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今日は快晴。僕のバイト初日だ。 父の友人である本が大好きな安田さんが、趣味が高じて開いた本屋。我が家に安田さんが来たとき『雑務に一人、助けが欲しい』と呟いていたので、ちょうどバイトを探していた僕はすぐに手を上げた。 商店街の小さな本屋【レコメンドブックス】。どう考えても利益を追求していないであろう、安田さんのチョイスされた書籍が並んでいる。雑誌類は一切置いていない。美術本や古書がたくさんある中に、漫画や最新の文庫が混じっていて、主張しているのが何とも面白い。ただあまりにニッチすぎて、何年持つのかなこの店、と不安に思ったり。だけど楽天家の安田さんはなんとかなるさというのが口癖。たとえ店を閉めることになっても慌てなさそうだ。あまりに楽天家過ぎて父は心配しているけど。 今日は初日と言うこともあり少し早めに来て、安田さんから色々説明を受けた。気がつくと開店時間が近くなったので、僕は小さな扉を開けて外に出た。朝と昼になりかけのこの時間の空気が僕は好きだ。 大きく背伸びをして『レコメンドブックス営業中』と書かれた立て看板を店の前に置いていると、僕の鼻に良い香りが漂ってきた。ふんわり、ふんわりと。ああ、これはパンの焼き上がった香りだ。どこかパン屋さんがあるのかな。僕は左右を見ると、ちょうど隣の店からコック帽を被った店員が出てきた。 (あ、隣がパン屋さんだったんだ) オシャレすぎて気がつかなかったけれど、隣はパン屋さんでこの香ばしい香りはその店から漂ってきているんだ。僕がクンクンと香りを嗅いでいたら、さっき出てきた店員が僕に気づいて声をかけてきた。 「おはようございます。香り、そっちに行ってますね、すみません」 白いコックコートを着た店員は会釈をしながら近づいてきた。ずいぶんと背が高いなあ。まあ、僕が少し低いのもあるけれど。 「とんでもないです。朝から良い香りで……。僕、今日からここで働くことになったんですが初日からイイ香りがして嬉しいです」 僕がそう言うと、店員はコック帽を外して、笑顔を見せた。 「そう言っていただけるとこちらも嬉しいです。隣の佐々木唯史(ささきただふみ)と申します」 優しそうな笑顔と、鼻筋の通った整った顔に僕は一瞬呆けてしまった。え、なんでパン屋さんなの?モデルをしたらいいのにっていうくらい、かっこいい。 「あ、僕、植田和馬(うえだかずま)っていいます!仲良くしてやってくださいっ」 すっかりあがってしまい、大きな声で言ってしまったので、佐々木さんはクスクスと笑う。男性に使う言葉ではないかもしれないけれど、その仕草が何だか妙にエレガントだと僕は感じた。それが佐々木さんと僕の初めての出会いだった。
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