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ハイシロは、まっすぐフレアの目を見つめた。
頑固で、負けん気の強い榛色の瞳。
「多分、……次は上手くやる。絶対に泉に引きずり込まれたりしないからって、鼻息荒く泉に通って、余計に相手を刺激してしまう。……そうでしょう?」
「それは……」
フレアは眉間に皺を寄せたまま、視線を泳がせた。
図星だ。
「あなたは、無鉄砲で後先考えないところがあるから……。溺れた程度で済んだのが、次はエスカレートするかもしれない。だから、あなたには何も言わず『お仕事』をお願いして泉から遠ざけた。足止めも限界だと感じたから、小人の呪術師に頼んで魔除けを誂えた。そういうことなの」
「じゃぁ……テンは?」
「テンには、最初から話したわ。あなたが、泉に引きずり込まれた元凶だもの」
「……ハイシロ、言い方ひどい」
フレアが咎めると、あら、本当のことよ、とハイシロはシレッと応えた。
「テンは状況を理解してくれた。心当たりがあったんでしょうね。脅威が無いと確信できるまで、あなたの安全を最優先に振舞うことを約束してくれたわ」
「わたしをテンから遠ざけて、どんな利があるというの?」
「テンを、あちら側に連れていきたかったんでしょうね。あなたが、テンをとても頼りにしている分、テンもまたあなたを陸の拠り所の一つにしているから、そこを断ち切れば勝機があると思ったのでしょう」
心根がやさしくてちょっぴり泣き虫なテンが、その実どれほどの力を秘めているのか、カプリからの親バカ満載の我が子自慢で散々聞かされてきた。それが誇張でもなんでもないのだと知るのに、さほど時間は駆らなかった。
フレアのガーディアンとしてテンを推してくれたカプリには、素直に感謝している。だが、そのテンが標的になってしまっては話は別だ。テンと違って、フレアには我が身を守る術がない。それは高次能力の回復師になっても同じことだ。今回の件は、とばっちりもイイトコだった。
「用心しろと言われても、まさか、こんな形ででてくるなんてね……」
ハイシロは溜息をついた。朱の国と繋がる手段は今のところ泉しかなく、冬の間は閉ざされているからとりあえず安心だ。
「そっか……テンの方が、……水の中にいたから……」
遙か一点を見つめて下唇を噛んだフレアは、膝の上で握りこんでいた右手をほどき、左手首のブレスレットに触れた。テンは、何もかも分かった上でのあの行動だったのだ。みんな自分の責任だからと、あまんじてフレアの我儘も受け入れてくれた。
「すっかり、……甘えてた」
「これで、覚悟はできたかしら?」
ハイシロの言葉にフレアは顔を上げた。
不安も険もない、決意を込めた表情だった。
「テンの足を引っ張る真似だけはしたくないわ。テンの気持ちは解ってる、わたしは大丈夫って、思うことが一番の応援になるのよね」
「そうね。春には、いい笑顔でテンに会えるように。それと、私が留守にすることは診療室に話してあるわ。新米ママパパになるウツギんとこのフォローもお願いしたいし、案外とぼんやりしてる暇はないかもよ」
ハイシロはニッコリ笑って立ち上がった。
ブレスレットに触れているフレアの手に、そっと手を重ねる。
「私の冒険の報告を、楽しみに待っててね」
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