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3.
楽しみにしていた月曜日はあっという間にきて、僕は勝手にデート気分。どの服にするか、悩んで結局お気に入りのニットを着た。出かけるのにこんなにウキウキするのはいつぶりだろうか。僕は待ち合わせ場所に行く間、スキップしそうなくらい浮かれていた。何かあったときのために、と佐々木さんの連絡先までゲットできて本当に嬉しくて。これからたまにメールとかしてもいいもんね!『友人』から一気に『恋人』までスキップできたらいうことはないんだけどなあ。やっぱりそれは無理だろうな……
待ち合わせ時間の十分前に着いて、張り切りすぎかなあと思っていたら、佐々木さんが先に着いていたので、僕は驚いた。真面目なんだなあ、と思いながら柱の陰に隠れて、その姿を見る。ほら、側を歩く女の子たちが何人か振り向いてる。やっぱりモテるよね……
「佐々木さん、お待たせしました」
僕は今到着したかのように声をかけると、佐々木さんがフッと笑顔になる。
「待ってないよ、今来たところだから」
もうホントに、デートみたい!
店に入り、僕らは席に着く。しばらくして店のオーナーが僕らの席にやってきて、佐々木さんと話をしていた。【ランデブー】のパンは評判で最近、飲食店に卸す様になってきているという。飲食店で評判になれば、【ランデブー】も相乗効果でもっと評判になるだろう。ソフト系も美味しいけど、ハード系のパンが特に人気だ。
「ごめんね、一人にして。話が盛り上がってしまって」
数分後、僕を気遣って佐々木さんがそう言う。挨拶することが第一の目的だったのだから、僕のことは気にしなくて良いのに、本当に律儀だなあ。そのあと、運ばれた料理と、佐々木さんの作ったカンパーニュを食べながら、僕は何度も美味しい美味しい、とご機嫌になった。料理も、カンパーニュも美味しい。調子に乗って飲んだ赤ワインも美味しくて。
食事をしながら、お互いの話をした。佐々木さんは独身で、彼女はいない(僕は心の中でガッツポーズ!)年齢は僕より六歳上。パンの修行でフランスに数年住んでいたらしい。だからあんなエレガントな仕草になるんだろうか。かたや僕の経歴はそんなに輝いていない。大学を出て、就職できず、とりあえずアルバイトで稼いで……ああ、何だか恥ずかしくなってきた。それでも佐々木さんは『たくさんいろんな経験ができて、いいと思うよ』と言ってくれた。そのほかにもいろんな話をしながら、ふわふわと楽しい時間は過ぎていく。
「佐々木さん、こんないいとこ連れてきてもらってありがとうね」
最後のジェラートを食べながら僕がそう言うと佐々木さんは笑いながら、こちらこそ、と言ってくれた。会計を済ませて、帰路につくころには僕の足はほんのちょっとだけ、ふらついていた。あー、楽しくて赤ワインをついつい飲み過ぎちゃったな。
「植田くん、大丈夫?」
佐々木さんは慌てて僕の体を支えてくれる。僕はそんな佐々木さんの顔を見ながら、ヘラヘラ笑う。
「大丈夫っす!あー、佐々木さん、俺のこと名前で呼んでくださいよ。寂しいじゃないですかあ」
「寂しい?」
「言葉のアヤですよう。和馬って呼んでくださいって」
ばんばんと肩を叩くと、戸惑ったように佐々木さんはため息をついた。
「分かったよ、とりあえずしっかり歩こう?和馬くん」
くん、はいらないんだけどなあ……なんて思いながら、僕はすっかり上機嫌ではりきって歩く。その様子に佐々木さんは少し、ほっとしたような顔をしていた。
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