ワーム

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ワーム

 ウェスリーが魔物の出現地点に到着した時、戦闘は既に終わっていた、とまでは流石にいかないが、ワーム一体を始末したミハルが二体目を追っていたところであった。  ワームとは体長10メートルほど、手足の無い巨大な蛇(よう)の魔物の総称である。好戦的な性質で、炎や毒を吐く種もある。異なる特徴によって幾つか種別があるが、ウェスリーの見たところ今回のこれはダンプワームである。湿地を好み、主に地中を移動する。  ミハルは箒を降りて地上で戦っているようだ。刀を手に草地を走って手負いのワームを追っている。  ウェスリーは冷や冷やしてしまう。ダンプワームは、基本的に地中に体を隠し、地表で音がすれば獲物の足音であると察知して飛び出してくるという。その際頭部に丸く大きく開いた牙の生えた口で獲物を飲み込むのである。今は気が立っているようで頻繁に地表に顔を出していて位置は特定しやすいが、いつ他の個体が横からミハルを丸呑みにしないとも限らない。 「ミハル大尉! 箒に乗ってください! まだ地中に何匹かいるはずですし危険です!」  箒を飛ばしたまま上空から叫ぶ。聞こえているのだろうか。音声拡張器の範囲ぎりぎりではある。案じていると拡張器から声が返ってくる。 「箒からじゃうまく攻撃できん。俺が走ってりゃ顔出すんだろ。お前は奴等が出てきたところを魔法で仕留めろ、俺はこれで行く」  淡々とした声だ。息が切れている様子もない。 「食われでもしたら……!」  半ば苛立って言うウェスリーに、眼下の地上を走るミハルが顔だけ振り向いて見せた。飛行用眼鏡を首に下ろしていて前髪の間からは鋭い目が覗き、唇を片方だけ上げて笑うのが見える。 「そんなトロくねえよ」  そう音声が届く。ウェスリーが茫然と見遣る中、ミハルは顔を前に向け走り続けた。  ミハルの斜め前方に、またもワームが顔を出す。移動しながら地面を掘り起こして出てくるため、辺りに千切れた草と大量の湿った土が飛散する。飛び散る土塊(つちくれ)が落ちきる前に、ミハルは地面を強く蹴ってワームの頭部に跳びかかった。刀を左から右前方へ振り切り、ワームの喉元を切り裂く。刀を振った反動のまま体を回転させると、伸びやかに両脚を振り上げて弧を描くように跳び上がり、ワームの背に乗った。ワームが再び地中に潜ろうとする動きを見せるが、ミハルは素早くワームの背を駆け上がり頭部まで辿り着くと、刀をくるりと逆手に持ち直して粘膜性の体に思い切り突き立てる。  ミハルの乗ったワームが仰け反るように痙攣するとほぼ同時に、右斜め後方からもう一体のワームが地面を割って現れる。調子の狂った管楽器から鳴る音のような耳障りな咆哮を上げ、ぞろりと牙の生え並んだ口を開いて獲物を飲み込もうと迫る。  ワームが痙攣するせいで体勢を崩しながらも刀を抜きざまにその頭部を切り裂くと、ミハルは足場にしていた頭を蹴って跳躍した。そうしてもう一体のワームの口撃を避け、地面へ降り立つ。勢いの付いたワームの牙はミハルを取り逃し、代わりに負傷した仲間の身体に食い込んでいく。 「ウェスリー!」  着地して再び走り出したミハルが叫ぶ。 「Blaze!」  名を呼ばれるや否やウェスリーは準備していた火炎魔法を発動させた。接触しているワーム二体の、地表に露出した根本部分に高温の火柱が生まれ、青白い業火となって二体を呑み込む。表皮を焼け爛れさせのたうちながら魔物らが鈍い声で絶叫する。上空を飛んでいるウェスリーの許まで熱風が立ち昇ってくる。  ワーム二体が恐らく行動不能になったであろうことを確認すると、ウェスリーは箒を操って、未だ駆け続けるミハルの後を追うべく上空を飛ぶ。  ミハルの背後の地面がぼこぼこと隆起している。その様子から鑑みるに、残るワームは一体のようだ。ウェスリーは箒を加速させ、ミハルに向かい急降下させた。口の中で小さく呪文を紡ぎながら飛び、走るミハルの横、やや上空に付けると、術を完成させる。 「Flame Edge!」  唱えてウェスリーが片手をかざすと、前方の空間に魔法円が現れて消え、次いでごぅっと燃えるような音を立ててミハルの持つ刀を魔法の炎が覆った。動じず走るミハルから、間を置かず離れる。  次の瞬間ミハルの後方にワームの頭が飛び出す。巨木のように地面にそそり立つワームの口が獲物を食らおうと、下方に首をもたげる。と、同時にミハルが高く跳んだ。 「処理班呼んでー。ワームの死骸四体、座標はさっきより南に一下がる」 『了解です。通信終了します』 「ほーい」  通信機を停止させ、ミハルは腰に付けた雑嚢から手巾を取り出し刀身を拭いながらウェスリーの方へ歩いてくる。ワームの粘液が付着しているためにどろどろになった布を、うげえと声を上げて死骸の上に投げ付けた。 「お前さ」  無残に放り出された布切れを目で追っていたウェスリーは、ミハルの呼び掛けに目を上げる。ミハルは刀を鞘に納めるとウェスリーの目の前で立ち止まる。 「前も使ってたけど、その、強化魔法」 「はい」 「武器強化って、術者本人が持った状態の武器にしか掛けられない、て習った気がすんだけど」 「そうです一般的には。術者の肉体を媒介に武器に効果を及ぼすものですから」 「でもお前のはさ」 「ちょっと自己流で」  それだけ言うと顔を伏せる。 「特別なの?」 「まあ一応……はい」 「ふうーん」  詳しく語ると自慢のように聞こえるやもとの躊躇を抱いたウェスリーを慮ったわけではないだろうが、ミハルはそれ以上追求しない。ほっとしてウェスリーが肩を落としたその時、またもミハルの襟元の通信機がきんっと起動音を立てた。 『こちら通信部。ミハル大尉、ホルスト少将とお繋ぎします』 「お、了解」  ミハルは一瞬怪訝な顔をするがウェスリーに背を向けて応答する。 『ミハル大尉』 「ホルスト少将」 『巡回ご苦労だ。午前の業務が終わり昼食が済み次第で良い、ウェスリー曹長を私の執務室へ寄越してくれ』  ミハルは肩越しにウェスリーをちらりと見遣る。ウェスリーは垂れ目を丸くしてミハルの視線を受けた。 「俺は行かなくていいので?」 『君は良い。ウェスリー曹長だけ寄越せ』 「ふっ」  ミハルが小さく吹き出す。ホルストはミハルの笑ったことに気付いたか気付かないか、兎に角僅かな沈黙の後通信を締め括った。 『……ではそのように頼む。切るぞ』 「了解しました。通信終了します」  通信を切った途端、ミハルはくふふっと笑い声を漏らす。ウェスリーはそんな彼を不審がる目付きで見る。 「……何がおかしいんですか」 「なんか言い方が面白くてよ。食いもん寄越せって言われたみたいな」 「はあ……」  よく分からない。 「それより俺……」 「おう。お前なんかした? 師団長が呼びつけるって相当だぜー」 「何か、と言われても……」  ウェスリーは言い澱む。心当たりは全く無い。業務上大きな失敗を犯したことは無い筈だし、業務外でも問題となるような行動はしていない。辛うじて可能性があるとすれば、先のオーガ殲滅作戦の際の単独行動だろうか。それにしても今更呼び出すような事柄かどうか。  ウェスリーは未だ師団長であるホルスト少将と直接話したことは無い。どのような人柄の男なのか、有能な軍人であるということ以外、何も知らないのである。 「まあいいや。案外褒めてもらえるのかもしんねえし。それよかとっとと巡回終わらせちまおう」  ミハルは気楽に言うと、ウェスリーが回収してあった己の箒を受け取り、さっさと上空へ飛び上がってしまう。ウェスリーも箒に跨るが、不穏な気持ちを抑えられず溜息を吐いてしまった。
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