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その日から、僕と佐々木さんは毎日、挨拶を交わす仲になった。営業時間にずれがあるので僕が開店準備をしている時、佐々木さんのお店【ランデブー】はもう営業していて、毎日良い香りがする。そして僕が帰る頃に店は閉じている。だから僕は、コックコート姿の佐々木さんしか知らない。 たまにどうしてもパンの香りに負けてしまって、うちの店にお客さんがいないときに、パンを買いに行く。【ランデブー】は二人で切り盛りしているお店なので、たいてい佐々木さんに見つかって笑われてしまう。『今日は何買いに来たの?』って。もう一人の店員のおねえさんはいつも僕らのやりとりを見ながら、クスクス笑っていた。このおねえさんがもしかしたら、佐々木さんの奥さんなのかなと思ったんだけど違っていた。一度、ご主人とお子さんらしき二人組が迎えに来ているのを偶然見かけて、さりげなく聞いてみたら佐々木さんとは同級生で、手伝いに来ているんだと言っていた。 僕はほっとした。だって、佐々木さんは僕にとってまさに理想の人だ。背が高くて優しそうな瞳。声も穏やかでホントにどこをとっても完璧!でも、この恋が実るのは、難しい。今までの経験からしてほぼ叶わないことは分かっている。だったら隣の店員同士の仲でかまわないから、せめて仲良くやっていきたい。それが僕の望みだ。 ぽかぽか陽気の、水曜日昼下がり。平日の昼間はお客さんが来なくて、ついついウトウトしてしまう。店内に流れるカフェミュージックがいい子守歌だ。今日は安田さんが不在なので、閉店まで一人。大きく欠伸をしていると、ドアを開ける音が聞こえて、俺は慌てて口を閉じた。 「いらっしゃいませ……って、佐々木さん?」 ドアから入ってきたのは佐々木さんだ。いつもと違うのは、コックコートではないところ。初めて見た私服姿に目が釘付けになる。ボーダーのトレーナーとジーンズ。すっごいオシャレな格好というわけでもないのに、様になっているのはやっぱり佐々木さんだから! 「こんにちは。うちの店と同じ間取りなんだね。インテリアかっこいい」 きょろきょろしながら佐々木さんはそう言う。本だらけだが、インテリアは安田さんがかなり凝っていてまるでインテリアショップのようになっている。本を手に取り、ぺらぺらめくっている佐々木さん。ああ、本を読んでるだけでも絵になるなあ……。数分店内をうろついて、佐々木さんは本を手にしてレジへと持ってきた。推理小説が二冊。聞くと本格派ミステリが好きだという。 「本格派ミステリ良いですよね。僕も高校生の時にはまってた!密室完全犯罪とか、いかに読み解くか楽しかったなあ」 「植田くんが高校生の時って、つい最近じゃないの?俺なんかもうずいぶん前だな…」 最近、ずいぶん仲良くなったから佐々木さんは僕に対して敬語を使わなくなってくれた。当分敬語をつかってたけど、年下なんだからやめてくださいってお願いしたら、ようやく敬語をやめてくれた。『隣の店員』から『友人』くらいにはすすんだかな、なんて勝手に思っている。 「植田くん、月曜日のお昼って用事ある?」 「月曜はここも休みなので、暇ですよ」 「ちょっと行きたいところがあって、付き合ってくれない?」 突然の佐々木さんの誘いに、僕はすぐにうんうんと頷いた。どこに行くとも聞いていないのに頷く僕を見て佐々木さんが苦笑した。 「僕のパンを使ってくれているスペイン料理のお店があってね。挨拶がてら食事に行きたいと思っていて。一人じゃ行きにくいから一緒に行って欲しくてさ」 あああ、なんて棚ぼたなんだろう!こんなラッキーなことがあって良いのか! 「絶対行きます!」
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