北の領域へ

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北の領域へ

 ハイシロは自室の寝所でベッドの上に旅装を広げていた。ここより更に北に行くので寒いのは解り切っているが、正直想像がつかない。闇の季節はほとんど外に出ず、王宮内で全てが事足りてしまう生活を送っていたからだ。  黒い森の官舎には、経済局の局員が逗留するための空き室がいくつかあるらしく、カスミの夫ギンネズの口利きでそこを使わせてもらえることになった。防寒具の予備も充分備蓄があるそうだ。官舎までの犬橇も準備してくれた。何から何までお世話になりっぱなしで恐縮してしまう。ついでに、カスミが家族に宛てて手紙も書いてくれた。  好奇心から出たほんの思い付きの行動が、ここまで周囲を巻き込んでしまうんだなぁ。  ハイシロはベッドの端に腰を掛けて溜息をついた。ツキシロの長旅とは段違いに快適な冒険。つくづくと甘やかされている自分を自覚する。  国を出た両親は、北の精霊領域に戻っているのだろうか。自分のルーツであるヒトたちって、一体どんななんだろう。出会ったら、何が起きるのだろうか。   「『縁』って絶対あるよ。思いがけない繋がりや発見があった時は、運命から『こっちを見ろ!』って言われてると思った方がいい。飛び込んでいかなくちゃ損だ」  旅から帰ったツキシロが言っていた。 「でも、『好奇心は猫を殺す』ともいうよ?」  って言ったら、ツキシロは笑って答えた。 「『縁』と『好奇心』は違うって。『縁』は向こうから呼んで来るけど、『好奇心』はこっちから寄ってくものだろ? それに『好奇心』だって、必ずこっちを害するものではないよ」  「好奇心」の方だと思ったけど、このタイミングで向こうから情報が入ってきたってことは、これは「縁」の方だと思っていいのかな。  ツキシロは遙か遠くの朱の国にいるけれど、何かの折にふとハイシロのすぐそばに居るような気がする。それは、かつて話した言葉だったり、見た仕草だったり、記憶の引き出しが開くように蘇る。ちょっぴり慎重で臆病な背中を押してくれる。  居室の扉をノックする音がして、ハイシロは振り向いた。  寝所を出て返事をする。 「はーい。フレアでしょ? どうぞ」  扉がそっと開いて、フレアが顔を出す。 「仕事の帰り? わざわざどうしたの?」  ハイシロが畳みかけると、フレアは神妙な顔をして居室に入ってきた。 「ハイシロ、準備進んでるの?」 「ん? なんで?」 「一人で、大丈夫かな……と思って」 「え?」  ハイシロは目を瞬いた。  なんか、心配されてる? 「大丈夫も何も、犬橇で一日弱の近場だもの。雪が積もっているとはいっても、一本道で迷いようがないし……」 「いや、あの、わたしが……」 「はい?」  そういえば、フレアが一人暮らしになってから初めての闇の季節だったか。  これまで、ツキシロとハイシロに構われながら賑やかに過ごしてきたが、今年はツキシロが居ない。おまけにハイシロも黒い森に行くという。フレアは独りぼっちで闇の季節を過ごすことになるのだ。 「あら、やだ……」  ハイシロは苦笑した。
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