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ピアノの曲を聴きながら、ぼーっとしているとドアが開く音がした。 「いらっしゃいませ」 「和馬くん」 そこにいたのは、佐々木さんだった。珍しくコックスーツを着たままだ。僕は驚いて一瞬言葉が出なかった。買い出しの帰りなのか手に荷物を持っている。 「佐々木さん、何かお探しですか?珍しいね、仕事中に」 「うん、最近、和馬くんに会ってないから寂しくて。どうしてたの?」 寂しくて、と言われて僕は胸がじわりとした。ああ、少しは僕のこと思ってくれてたんだ。それだけでも、嬉しい。 「少し、時間が合わなくなっちゃって」 「ああそうなんだ、よかった。俺、何かしたかなって思ってさ。毎日会えてたから」 そう言って笑顔を見せる佐々木さん。ああ、久しぶりに見た佐々木さん、やっぱり好きだなあ。僕はお見合いのことを、聞いてみることにした。 「そういえばお客さんが噂話してたけど、お見合いするの?佐々木さん」 「ああ。田中さんにすすめられたんだ。参ったな、見られてたんだね」 否定しない。やっぱり見合いするのか。僕は思わず目をそらして下を向いてしまった。何やってんだ、これじゃあ、お見合いがイヤだって言っているようなものじゃないか。 「あれはね、断ったんだよ」 手にしていた荷物を棚に置いて、佐々木さんが言う。断ったと言う言葉に僕が顔を上げると、佐々木さんが僕をじっと見ていた。思っていたよりも間近に顔があったので、驚いてしまった。 「もしかして和馬くん、それ聞いたから様子が変だったの?」 佐々木さんがずばり聞いてきたものだから、僕は一気に顔が赤くなるのを隠せない。そこは聞かないで欲しいな… 「や、あの…、噂で聞いただけだったから。ほら、直接佐々木さんから教えて欲しかったな-、なんて」 しどろもどろに答える僕。友人に見合いしますって報告する義務なんてないだろ!と、自分の言葉に思わず突っ込んでしまう。佐々木さんはそんな僕を見て笑う。 「『好きな子がいますから』ってね、言ったの」 好きな子、という言葉に胸がチクリと痛んだ。ああやっぱり佐々木さんにはそういう人がいるんだ。僕は何も言えなくなってしまい、そのまま項垂れた。すると佐々木さんの指が僕の顎に触れてきた。 「?」 そのまま、顎を上げられて佐々木さんは僕の頬にキスをしてきた。 え、え?何で? 「この前、看病に来てくれたとき、俺にキスしてくれたでしょ?お返し」 その言葉に僕は思わずアッと声を出した。 「寝てなかったの?」 「うん。ちゃんと、そのあとの告白も聞いてたよ」 じわじわと顔が赤くなってくる。胸の鼓動が早くなりすぎて口から心臓が飛び出そうだ。お返しにキスって?それは、どういうことなんだろう。 「佐々木さんの、好きな子って」 「毎日、元気に挨拶してくれて、一緒に食事に行ってくれたり、本を選んでくれる子。早とちりしていじけてしまう子かな」 もうこれ以上ないくらい、顔が熱い。それって、つまり僕? 「そろそろ店、戻らないと。また連絡するね」 もう一回頬にキスすると、荷物を持って佐々木さんは店を出た。 ちょっと、急展開すぎて思考がまとまらない。これって、本当に?佐々木さんは本当に僕のことを…… 「あのさあ、俺がいるのすっかり忘れてない?」 背後から安田さんの声が聞こえて、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。 「うわあ!」 どこから聞かれていたのだろう。ただでさえ思考が回っていないというのに! 「うーん、あんなかっこいい子が和馬くんのことをねえ、やったな。今日は赤飯だ」 「ちょ、ちょっと!やめてよおお」 今日はもう帰っても良いぞ!とうるさい安田さんを押さえて、僕はふわふわする気持ちを抑えながらバイトが終わる時間まで頑張った。ようやく帰宅する時間になって店を出るときも、安田さんに頑張れよーと冷やかされて散々だった。 家について、ドキドキしながら僕はスマホを取り出して佐々木さんへメールすると、すぐ電話がかかってきた。 『お疲れ様』 優しい声が耳元で聞こえる。僕はもうさっきのことが気になって仕方ない。 『あの、佐々木さん、さっきの』 『うん。俺が好きなのは、和馬くんだよ』 名前を聞いて、心臓が止まりそうになる。なんだこれ、夢なの?僕は寝てるんだろうか。 『寝ていてキスされたとき、びっくりしたよ。俺が言いたかったこと先に言ってきたから』 『え…』 ゴクリと生唾を飲み込む。それって、それって…… 『俺も、好きだったんだ。可愛いなって思ってたんだけど、言う勇気がなくて…。好きだよ、和馬くん』 少しだけ佐々木さんの声が小さくなる。もしかしたら照れているのかもしれない。僕はもういても経ってもいられなくなる。もう無性に佐々木さんに会いたい! 『佐々木さん、今から、おうち行っていい?』
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