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京都への旅
「京都」と言うパソコンゲームがあった。
もう、20年は昔の話だ。
当時、まだウィンドウズは今ほど巷間に流布しておらず、パソコンは非常に高価だった。貧乏学生な私が、おいそれと買えるものではなく、姉の仕事用のパソコンを借りて遊んだ。
「京都」には、説明書というものが付いていなかった。ゲームの起動方法が、かろうじて、パッケージの裏面に印刷されていただけ。
ゲームを始めると、主人公の性別選択画面が出る。女性で始めてみる。
スタートボタンをクリックすると、原っぱの真ん中に、主人公がぽつり、と立っている。素っ裸で、持ち物も何もない。
突っ立っていても仕方ないので目の前の道を、てくてく歩いて行く。操作はマウスでクリックするだけ。簡単でだった。
しばらく歩くと、道端に行き倒れた死体がある。男だ。調べると、着物、刀、銅銭をいくらか持っている。失敬して、死体の身ぐるみを剥ぐ。
主人公に着物を着せ、刀を差すと、遠くに建物が見えていることに気付いた。そちらへ向かう。
朱塗りの大門に、行きかう大勢の人たち。みな着物だ。どうやら、ここは平安時代の京都らしい。すると、この門は朱雀門か。
門をくぐると、そこには平安の町並みが広がっていた。
朱雀大路を北に向かって、まっすぐ歩く。
大路には人がたくさん歩いており、行商の売り声が聞こえたりする。寺があり、神社があり、牛車とすれ違う。
大路の突き当たりに、また、大きな門があり、兵士が槍を構えて通せんぼしている。どうやら、御所まできたようだ。兵士が言う。
「お前のような下賎の者が何用か。去れ」
はい、ごもっとも。くるりときびすを返し、平安京見物に行くことにする。
適当な路地を曲がると、死体が転がっていた。
ぎょっとして立ち止まる。辺りを見回すが、誰もいない。
(また、路銀をくすねることができるかもしれない)
死体に近づき、調べてみる。
すると、どうやら疫病で死んだ者だったらしい。主人公は病を得て、あっけなく死んでしまった。
あーあ。ゲームオーバーか。
と、思ったが、ディスプレイは真っ暗なまま、うんともすんとも言わない。しばらくすると、真っ暗な画面から、人のうめき声が聞こえてきた。
徐々に大きく、たくさんの人声がする。
ぱっと画面が赤くなり、主人公は炎熱地獄で炎に焼かれているところだった。
なるほど。死体から盗むような人間は地獄行きということか。
私はしばらく、ぼおっと、地獄絵図を見物した。針山を登るもの、煮立った湯に突き落とされるもの。ゲームと言えど、見ていて心地よいものではない。
地獄の責め苦も永遠には続かないらしく、時間が経つと、主人公はまた原っぱに突っ立っていた。
生まれ変わったのだ。
しかし、やはり素っ裸で持ち物もない。
とにかく、平安京に向かう。道中の死体には近づかない。
町についたはいいが、裸ん坊ではしようがない。服をどうにかしなくては。
人のいないほうへ、いないほうへと進み、荒れ果てた屋敷を見つけた。ここなら人は住んでいないだろうし、もしかしたら着物が見つかるかも。
屋敷に入ってきょろきょろしていると、幽霊が出た。あ、まずいな、と思ったときには幽霊に取り付かれ、死んでいた。
今度はすぐに、画面が明るくなった。
花が咲き乱れ、天人が舞い遊んでいる。
主人公は、天界に生まれ出たようだ。盗みを働かなかったのが幸いした。
しかし、天人であっても死は訪れる。美しかった容姿が嘘のように枯れ果て、散る。
また、原っぱにいる。京へ向かう。うろつく。
腹が減り、市で魚を売っている女から盗んで食べる。路地を曲がる。追い剥ぎに出会い、切り殺される。
原っぱにいる。
今度は犬に生まれたようだ。京へ向かう。うろついていたら、百鬼夜行に出くわし、とり殺される。
原っぱにいる……。
何度も生まれ変わり、いろんなことをした。しかし、何をしても、結局、死ぬ。
そしてまた、原っぱにいる。
私は飽きてしまい、それ以降「京都」は、やっていない。
もしかしたら、どこかに「解脱」というゴールがあったのかもしれないが、今のところ、煩悩にまみれて生きることに、現実では、まだ飽いていない。
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