前編・不埒な計画

3/6
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
 看護師さんがポケットからメモ用紙を取り出してお兄ちゃんに迫った。お兄ちゃんは本名をもじった偽名と、実在しない住所をよどみなく口にした。悲しいかな、この手のことは慣れていた。今回も過去に補導された数々の経験が活きてしまった。 「家の電話番号は知らない。連絡はお互いのスマホだし」  と言ったところで処置室のドアが開いた。  彼女は応急ベッドの上、放心したように座っていた。腕や額や頭には包帯が当てられている。担当の医師は、唯一の関係者だと思い込んでいるお兄ちゃんに怪我の程度を速やかに説明し始めた。 「検査の結果、脳には問題がないから記憶障害は一過性のものだろうね。数日中には記憶も戻ると思うけど、経過を見る必要があるから明後日、月曜日にも来て。受付で分かるようにしておくから。それと、身体のあちこちを打っているせいで今日から数日は痛みが出ると思う。薬は出すけど痛みがひどいときは我慢しないで病院へ来ていいから」  医師は、彼女に向き直った。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!