時代錯誤の西上さん

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 「のお裁きにはな」 突然鎌が振り下ろされる。 「『勝ち逃げ』の選択肢は無ぇってことよ!」 私の身体から、一つの濁った球体が引きずり出された。 「ほれ、これがてめぇだ。思った通り、随分と汚れていやがる」 死神は、それを左手に()せ、自分の(ひたい)を鎌の先でトンッ!と叩いた。 青二才の顔が二つに割れる。 死神は、本来の誰もが想像したことのある姿を、私に晒した。 「養ってやっただぁ? ちゃんちゃらおかしいぜ」 くぐもった声が響く。 「てめぇよぉ、一度でも家族を想ってした行いがあるのかよ」 口の無い私は、もうしゃべれない。 「金をかけてやったって? 恩着せがましい野郎だな。全部てめぇがやらせてぇことに使っただけだろうがよ。金も家族の人生も、結局てめぇがみぃんな握ってやがったくせに」 やる必要のないことを取り除いてやっただけだ。あいつらに選べる能力など無‥‥‥ 有るはずのない喉を締め上げられ、出せない言葉を封じられた。 「で? その結果があの姿かい」 もう無いはずの両目に、幾筋もの黒い縄に縛られ、全身傷だらけの人間が映った。 「誰だかわかるよなぁ?」 わからなかった。 その人間は、表からは元の肌の色さえ知り得ないほど、傷や痣で染まっていた。 だが、その丸みを帯びた身体から、女だと言うことだけは想像がつく。 ならば、そこから導き出される答えは‥‥‥ 「由衣子」 女が飛び掛かって来た。 動くことも叫ぶこともできない私は、ただ空気が漏れたような音を発しながら、握りつぶされないよう祈るしかなかった。 唸り声をあげて私を(かじ)り、爪を食い込ませ、ようやく満足したのか 元妻は(わたし)から離れた。 「てめえのかみさんはな、見ての通りこっちに来た時身体中、蚯蚓腫(みみずば)れと腐った(つな)雁字搦(がんじがら)めにされていたんだよ」 死神の手には、いつの間にか鎌の代わりに私の杖が握られていた。 暗い二つの穴が、じっと私を見据える。 「ま、待て、いくらなんでもあんなに叩いては、がっ!?」 「痛ぇだろ?」 無いはずの背中が、ズキズキと熱を持っていた。 「不思議なもんだよなぁ。てめぇは何年もこいつを愛用してきたのに」 「がっ!」 「何度も何度も人を打ってきたのに」 「ぎゃぁぁっ!」 「打たれたことは一度もないんだよなぁ」 「い、いぐらなんでも、ごんなにづよぐ、がっ!」 「はっ! 手加減してやったってか?」 杖が消えた。 「下郎が!」 死神が吐き捨てた言葉と同時に、黒い、百足(むかで)のようなものが私にもぞもぞと巻き付いてくる。 身の毛がよだつ恐怖と気色悪さに、動くことができない私はまた、ひゅーひゅーと空気を漏らした。
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