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プロローグ
私は視線だけで彼を追いかけた。さっきまで一緒にいた大杉くんが、窓の外を横切っていく。
今日はこのまま帰ると、彼は確かに言っていた。でも私がいる保健室は昇降口のすぐ西側にあって、大杉くんが乗る通学バスが止まるのは南側にある校門のすぐ近くだ。
言葉通りに帰宅すると言うのなら、この場所を通るはずがない。
何か、忘れ物でもしたのかな。
私はほんの思いつきで彼の後を追いかけた。下駄箱で履き替えた学校指定の白い運動靴は泥だらけだ。
毎日毎日、花壇の手入れに明け暮れているせいだろう。
足元を気にしながら昇降口を出ると、大杉くんは少し離れた場所で私に気づくこともなく立ち尽くしていた。
夕日に照らされて逆光になった彼の横顔が、それでもほんのり微笑んでいることがわかる。
視線の先にあるのは図書室だ。
私は躊躇いながらも近づいたけれど、声を掛けることはできなかった。
くっきりと表情が見えてきた彼の目が柔らかく、とても愛おしそうに細められている。
大杉くんの瞳に映っているのはおそらく、いや、間違いなく机に向かう結菜さんの横顔だろう。
その視線は真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに一点を見つめていた。
ああ、好きだったんだ。と今更のように気づく。
彼女を見つめる大杉くんの恋心を目の当たりにした私は、自分の心に宿った真新しい恋心にも気づいてしまった。
私は大杉くんが好きなんだ。だからこんなにも胸が苦しいんだ。
でも、嫉妬なんてしなかった。
そんな権利すらないからだ。
生まれた瞬間に死んだ私の初恋は、もらった球根と一緒に花壇へ埋葬しよう。
春になったら、植えたチューリップが私の養分を吸って咲くに違いない。まるで仏花のような白い、白いチューリップが。
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