鳥と芝生はどちらが青い?

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 「吉川君相変わらず優しいね。さすが勤続18年。私なんか6年で正社員辞めちゃったし、ほんとすごいよ。娘も私に似てのんびりして頼りないし、先が心配だよ」  それに気づいていないだけで、会社にファンはいるよ。と私は思った。結婚し、夫の転勤とともにそれまで勤めていた会社を退職し、娘を授かり、娘が小学校に上がったら以前勤めていた生命保険会社の事務パートとして復帰し、ここまで平凡に暮らしてきた。  まさか娘の葵が不登校になるとは思ってもみなかった。2019年の秋、11月から葵は小学校に登校していない。今はいい。まだ緊急事態宣言中で葵以外の子供も休みだからだ。  でも、私は今ほんとうに困っている。それはわからないからだ。もちろん学校に苦手な子や、嫌な授業があったりする事が原因になるならわかる。でも葵本人やお友達、担任にも聞いたが、それに該当する出来事も心当たりもつかめなかった。葵は明るい子で幼稚園でも小学校でもお友達作りに困った事はなかったし、勉強や運動もそれなりにできていた。特に問題がないのに学校に行けないのはなぜなのか、本当にわからないのだ。  学校に強引に連れて行けば、熱を出してしまった事もあったから小児科に連れていったが、葵の体に異常はなかった。そんな風に学校に行けない日々を漫然と過ごすなかで、気づいたことがあった。この子はある種のなまけものなのかもしれない、と。私は何の疑問もなく学校に通っていたが、もちろん一転の曇りもなく学校が大好きというわけではなかった。めんどうだが学校は毎日行くものという認識だった。  しかし葵はそうじゃないのかもしれない。つまり、めんどうだから行かないという事だ。学校に行かなくとも平然と家で過ごす葵を見ていると、なんだか宇宙人を見ているような気分になる。この子の感覚が理解できない。だから私は困っている。ずっとこのままだったらどうしよう。学校にも、仕事にも行かないただ家にいるだけの大人、何もせず、何も生み出さない。そんな未来が葵に待っているのかと思うと、最近は恐怖すら感じる。 葵が大人になるころには今よりもっと共働きの社会になっているだろう。吉川くんのような社会人になれるのだろうか。
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