橘穂乃花さんとこれからも

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橘穂乃花さんとこれからも

 お昼休みの中庭。夏の日差しが降り注ぐこの場所は、暑すぎて寛ぐのに適してはいない。唯一中庭の端、大きな木がどっしりとそびえる場所だけは、日中でも大きな影が出来る涼しくて心地いい場所だ。でも、わざわざお昼の時間にここに来る人は滅多にいない。特別なことがないかぎりは。だからここに決めた。  心臓が激しく脈打っていた。ほんとにここに来てくれるだろうか。コメントを打った後、何も返事がなかったから、もしかしたらこのまま来ない――、  トクン。  胸が高鳴る。こちらに向かって歩いてくるのは、橘穂乃花さん。  女優みたいに整った顔立ち。体型は漫画雑誌の表紙を飾るグラビアアイドルに引けを取らない。その美貌は校内一番だと噂されている。僕もそう思う。  橘さんが僕の正面に立ちはだかる。男子嫌いという性格を如実に表した表情をしていた。僕はハッとする。そう、橘さんは男子嫌いでも有名だった事に。でも僕は知っている。ほんとは、男子にも優しい人だって。 「あなたが大嫌いッ」  橘さんが開口一番に僕にそう告げても、その思いは変わらない。  そのせいか不思議と気持ちは落ち着いていた。僕はゆっくりと口を開く。 「うん、ごめんなさい」  橘さんの鋭い瞳がすこしたじろいだ。でもすぐにきつく睨みつけてきた。 「なんで、ホノハナが私って知ってたの」 「ごめん、橘さんが友達と会話しているのを聞いて」 「なんで、ホラーゲーム実況を始めたの」 「ごめん、それも橘さんが友達との会話で、好きって言ってたのを聞いて」 「……最低ッ」  橘さんのとても威圧的な声に、僕は胸が締め付けられたのが分かった。言い訳の仕様がない。 「ごめん……」  僕は橘さんの鋭い瞳を見つめながら静かに告げた。僕たちの会話が止まる。蝉しぐれが急に聞こえだし、夏らしい喧騒のなかに迷い込みそうだ。でも僕は、ふと女の子の小さな声を捉えた 「なんで正体をばらしたの……? 鈴木くん」  橘さんの鋭い瞳には、寂し気な色が交じっていた。 「橘さんに、伝えたい事があって」  僕がそう言うと、橘さんの鋭い瞳が揺らめいた。でもハッとしたように目に力を込め、表情を硬くする。 「私が、色んな男子から告白されているの、知ってる?」 「うん」 「じゃあ、私がすごく男子嫌いなのも、知ってるよね」 「うん」 「じゃあ、私の返事も、分かるよね……」 「…………」  橘さんの控えめな声音に、僕は何も答えれなかった。ああ、僕も、ここでフラれた男子みたいに……。でも、それでも――、 「僕は、橘さんに伝えたい事があるんだ」  橘さんの表情が不安げに崩れた。これから言われる事に怯えているようで。それに答えるのを怖がっているみたいで。ホノハナさんと、ベルさんの関係のままでいたかったのに。そう告げているような気がした。僕のなかに罪悪感が湧いてくる。でも、どうしても伝えたい。 「橘さんっ!」 「はっ、はい!?」  僕は、柄にもなく大声を上げた。ホラーゲーム実況で泣き叫ぶほどの声で、思いのたけを言葉にのせて。 「僕と!! これからも一緒に遊んでくださいっ!!」 「鈴木くんとは付き合え…………!! へっ?」  橘さんが急に返事を止めた。僕のことを丸い瞳でじーっと見つめてくる。その不思議そうな様子に、僕は焦ってしまう。すると橘さんがゆっくりと口を開いた。 「鈴木くん?」 「は、はい!?」 「その、もう一回、言ってもらっても良い?」 「へっ? えっと……、さっきの?」 「うん」  橘さんが興味深げに頷く。そう言われると恥ずかしいのだが、ためらっている場合じゃない。 「えっと、ぼ、僕と、これからも一緒に遊んでください」  それを聞いて、橘さんの口角がふわりと上がった。表情がなぜか急に緩み、 「くすくすっ」  えっ? 笑い声? 「あっ! ご、ごめん!! えっと……、ふふっ」  橘さんが急に楽し気に微笑んだ。その表情は、男子嫌いの橘さんには似つかわしくない程に。 「ねぇ。鈴木くん」 「は、はい!」 「具体的に聞きたい。何して私と一緒に遊んでくれるのか、ねっ」  そう言って、小首を愛らしく傾げる橘さん。肩までかかった艶やかなマロン色の髪がいたずらに揺れる。僕の鼓動は慌ただしくなるばかりだ。でもちゃんと応えないと。 「えっ、えっと、きょ、今日の夜9時! ホラーゲーム実況の生配信をします! よ、よかったら、見に来てほしいなぁって……」  僕の頬が熱を帯びているなか、橘さんが人差し指で顎に軽く触れながら、考える素振りを見せる。 「ちなみに、生配信の予告とかってしてる?」 「も、もちろん! 今日の朝にしました! 僕の動画チャンネルのコミュニティを見てくれたら……」  すると橘さんがスマホを制服のポケットから取り出した。なにやら操作している。 突然、橘さんが僕に目を向けた。とても柔らかな瞳。なんだか嬉しそう? くるりと、橘さんが僕に背を向けた。そのまま走り去っていく。僕はただ彼女の背中を見つめていた。さらさらと揺れるマロン色の髪がとても愛らしい。  橘さんが校舎の中へ消えた後、ふと返事をもらってない事に落ち込む。でもハッとした。僕はスマホを取り出すも、指が震えて操作ができずにいた。淡い期待と不安に心は大きく揺れる。5分くらいかけ気持ちを整えた後、僕は自分の動画チャンネルのコミュニティを開いた。  胸が熱くなった。嬉し過ぎて。きっと僕は、この瞬間を一生忘れない。 『♡ ホノハナさんが、良いね、をしました』
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