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姉のお仕事
【朝影諒太】
6月21日(月)雨。私立成智大学。
「しまったなぁ」
呆然と雨空を見上げ、呟く。傘を忘れた。
「おう、どうした? 傘忘れたんか?」
友人の不破誠也が僕に気づいたみたいだ。
「うん。買うしかないかな」
「サークルに使ってないやつあるんじゃね? それ使えば?」
「あ、そっか。それでいいかな」
しかしその必要は無くなる。最近よく見るシルエットがトテトテと近づいてきた。
「よう。傘を持ってきてやったぞ。感謝しろよ」
理愛の口調はいつも通り、尊大だ。でも今は素直に感謝できる。
「うん。ありがと」
「……いや誰だよ」
誠也が疑問を挟む。「妹か? けど似てねぇな」などと困惑している。紹介してないからね。
「理愛だよ。暇じ──」
「諒太の上司(になる予定)の理愛だ。諒太の友人か?」
いやいやいや、上司と部下ではない。ちょっとおかしいと思う。
見た目中学生の子が上司とか言っちゃったから、誠也がさらに困惑してる。
「……お、おう。せやな」
君、東北出身だよね? エセ関西弁はあまりオススメできないかな。
「じゃあ私たちは行くからな。諒太、行くぞ」
今日は理愛の自宅アパート兼事務所にお邪魔する約束だ。特に抗う理由は無い。
誠也に別れを告げる。
「またね」
振り返りもしない理愛を追いかける。
「あ」
雨、止んできた。理愛って晴れ女なのかも。
「ただいまぁー」
理愛が無人のアパートで元気に言い放つ。理愛のアパートは普通の1Kだ。誠也のアパートとほぼ一緒。
ちなみに、探偵事務所として届出をしているとは言っても、ここで接客はしていない。狭いし、危ないからだ。
「お邪魔します」
「あーお腹空いた。アイス食べよ」
一応、探偵業について相談するために来たはずなんだけど、完全に普通の友だち感覚だ。
理愛が冷蔵庫からアイスを取り出す。そして実に幸せそうに食べ始めた。
僕も食べたい。しかし、自分用の抹茶アイスを取り出そうとして気がつく。
「……無い」
理愛を見る。素知らぬ顔でチョコミントをパクついている。
「……」
許していいのだろうか、いや絶対駄目である。
「理愛さんや」
「ん~?」
「僕のアイス食べたでしょ」
「……はへへはいほ(食べてないぞ)」
またまたー。ここに来るのなんて僕くらいだ。友だちも恋人も居ないし、お客さんも来ない。情況証拠のオンパレードだ。完全に有罪である。
アイスを飲み込んだ理愛が悪足掻きする。
「諒太も知ってるだろ? 私は抹茶が嫌いだ。わざわざ他の奴の抹茶アイスを食べたりしない。つまり動機が無い。疑う理由も無い。私は無実だ」
「……確かに」
でも他に被疑者は居な……居るのかな? まさか理愛に友だちが? 俄には信じられない。
「あー多分、真犯人はお──」
──prrrrrrrrrrr。
電話だ。僕のじゃない。スマホを見た理愛が呟く。
「噂をすれば影だな、うん」
スワイプして出る。
「理愛だ。どうした?」
偉そうなのは変わらないのね。
「お! 勿論いいぞ。分かった。すぐ行く!」
コロっと喜色を纏う。なんだろ。
ピコん、と通話を切る。
「依頼だ! 今から警視庁に行くぞ!」
「警視庁!? 意味が分からない。どういうこと?」
「お姉ちゃんから依頼があった。お姉ちゃんは警視庁捜査一課強行犯係の刑事なんだよ」
「まじ?」
「まじだ」
お巡りさん、こいつです。
【十七夜月偲愛】
5月20日(木)。
警視庁捜査一課のオフィスに入り、強行犯係の机が固まっているスペースへ、挨拶をしつつ向かいます。
「おはようございます~」
「おはようさん。着いて早々わりぃが、捜査本部が立った。俺たちも呼ばれてる」
私が自分の机に到着すると、真田さん──真田正幸警部補。54歳。私の相棒です──が挨拶もそこそこに、いきなり本題に入りました。
朝から穏やかでないですね。
私の担当は殺人事件。つまり誰かが殺されたということです。
「今から会議ですか~?」
「5階の第3会議室だ」
ぶっきらぼうに告げ、真田さんが会議室に向かいます。これには苦笑してしまいました。
真田さんはいつもこんな感じ。なんとなく妹に似ている気がしないでもありません。やっぱりどこか笑えてきますね。
「ふふ……」
私も会議室に行きましょう。
第3会議室には、すでにかなりの人数が集まっています。
パッと見は50人くらいですね。朝からお疲れ様です。
ここに居る人で捜査本部への参加刑事全員ではないですけれど、推測される捜査本部の規模から判断しますと、被害者1人の一般的な殺人事件だと思います。
座りましょう。
少し古くなっているパイプ椅子に腰掛けると、ギシ、と嫌な音が鳴ってしまいました。
会議室前方の大きなスクリーンの横に座っているのは、やたらと眼光鋭い三白眼のおじ様──伊達龍彦管理官です。おそらく伊達さんが指揮を執るのでしょう。
伊達さんが立ち上がりました。
「……会議を始める」
相変わらずの渋いお声です。
まずは事件の概要が説明されます。
「昨日5月19日の夜11時34分にN区の住宅街の道で人が倒れていると通報があった。所轄の巡査が駆けつけたところ、血を流し倒れている女性を発見。死亡を確認した。鋭利な刃物によるものと見られる刺し傷が、胸部、腹部に複数箇所確認されており、また、現場に凶器が残されていなかった点から他殺と見て間違いないだろう。所持品、免許証から被害者は桧山司26歳と判明。11週の妊婦だ。レンタルビデオショップのツナヤN区店で働いている。死亡推定時刻は昨夜21時過ぎだ」
プロジェクターに司さんの顔写真が映し出されました。
茶髪ショートがよく似合う、パッチリお目目の美人さんです~。
次は現場に倒れる遺体の写真。おそらくはモデル体型ですね。やっぱり美人さんに違いありません。
そして、遺体の下には大きな血の跡ができていて、そう広くない道の両サイドは比較的高い塀が続いています。
目撃者は期待できないかもしれませんね。
伊達さんが続けます。
「現時点までの聞き込みでは、死亡推定時刻に悲鳴等を聞いた者や犯行の目撃者を発見できてはいない。また、遺体に抵抗した痕跡が無かったことも併せて考えると、『顔見知りが近づき、初撃で抵抗できないほどの深手を負わせ、その後追撃として複数回刺した』と推測される。場所は心臓2回、脇腹1回、下腹部、おそらくは子宮を狙って少なくとも15回以上だ」
今度は傷の写真が映されます。
複数回刺しただけあって下腹部はぐちゃぐちゃですね。
「以上から顔見知りによる怨恨の線を最優先、精神異常者による猟奇的犯行を第二候補として捜査を進める。意見、質問のある者は挙手を」
挙手は無いようです。
「では、顔見知りをそれぞれ当たってくれ。割り振りは──」
N区にあるマンションを真田さんと2人で見上げます。
「ここが被害者の家か」
「ここの3階です~」
「行くか」
「は~い」
真田さんと一緒に入り口を潜ります。
桧山さんのお家は3部屋くらいでしょうか。都内のマンションで夫婦2人なら普通の範囲ですね。
桧山夫妻の経済状況に大きな問題は無さそうです~。
「どうぞお掛けになってください」
被害者の旦那さん───桧山陽平さん(28歳です)がソファを勧めてくれました。
「ありがとうございます~」
「いえ……」
伏し目がちです。奥さんが惨たらしく殺されたわけですから無理もありませんね。
けれど、私たちもお仕事をしなければいけません。まずはアリバイからお訊ねしましょう。
「早速、質問です~。昨日の21時ころは何をされてましたか~?」
陽平さんのお顔には粘度の高い風が当たっているのでしょう。そのような不快げな表情をしています。
「……残業をしてました」
「お仕事は何をされているんですか~?」
「保険会社に勤めています。今日は有給休暇を使いました」
「なるほど~。残業は多いんですか~?」
「そうですね。公務員に比べたら」
あら。私たちも残業はあります。というより何時から何時までという勤務時間の概念が形骸化しているのです。けれど、敢えてそこをお伝えする必要はありませんね。
「その残業は証明できますか~?」
「同僚の証言と会社入口にあるカメラの映像でいいですか?」
本当なら十分な証拠ですね。
「大丈夫ですよ~。昨日の勤務は何時から何時まででしたか~?」
「えー、大体8時半から夜11時までですかね」
「はぁ~、大変ですね~」
ふと、棚に置かれた雑誌が視界に入ります。『ヒヨコの丸焼き』。出産・育児雑誌です。そういえば被害者は妊婦さんでしたね。奥さんとの仲はどうだったのでしょうか。
「奥さんと最後にセックスしたのはいつですか~?」
「……え?」
「おい」
あら? 陽平さんが呆けて、真田さんは微妙な顔をしていますね。
どうやら少し失敗してしまったようです。いけない、いけない。
「奥さんは妊娠されていたみたいですね~。夫婦仲はどうでしたか~?」
“ていくつー”です。
陽平さんの表情がさらに一段暗くなってしまいました。申し訳ないですが、訊かなければいけないんです。
それでも陽平さんは答えてくれるようです。
「……他の夫婦を詳しくは知らないので比較はできませんが、私たちの仲は良かったと思います」
「ではでは~、次は──」
事情聴取を終え、マンションを出ると、お日様が燦々と耀いていました。少し暑いかもしれませんね。
「真田さんはどう思いました~?」
「白くさいが……」
真田さんも私と同意見のようです。陽平さんのお話におかしな所は無かったと思います。
けれど裏は取らないといけません。これから勤め先の保険会社に行きましょう。
──prrrrrrrrrr。
あら? お電話です。お相手は……毅一君──同期の篠原毅一君。私と同じ28歳です──ですね。スワイプ。
「もしもし~、偲愛です~」
「篠原だ。少し怪しい情報を掴んだから伝えておく」
なんでしょうか?
「被害者の友人の戸川千尋によると、被害者は職場の同僚と不倫をしていたらしい」
「はぁ~、なるほど~」
これは何かあるかもしれませんね~。
「不倫相手は笹川圭一。31歳だ。時間があれば笹川を当たってほしい」
「時間はあります~。任せてください~」
「助かる。じゃあ頼んだ」
ブツリと切断音。
切られてしまいました。せっかちさんですね。
「何かあったのか?」
真田さんが期待を孕んだ表情を浮かべます。
「司さんが不倫してたみたいです~」
真田さんが「ほう」と洩らしました。
「不倫関係の怨恨かね?」
「可能性はあると思います~。先に浮気相手の所に行ってみましょう~」
ルート的にそちらの方が効率的なのです。
「構わんよ。場所は?」
「ツナヤN区店です~」
ツナヤN区店に到着しました。とても大きなお店です。序でに私もDVDを借りていきたいです~。真田さんに怒られるでしょうか?
「寝取り男の面を拝ませてもらおうか」
「イケメンさんですかね~」
「……」
笹川さんを見つけることができましたので、お時間を頂きました。勤務中にごめんなさいね。
「えーと、何を話せばいいんですか?」
笹川さんは背の高いイケメンさんでした。きっとモテモテでしょう。私の好みではありませんけれど。
早速、本題に入りたいのですが……。
真田さんを見ると頷いてくれました。問題無いようです。
「訊きたいことは司さんとのプレイについてです~」
「……は?」
「おい」
あら? また妙な反応ですね……。真田さんは眉間を押さえています。もしかしたら質問を間違えたのかもしれません。不思議ですね。好きな体位のお話から自然な流れで、お二人のことを訊ねようとしただけなのですけれど……。
納得は致しかねますが、仕方がないのでアプローチを変えましょう。
「昨夜、司さんが殺害された件は聞いていますよね~?」
「……ええ。まだ信じられないですよ」
確かに一般の方にとっては、殺人はあまり関わることがないですからね。お気持ちは分かります。嘘でないならですが。
「昨日の21時ごろは何をされてました~?」
じっと見つめつつ、質問。
「……俺も容疑者なんですか?」
「そういうわけではありません~。皆さんにお訊きしているんです~。おっかない顔なさらないでください~」
やや不満顔です。
「……働いてましたよ」
ですが、お話ししてくれるようです。
「ここで、ですか~?」
「そうですよ」
「証明できますか~?」
眉をひそめてしまいました。
「……店長が証言できるはずです。あとは店内のカメラにも映っていると思います」
「はぇ~。それなら完璧です~」
ホッとされてますね~。では、お二人のことをお訊きしましょう。
「ところで~、司さんとは不倫関係にあったそうですね~。事実ですか~?」
整ったお顔をよ~く見ます。嫌そうな顔をされてますね。
「……事実です」
認めてくれました。きっと、嘘をついてもマイナスにしかならないと考えたんでしょう。その通りです~。
「お二人の関係は上手くいってました~?」
「上手くいってましたよ」
即答ですか。ではでは。
「不倫について周りから何か言われていましたか~?」
「俺が知る限りでは何も言われてないです」
ほぇ~、巧いことやってたんですね~。
「分かりました~。とりあえずは以上で終了です~。ありがとうございました~」
「……お疲れ様です」
笹川さんも嘘をついているようには見えないですね。
お次は店長さんとカメラの確認です~。
結局、心証通り、笹川さんの証言に嘘はありませんでした。彼には確固たるアリバイがあります。被害者──司さんの殺害は不可能でしょう。
今は裏取りのために、陽平さんの勤め先に車で向かっているところです。運転手は下っ端の私。
助手席に座る真田さんが、とあるDVDをまじまじと見つめています。そしてお口を開きました。
「これ面白いのか……?」
ツナヤで借りた『容疑者Xの健診』の出来に疑問がおありのようです。
ですが、これは間違いなく名作です。主人公の謎めいた彼女、Xちゃんが受けた健康診断で衝撃の事実が判明し、主人公と2人、猟奇的な事件に巻き込まれていくラブサスペンス風SFエロコメディ(18禁アニメ)です。なぜか世間からは10年に1作あるか無いかの迷作と言われていますが、とても面白いのです。とてもエロ面白いのです。
「エッチで笑えてエロエロな映画です~。中毒性がありますよ~。真田さんも“こちら側”にいらしてください~」
「……いや、遠慮しとく」
真田さんの琴線には触れなかったみたいですね。後部座席にポイっと放ってしまわれました。残念です。
真田さんが切り出します。
「笹川には強力なアリバイがあったな」
「ですね~」
そういえば。
「陽平さんは気づいているんでしょうか~?」
不倫に気づいている感じはしませんでしたが……。
「……どうだか。ただ、嘘ついてるようには見えなかったからなぁ」
ですね~。
真実を話しているのでしたら、不倫には気づいていないということになります。夫婦仲は良かった、と言ってましたし。
陽平さんが正直者かを調べるためにも、会社で裏を取るのが先ですね。
「まずは会社で裏を取りましょう~」
「だなぁ」
鮮血道化生命のビルが見えました。陽平さんの職場です。
さてさて、陽平さんは泥棒さんを始めているのでしょうか?
陽平さんは泥棒さんではなかったようです。つまり、彼も司さんの死亡時には完璧なアリバイがありました。
会社の玄関を背にしつつ、真田さんに話し掛けます。
「穴兄弟に犯行は無理ですね~」
「……そうだな」
「一応、陽平さんに不倫について訊いてみますか~?」
「おう。そうすっか」
「分かりました~」
スマホを取り出し、陽平さんのお家を探します。
ありました。
ポンポンとタップ。3コールで繋がりました。
「もしもし~、お巡りさんの偲愛です~」
「あー、はい。桧山です。どうしました?」
「ちょっと訊きたいことがあります~」
「……なんですか?」
「奥さんの不倫に気づいてました~?」
スマホ越しに息を呑んだ……ような気がします。
「……冗談はやめてください」
動揺している感じですね。本当に知らなそうです。
「本当です~。奥さん、高身長イケメンとヤりまくりです~」
「……」
あら。黙ってしまいました。
「心当たりはありますか~?」
「言われてみればなんとなく……」
本人たちは上手く隠しているつもりでも、案外、気配が出てしまうものですからね。
「……訊きたいことは以上です~。突然、すみませんでした~」
「はぁ、構いませんけど……」
「は~い。ご協力ありがとうございました~」
通話終了です~。
待ち構えていたのでしょう、真田さんがすぐに問うてきました。
「どうだ?」
「多分、白です~」
「ふむ。そうか」
結局、分かったことは、被害者の男性関係には被疑者たり得る人物が居ないということだけでしたね。端的に言いますと「空振り」でしょうか。よくあることです。切り替えましょう。
お空はすっきりしていますね。それなのに真相は曇りガラスの中です~。
6月4日(金)。
司さんの遺体が発見されてから2週間ほど経ちましたが、未だ手掛かりを得られずにいます。動機がありそうな方がそもそも居ないのです~。
強いて言えば、陽平さんか笹川さんでしょうか。でも彼らはアリバイがありますし、ピンと来ません。
困りましたね~。
「はぁ~」
「おはようさん。朝からため息か?」
真田さんです。
「おはようございます~。だって捜査が進まないんですもん~」
「そうか。そんな十七夜月に朗報だ」
朗報……? なんでしょうか?
真田さんがニカッとされました。なんと言いますか、小憎たらしい表情です。
「同じ手口の“殺し”があった」
「! ということは……」
「そうだ。連続殺人として、妊婦惨殺事件の捜査本部が対応する。増員もされるだろう」
それならば進展があるかもしれませんね。
本来、こうならないために早く犯人を捕まえるべきでしたけれど、できなかったものは仕方ありません。これ以上犠牲者が増えないように最善を尽くすだけです。
「捜査会議がある。行くぞ」
「は~い」
第3会議室の入口には「妊婦連続惨殺事件捜査本部」と書かれた紙が貼られていました。
この字は毅一君ですね。毅一君、字が上手いから、こういう時はよく頼りにされます。
ちなみに絵もお上手ですので似顔絵なんかも頻繁に担当しています。厳つい見た目とのギャップがとっても可笑しいです。
スクリーン横では、この捜査本部をまとめる伊達さんが疲れたお顔で座っています。被疑者すら見つけられないのに、新たな被害者が出てしまい、いろいろと大変なのでしょうね。お疲れ様です。
伊達さんが立ち上がりました。会議が始まりそうです。
「捜査会議を始める。皆も昨夜、遺体が発見されたことは聞いているな。まずはその詳細からだ」
プロジェクターに、半乾きの血溜まりに倒れる髪の長い女性が映し出されました。前回よりも薄着なため、血液が目立ちますね。
伊達さんが説明を開始します。
「昨夜22時過ぎ、妊婦の江藤侑里29歳が、F区の住宅街の道で倒れているのを通行人が発見し、通報。巡査が死亡を確認した。死亡推定時刻は21時ごろだ。凶器が見つかっていない点と傷の形状から、刺殺と断定した。具体的には胸1回、横っ腹2回に加え、下腹部を正確に回数を認識できないほど刺している。第一の事件同様、子宮を狙ったものだろう」
あらあら、本当にそっくりです~。犯人は何か拘りでもあるのでしょうか~? お母さんのお腹に居た時に嫌なことがあったのかもしれませんね。
「場所、時間、殺害方法、殺害対象に類似性が見られるため、連続殺人として捜査を進める。今回も悲鳴を聞いた者と目撃者は、現時点では見つかっていない。今までは──」
「真田さん、どう思います~?」
隣に座る真田さんに訊いてみます。
「今の段階では分からん。猟奇的殺人や愉快犯に見えるが、怨恨、模倣犯の可能性も完全には否定できん」
「ですよね~」
何か取っ掛かりが見つかればいいのですが……。
私たちが担当するのは、被害者(江藤侑里さん)の妹さんです。お名前は中川未来さん。年齢は27歳で、私の1つ下ですね。
K区にある中川さんのアパートに到着しました。1人暮らしとのことです。
外観には、これといって特徴的なポイントはありませんね。行きますか。
玄関のチャイムを鳴らしますと、すぐに1人の小さな女性が出てきました。
この方が中川さんでしょう。なんとなく侑里さんに似ている気がします。
お二人ともお綺麗ですね~。
中川さんは明るめのショートボブがよくお似合いです。私もショートを試してみたくなります。
まずはご挨拶。
「こんにちは~。お巡りさんの偲愛です~」
「警視庁捜査一課の真田だ」
真田さんと2人で警察手帳を見せます。事前にご連絡差し上げていたので、抵抗は無いようですが、少し緊張が見て取れますね。
「はじめまして、中川未来です。どうぞ上がってください」
ですが、招き入れてくれました。お言葉に甘えましょう。
「は~い。お邪魔します~」
「失礼します」
室内は2部屋ですね。1DKというやつでしょうか。綺麗に整理整頓されています。几帳面な性格なのでしょう。
リビングで可愛い座布団へ座るように促されましたので、素直に従います。ふかふかです。
座ると中川さんがすぐに口を開きました。
「姉が殺されたってホントなんですか?」
そういう反応になりますよね。普通は簡単に信じられないし、受け入れられないものですから。
ですが事実です。あれで自殺はあり得ません。
「間違いないです。写真もありますよ」
「……いえ、それはいいです。分かりました。何をお話しすればいいですか?」
分かってくれたようです。しかし真田さんは微妙な顔をしている気がします。不思議ですね。
「まずは昨夜21時ごろに何をしていたかを教えてください~」
顎に人差し指を添え、首を傾かしげる姿は非常に様になっています。私も真似してみます。真田さんにどつかれました。パワハラですね。
「え、えーと、K駅にある『痛りあん小窓』で抹茶ラテ飲みながら読書してました」
まあ! 痛コマの抹茶ラテは私も好きです~。
「痛コマ、美味しいですよね~」
「ですねー」
真田さんが軌道修正。
「で、それを証明するものはあるか?」
中川さんは一瞬だけ考える素振りを見せましたが、すぐに淀みなく答えます。
「店内にカメラがあったかと思います。痛コマはよく行くんで店員さんも覚えてるはずです」
「アリバイはある、と」
「はい。大丈夫だと思います」
この方もアリバイがありそうですね。次の質問に移りましょう。
「ではでは違う質問です~。姉の侑里さんを怨んでいる人に心当たりはありますか~?」
「んー、無いですね。姉は昔から要領が良くて、そういったことはないはずです」
怨恨の線は薄いかもしれませんね。
「そうですか~。では犯人に心当たりはないということですか~?」
「全然無いです。なぜこんなことになってしまったのか……」
あらら。可愛らしいお顔の悲しみの影が、濃くなってしまいました。
心証は白ですね。演技も嘘も無さそうです。う~ん……。
はぁ~。駄目ですね~。手掛かり無しです~。
捜査一課の自分の机で椅子にもたれ掛かり、「うんうん」と唸ってしまいます。
K駅の「痛りあん小窓」にも行きましたけれど、しっかりとアリバイが成立していました。
となると、やはり無関係な通り魔的猟奇殺人ということでしょうか。その場合、犯人の物質的痕跡や目撃証言が無いと捜査が難しくなってしまいます。
「よ! 調子良くなさそうだな」
このハスキーボイスは毅一さんですね。
「良くないです~。毅一さんはどうでしたか~?」
毅一さんは侑里さんの旦那さん──江藤俊之さんを調べていたはずです。何かしら得られているといいのですけれど……。
毅一さんが俊之さんの写真をポンと私の机に放ります。俊之さんはベリーショートで男性ホルモンが多そうな感じです。
「江藤の旦那は完璧なアリバイがあったよ」
あらら。近い関係者は全滅でしょうか。
毅一さんが少し間を取ってから続けます。
「……それから、これはそこまで大した情報じゃないんだけどよ」
と、前置き。
今度は大和撫子然とした眼鏡美人さんの写真が机に置かれました。今回の事件、美人さんだらけですね。私は付いていけてるのでしょうか……?
「江藤の同僚の三浦さゆりは、アリバイはあんだが少し怪しい行動があった」
「!? 怪しい行動とは一体……?」
「職場の病院──Time-Limitクリニックの同僚によると、時折、江藤をじっと見ていることがあったらしい」
それは……。
変と言えば変ですけれど、被疑者にするほどではない気がしますね。
「理由は分かっていますか~?」
毅一さんが頭を掻きます。困ったような顔がかわいいですね。
「分からん。さゆりに訊いても『そんなことしていない』と言うだけだった」
「うーん、よく分かりませんね~。事件当時、2人は何をしていたのですか~?」
「旦那は介護士の夜勤。一緒に働いていた同僚2名の証言とカードキーの記録がある。さゆりは友人と飲んでいたらしい」
この方たちもアリバイをお持ちのようです~。
では動機はどうでしょう?
「2人の動機は~?」
「無いな。明確な動機は見つからなかったよ」
アリバイがあって、動機は無いのですか。疑いようがないです~。
「困りましたね~」
「そうなんだよなぁ」
仲良く途方に暮れてしまいました。
ここはジョーカーを召喚すべきでしょうか……。
6月21日(月)。
私たちも頑張って捜査しているのですが、なかなか犯人の尻尾が見えてきません。もう、かれこれ1ヶ月は手詰まりです~。
ニュースで大々的に取り上げられたせいで、いつまで経っても解決できない警察への風当たりも強くなる一方。捜査本部の中心である伊達さんの窶れ方は日に日に哀しい感じになっています。
「……仕方ありませんね~」
スマホを取り出し、妹の番号を表示させて──。
「理愛だ。どうした?」
「もしもし~。理愛ちゃんにお願いがあるのです~」
弾む妹の声。
相変わらずですね。今はそれが頼もしく思います。
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