時代錯誤の西上さん

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 「とっとと。今更未練など何もないわい‼」 医者の格好をしたは、あきれたようにハーッと息をつく。 「なんでぃ。身内に一言の暇乞(いとまご)いも無ぇのかよ」 「さっきからその下手な江戸言葉は何なんだ!? もう何も聴かん! さっさとあの世にでもどこにでも」 「いいじゃねぇかぁ時代劇。勧善懲悪で(ぜに)投げたり手裏剣投げたり(かんざし)投げたりよぉ」 「簪は投げん!」 「そうだっけ?」 似たような奴がいた。 娘が好んで観ていたくだらん外国のドラマの中に。 気に入った映画の台詞を、やたらと真似してしゃべる悪魔めが。 「ちょっと待て。俺ぁ悪魔じゃねえぞ」 「ああああそうだろうともっ‼」 もう上がる血圧も無い。 「おまえの場合腐っても鯛と言うやつか? 神には違いないものなぁ。 おまえ達死神は礼儀と言うものを知らんのか! さっきからさんざん人の心を覗き見しおって」 偽医者はアハハと笑った。 「じゃあさ、今は俺らだけだし、取り敢えずこの格好やめてもいいよな?」 やつは瞬く間に黒衣になる。 「病院(ここ)に来ると、何でか元気な奴まで俺のことを見つけちまうんでね。 最初からこの風体で来たら大騒ぎになっちまう」 「ふんっ!」 私は鼻で笑ってやった。 「霊感ってやつか? 馬鹿馬鹿しい!」 と、突然疲労が襲ってくる。 「無理しないほうがいいよ。あんた今、けっこうな衝撃(ダメージ)喰らってるから。 もう身体も無いんだ。人の思いがダイレクトにくるからな。 いや~それにしても驚いた。あんたに向かってくる思い? 恨み以外に無ぇのかな。みんなみごとに誰もあんたのこと好きじゃないんだぁ。むしろ感動すらぁ」 うるさいうるさいうるさい。 何で今さら、 何で死んだ後になって、家族(あいつら)の本音を聞かなきゃならんのだ。 たっぷりと金をかけて養ってやったろう。 いいか、金はじゃないんだぞ。何もせずに湧いてくる物ではないのだぞ。 誰のおかげで生きてこられたと思っている。何もできず、なにも作り出せず、 おまえらなど、私がいなければただのホームレスではないか。 「おい」 私は死神を睨んだ。 「おまえに何の得があった。おまえは私の魂を抜き取り、すぐに持って帰れば済む話だったろう? なぜわざわざ、私にこんなものを見せる必要があったのだ」 死神はにんまりと笑った。
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