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誕生
雪のちらつく未明のこと、玄の国の診療室、病床フロアの一角は慌ただしい空気に包まれていた。
アオズミは薄暗い廊下を落ち着かなげに行ったり来たりしている。つい先ほどまで、ウツギのそばにいたのだが、怒鳴り散らされて、あっちに行け!と、追い出されたのだ。
初産だし、どうやら赤子は男の子で、ウツギの体格に比べて大きそうだし、時間はかかりそうだと話は聞いていたが、こんなに大変だとは思わなかった。その大変さを何一つ肩代わりできないなら、せめて傍で応援してやりたいと立ち会いを希望したのだが、状況によってコロコロ変わるウツギの要求に、困惑することしきりであった。
産室からは、ウツギの悲鳴まじりの唸り声が聞こえてくる。
「アオズミさん!」
扉が開いて、フレアが顔を出した。
「ウツギさん、また、呼んでます!」
「はいはい!」
何度目だろう。出入り口で手を消毒して産室に入る。
「もー! アオズミ! どこ行ってたのよっ!」
ベッドの上で蹲っているウツギと目が合うや否や、鬼の形相で怒鳴りつけられた。いや、お前が出てけって言ったんじゃあないか、と腹の底で思ったが、シロネリ様直伝で事前に叩き込まれた注意点を思い出し、ただただ謝り倒しながらウツギの背中をさすった。
「背中じゃない! 腰! 下の方!」
「はいはい」
「っあーーー、きたきた……」
ウツギの腰下に屈んで様子を見ていた産婆が、陣痛の山が一旦遠のいてからウツギに声を掛けた。
「今一番狭いところを来てるからね、そのうち、山が遠のいても力が抜けなくなる。アタシの声を聴いて! しっかり手伝うから頑張るんだよ。しんどいとこ抜けたら、タイミングを教えるから力を抜くんだよ! 旦那は、次出てけって言われても、すっこんどくだけにしときな。これから手を放せなくなるから、いちいち呼び戻せないからね。決定的な瞬間を逃したくないだろ?」
それから、ウツギから目も手も離さず、フレアに向かって言った。
「そろそろシロネリ様呼んできてくれるかい。じき、産まれそうだよ」
フレアは頷くと、同フロア別室で控えているシロネリの所へ走った。
「アオズミ! 水! 喉痛い」
「はいはい」
「汗拭いて!」
「はいはい」
ウツギの指示通りに甲斐甲斐しく動くアオズミを見て、産婆が微笑んだ。
「いい旦那を見つけたねぇ。あとで十分労ってやんなさいよ」
「そりゃぁもう!」
苦しい息の下、ウツギは満面の笑みを浮かべた。
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