なんで私が襲う方なのよ! 変な誤解を生むからやめて! 皆月君、安心して。私は人畜無害な植物系女子だから」 「気をつけろよ、皆月。植物は植物でも食虫植物だからな。油断してると、パクっといかれちまうぞ。ハハハ」 「あなたって人は、ほんとにいつもいつも――」 「よーし、じゃあ昼休みも短いし早速行こうぜ。まずは、男子なら誰もが気になる女子更衣室の場所からな!」    健人は久遠の肩をぽんと叩くと、颯爽と教室を出ていった。    それを見て、優子は深い溜息を吐く。 「はあ……。彼、悪い子じゃないんだけど、軽薄なところが玉に瑕でね。気分を悪くしたならごめんなさい」 「ううん、そんなことないよ。井上さんと大森君のやりとりは聞いてるだけで楽しいしね」 「そう言ってもらえると助かるけど、私はすごく疲れるんだよね……。まあ、いいわ。私たちも行きましょう」    その後、久遠は二人に案内されて校舎の中を見て回った。    朝日ヶ丘中学校の校舎は、久遠たちの教室がある新校舎と旧校舎に分かれている。二つの校舎は体育館を挟んで繋がっているのだが、旧校舎の方はもうほとんど使われておらず、実質物置状態なのだとか。 「旧校舎にはあまり近寄らねえ方がいいぞ。色々と危ねえからな」 「それは幽霊とか怪談の類で?」 「そういう噂もあるんだけど、単純に老朽化していて危険なのよ。学校側からも『用がない限り極力近づかないように』って指示が出ているから、皆月君も覚えておいて」 「そうなんだ。覚えておくよ」    校舎内を一通り見て回った久遠たちは、最後にグラウンドへとやって来た。    お昼休みということで、男子生徒たちが大声をあげながらサッカーをしている。 「そういえば、皆月って前の学校では部活とかやってた?」 「いや、特に何もやってなかったよ。帰宅部ってやつだね。大森君は?」    久遠は健人に訊き返す。 「俺はバスケ部。まあ、もう引退したんだけどな。でもさ、帰宅部があるなんて、やっぱ都会の学校って気がするよな」 「そうかな? 結構どこの中学校にもありそうだけど」 「俺たちの学校はさ、生徒全員どこかの部活に入らないといけないって規則があるんだ。しかも、その理由が『部活動で疲れさせれば非行に走る割合が減るだろうから』なんだぜ。まあ、実際何にもない田舎だから、部活でもやってないと暇を持て余すのは確かなんだけどさ」 「それはなかなか厳しい規則だね。でも、都会だからって楽しいことがいっぱいってわけじゃないよ。僕も何をするわけでもなく毎日ダラダラ過ごしていたクチだし」    久遠が言葉を返すと、健人は「嘘つけよー」と肩に手を回してきた。 「本当は、毎日女の子とあんなことやこんなことをして楽しくやってたんだろ?」 「そ、そんなことしてないよ」 「皆月はモテそうだもんな。で、正直なところどうなのよ? やっぱりもう経験ず――痛ッ!?」    酔っ払いのように絡んでくる健人。そんな彼の頭を優子がスパーンと叩いた。 「今日転校してきたばかりの子に突っ込んだこと訊かないの!」 「分かってねえな~、委員長。男子っていうのは、こういう話題を通して仲良くなるものなんだよ」 「百歩譲ってそうだとしても、女の子がいる前でそういう話をするのはデリカシーが無さ過ぎると思うわ」 「女の子? ここにいるのは男子だけのはずだけど?」 「ふふ、そう……。大森君は本気で殴られたいようね」    笑顔で怒りのオーラを纏う優子。流石の健人も「はは……冗談だよ」と顔を引き攣らせて、久遠から離れた。    そんな二人を見て、久遠は「本当に仲が良いんだな」と改めて思う。    お調子者で軽いノリの健人と、しっかり者で世話焼きの優子。凸凹だけど、それが逆に上手くはまっている感じだ。見た目も絵になるし、案外二人はもう恋人同士なのかもしれない。 「でも……大森君が言うことも分かる気がするわ」    優子はそう言って、じっと久遠のことを見つめてきた。 「皆月君ってちょっと不思議な感じがするよね。少なくとも、私たちの周りにはいなかったタイプだわ」 「今日転校してきたばかりの男子を逆ナンとか、ひとのこと言えないんじゃないですかね~」    健人は両手を頭の後ろで組みながら優子をからかう。 「誰も逆ナンなんかしてないじゃない! 私はただ『やっぱり都会育ちは違うのね』ってことを言いたかっただけよ! 勘違いしないで!」    優子は少し顔を赤くして反論する。 「そんなムキになるなよ、委員長。冗談だって。でもよ、確かに名前からして違うよな。ミナヅキクオンなんて芸能人みたいな名前じゃん!」 「それは大森君の言う通りね。てか、私なんてイノウエユウコだよ。同姓同名の人が、他に何人いるんだろうって感じでしょ」 「僕は良い名前だと思うけどな。名前の通り、転校してきたばかりの僕にも優しく接してくれたしね。どうもありがとう」 「そんな台詞がさらっと出ちゃうんだから、やっぱり都会っ子は違うわね。誰かさんにも見習ってもらいたいものだわ。ねえ、大森君」    優子は横目で健人を見ながら皮肉を飛ばす。けれど、やはり彼は適当に口笛なんぞを吹きながら、その皮肉を受け流した。やっぱりこの二人のやりとりは見ているだけで面白い、と久遠は心の中で思う。    久遠たちは、その後も談笑しながら校庭をぐるりと一周する。    そして、正面玄関へと戻ってきた時だった。 「ねえ、皆月君。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」    下駄箱で靴を履き替えていると、不意に優子が声を掛けてきた。 「何かな?」 「あのさ、その……都会の学校ってやっぱり陰険だったりするのかしら?」    これまでの会話とは全く脈絡のない質問に、久遠は優子の意図をはかりかねる。    質問をしてきた彼女の様子も、さっきまでとは明らかに違っていた。声のトーンも落ちているし、表情もどこか固い。    それに、下駄箱――死角になる場所へ来た途端に尋ねてきたことも気になった。 (他の生徒には聞かれたくない、あるいは聞かれたら困るってことなのか……?)    久遠には優子が『探りを入れている』ように感じられた。 「陰険?」 「あ、ううん、深い意味はないの! ほ、ほら、都会の人は他人に冷たいって聞くからどうなのかなって思って」 「う~ん、確かに他人への興味は薄いかもしれないね。でも、陰険は言い過ぎじゃないかな」 「そ、そうよね。私ったらテレビや漫画の見すぎかしら、あはは」 「テレビや漫画にある陰険なこと……。それって具体的には……イジメ、とか?」    イジメというワードを出した瞬間、優子も健人も表情を強張らせた。    久遠はその一瞬を見逃さない。 (さて、どうする……。転校初日であまり詮索するのも良くないだろうけど、せっかくのチャンスだ。もう少し追及してみても――)    だがその時、タイミングを見計らったように予鈴が鳴り響いた。 「おいおい、委員長。転校生に変な話を振るなよ。感じ悪いぞ」 「そ、そうね。ごめんなさい、皆月君。今の話は忘れて」 「じゃあ、予鈴も鳴ったし早く教室に戻ろうぜ。五時間目の先生は時間にうるさいんだ」    チャイムのおかげで緊張が解けた二人は、いそいそと上履きに履き替える。 (ゴングに救われた、って感じかな……救われたのは僕の方かもしれないけど)    そんなことを考えながら、久遠も二人に続いて教室へと向かう。    けれど、朝日ヶ丘中学校三年二組――その裏の顔を僅かだが垣間見られたことは、久遠にとって大きな収穫だった。
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