【プロローグ】たまひめ参上!

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 柔らかな風が頬を撫でる季節。桜並木の川沿いを歩く人々はどこか顔が綻んで見える。その中で、ひときわ春を感じさせる雰囲気の女の子が呟いた。 「タッくん、空が綺麗だね」 「お前は本当に呑気(のんき)だな。今の状況が分かっているのか?」 「今の状況? タッくんと一緒に桜並木を歩いてるよ」  タッくんと呼ばれた細川忠興(ほそかわただおき)は頭を左右に振り、子供を諭すように明智珠子(あけちたまこ)を見つめた。 「珠子、俺たち同じアパートで暮らしているよな?」 「うん」 「嫌じゃないのか?」 「何で?」  真新しい制服のスカートを揺らし、珠子は不思議そうに忠興を見上げる。  細川家と明智家は家族ぐるみで仲が良く、忠興は珠子を妹のように可愛がっていた。だが、二人の別れは突然訪れる。珠子の両親が不慮の事故で他界し、小学生だった珠子は親戚へ預けられた。中学生の忠興にできる事は無く、時が経つにつれ大切な記憶も薄れていく。   月日は流れ、大学生になった一年目の春。その日は雨が降っていて肌寒く、大学の講義を終えた忠興は足早に家へと帰っていた。すると、傘もささず呆然と佇む少女が視界に飛び込んでくる。それは高校生になった珠子だった。 事情を聴いて要約すると、行く当てのない珠子を押し付けられたと言われ、迫害を受けていたらしい。今も、些細な事から家を追い出されたと言う。それでも優しい珠子は叔父と叔母を庇う言葉ばかり並べ、虐待による傷を隠し、ずぶ濡れになりながら笑顔を作っていた。居場所が無く困っているはずなのに。
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