発生

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発生

その発生源は某アジア地域の一国からだった -首都からから数十キロ程離れたある寒村- アジア圏では今でもよく見られる風景であるが、その村もまた例外なく、その村から少し歩くとこんもりとした枯れ山が有り、其処には野犬の群れが住み着いている 人が近くを通れば、運が良くても唸られ、吠えられる、運が悪ければ、噛みつかれたり、襲われたりする、村人はその為、決して其処へ注意をして、滅多な事では其処に近づく事は無い 二、三年程前には、村の幼児が、母親が畑仕事に気を取られている隙に野犬達に襲撃され、連れて行かれて噛み殺される、という事件も起きたりしている 村は政府に懇願し、その時はその群の役人と、警察が一掃作戦を実行し、野犬狩りを行ったが、その多くは更に山の奥深くと逃げて行き、その殆どの作業は徒労と終わり、芳しい成果は得られなかった 一時期は遠く離れて逃げていて、ほとんど見られなくなった野犬も、結局は人が排出するゴミが、彼らの絶好の食料となる為に、程無くすると、また元の枯れ山に戻って来ていた 彼らの被害は、そういった事件だけでは無い それよりも重大な事は彼らの中には『狂犬病』に感染している者がいる事だった 『狂犬病』日本ではもうその脅威はまず無いと言える病種だが、此処、アジアの国のまだ殆どの地域はその恐怖が存在する 『狂犬病』 狂犬病ウィルスによって引き起こされる症状で狂犬病ウィルスに感染した動物に噛まれる事などにより発症する 発症した場合の、その致死率はほぼ100%と言われている 今、現在として有効な手段はワクチン接種のみである、発症した場合の特効薬は、まだ無い、つまり、感染しない事が唯一の手立てなのである WHOの推計によると世界で毎年5万5千人の患者が死亡しています。 インドや中国などアジアでの発生が大部分ですが、アフリカ、ヨーロッパ、北米・中南米など全世界でみられます。 なので、政府の衛生局にその第一報があった時、これはアジア圏内の国の間では、ごく普通の報告だと、その担当者は最初は思ったという、ただ、その感染者が村の人口の割には大多数であり、少し異常な数字だなという違和感だけは感じた、と後になって述べていた事が分かった  政府もこの事態に早急に対応した 医療チームと、軍をその村に派遣し、医療チームはその患者の治療、軍はその根源となったであろう野犬の撲滅と、村の警戒警備に当たる形で、緊急に手配された、また同時に、数名の研究者や、専門家にもその村の調査を依頼した 軍と医療チームが、政府よりその村にやって来た時、到着して直ぐ、それが異常な事態である事を悟った 先頭に立って走っている軍のトラックがその村に着いて一番最初に見た光景… 唸り声とも、呻き声とも取れる奇声を発し、涎を垂らしながら、虚な目で、当てもなく徘徊している人々、ある者は道の中央に横たわる死体に取り憑いてその死肉を貪り食っている トラックから降りた兵士が、その死肉を喰らっている男を死体から引き剥がそうとしたところ、その男は振り向き様にその兵士の首筋目掛け噛みつこうと襲いかかって来た 咄嗟に、その兵士はその攻撃を持っていた銃でカバーし防御した、その男は尚もその口撃を続け、その兵士の腕に今度は噛み付いた、やがて、やっとの事で兵士数名がその男をとりおさえ、その男を拘束する事が出来たが、拘束され、縛られても尚、その男は唸り声を上げ、口をガチガチと言わせ続けている と、やっと一人の男を取り押さえた一段の後ろで甲高い悲鳴が聞こえる、その兵士達が、その方向を振り向くと、後続で、軍のトラックに着いて来た医療チームを乗せたバンの周りを、先程の徘徊していた者たちが取り囲んで、呻き声を出しながら、襲い掛かっていた 兵士達はその取り囲んだ者達を一人一人引き剥がし、それぞれを拘束する事が出来たが、その兵士の中の数名は取り押さえる時に、その者達に噛まれ、負傷した その場に、ニ名の兵士を残して軍のトラックは村の中央部に進んだが、其処は先程見た光景よりも、もっと悲惨な状況だった 先程よりももっと多くの徘徊者、村の至る所に転がる死体、それに取り憑き、その死肉を漁る者達… 若手の兵士の中には、その光景が余りに恐ろしかったのか、嘔吐する者もいた 兵長は、その部下達を指揮し、徘徊する者達全ての拘束を指示した、一人の徘徊者に対して二名から三名で取り押さえ、順番に拘束していく しかし、そうしている間にもワラワラと、何処からともなく、呻き声を上げながら、虚な目でその徘徊者達は三名、五名、十名と増え、集まってくる 政府から派遣された軍兵隊長を含め、十数名であった、いくら軍隊で、銃も携帯されてはいたとは言え、この様な事態は余りにも想定外の事でもあり、ましてや相手は民間人である為に銃の使用は出来ない、せめて彼らの噛みつきからの口撃に対する防御の役に立つくらいだった 徘徊者達の拘束は夜半まで続き、結局、村内にいる最後の徘徊者を捉える事が出来たのは深夜を回った時刻だった 軍隊長はこの事態を軍部に報告し、軍隊の更なる増員を依頼した 兵士の殆どがこの拘束劇の最中に噛まれるなどして、負傷していた 深夜になってやっと医療チームの治療用テントの設置が出来て、安全と見られる者達は避難施設へ、拘束した徘徊者達は別の建物の一角へ、一人一人を順番にそこに連れてきて、寝かした 寝かしたと言ってもその縛り上げた拘束具は外していない、その全てが今だに涎を垂らし、口をガチガチ言わせ、唸り声を上げ続けていたからだ 明け方になってようやく、軍はその他の健常者(生存者⁈)の捜索に、医療チームはその拘束者の診察と、治療がスタートした 拘束された患者(⁈)達は尚も、その口撃を止め無いので、治療に当たる医師や、看護士達の中にも、その被害に遭う者もいた その患者から採取された血液サンプルは早急に研究機関に輸送され、検査される事となった 現場で簡易的に調べられたその血液のウィルス検査では、やはり、明らかに狂犬病ウィルスの反応と出ていたが、医師を始め、其処にいる医療チームの全員が全く見たことのない、前例の無い症状であった そして、狂犬病で間違い無ければ、この患者達は、ほぼ間違い無くこの先皆、死を迎えるはずだった 周辺を捜索に行った軍の方は、村の集会所と、村唯一の雑貨店、そして村の外れに有る、農機具をしまう倉庫の中で、何名かの健常者を見つける事が出来た、そのそれぞれ全ての人が、彼ら徘徊者の襲撃を恐れ、その扉や、窓の全てを堅固にして塞ぎ、外部からの侵入を防いでいた 為にその被害から免れていた 軍隊長はその無事であった健常者達が保護されている所までやってきて、その一人一人にこの村で起こった今までの経緯を丹念に聞いて回った 村人達の言う事を纏めるとこう言う事らしかった その発生の最初は、この村ではごくごく当たり前の事なので誰もその事に気に留める者は居なかった 村人の一人が野犬に噛まれた、と言うのだ その者が言うには、その野犬の目つきとその振る舞いが酷く異常でもしかしたら、その野犬は狂犬病を発症しているかも知れない、そう言う話だった 村に居る唯一の医師はその話しを聞いて、それならば、と、抗ワクチン剤をその村人に投与した噛まれてから二十四時間以内であればそのワクチンで効果が見られるはずだったので、また明日診察に来なさい、と言う形でその村人を家に返した 実際、狂犬病の発症であれば、その症状が出るのは通常数ヶ月後なので、この先の経過を観察するしかこの小さな病院の施設では手段が無い、もし、血液検査等、より詳しい検査を希望するなら、街の大病院まで行かなければならない 村人は結局、大病院へ行かずに、この先の経過をこのまま見ると言う話しであった ところが、その村人が数日経って様子がおかしくなったと、その医師に村人の家族から連絡があった 医師が慌ててその家まで行くと、その村人はベッドに括り付けられている 見れば目を血張らせて、ウーウーと唸りながら暴れており、聞けば、昨晩より手が付けられない位暴れていたので、家族や、それを聞いて駆けつけた近隣の者が押さえつけようとしたら、一層暴れて噛み付く様な始末だったので、已む無くベッドに縛り付けた次第だと言う事だった (おかしい、狂犬病ならば、その症状が出るのは数ヶ月も先のはず…) 医師はその症状を更に確かめようとして顔に手を近づけたところ、ガブリッ!と、その手の甲を噛みつかれてしまった ウッ!と思い医師は手を引っ込めたが、その手からは、血が滲み出している、医師は既に狂犬病のワクチンは接種済みだったので、医師もその傷に関してそれほど気に留める事は無かったが、一応、診察は一旦取り止め、自分の手の治療をしてから、村人の診察を始めた [狂犬病の症状] 狂犬病ウイルスが増殖して神経系に侵入すると、興奮、意識障害、錯乱、幻覚などの神経症状が起こります。狂犬病で生じうる特徴的な症状には、以下のものがあります。 恐水症:水を飲むことを恐がる、水が恐くて手が洗えない 恐風症:空調の風などを嫌がる など 万が一の為に、村人を取り押さえる際に、噛み付かれたなどの、負傷した者全員にもワクチンを接種し、今日一日は、全ての様子を見る事とした 翌日、朝早くから医師はこの症例をより詳しく調べ、医療センターや、医大、より詳しい研究者等に似た様な症例が他に無いか、尋ねてみたが、何処に問い合わせても同じ様な症例は聞かれなかった、 午後再び医師は村人の所へ赴き、その病状を見に行ったが、その症状は一向に改善されて無く、今だにベッドに縛り付けられたまま暴れていた 此処で医師は、またおかしな事が起こっている事に気が付いた、 先日、この村人を取り押さえる時に噛まれたりして負傷した人達が、頭痛や、めまい、動悸等の狂犬病の初期症状と見られる不調を訴え出したのだった (おかしい?狂犬病は人人[ひとひと]感染はしないはずだが⁈) 医師はこの症状がかなり異常な事にこの時気が付いた 医師は早速、病院に戻り、この事を政府の衛生局にその報告をした その翌日、その医師の元へ、村人に噛まれた者が、その最初の村人と同じ症状になったとの連絡があった、医師は慌ててその現場へ駆けつけると、先日、村人を取り押さえた時に噛まれた者が、目を血走らせ、唸りながら、人に襲い掛かっていた、それを近所の者達と一緒になり、何とか取り押さえる事に成功したが、次は、また近所でも同じ騒ぎがあったと、また呼ばれる事になった その夜迄に、医師は数名の同じ症状の者を診る事となった、だが、もう既に、彼らに処方する特効薬は無く、結局は村人達の手を借りて、彼らを取り押さえ、医師は鎮静剤か、睡眠導入剤を投与するより手段は無かった その深夜遅くに、医師は、あらゆる手段を使って、この村に起こっている緊急事態を報告し、早急に専門家等をこの村に派遣する事を要請した 全ての要件と手配を終えると、医師はやっとソファーにその身を落ち着けた 「ふう…」 出来る事は全て行った 医師は疲労困憊していた 動悸と、頭痛、めまいが止まらない… [狂犬病の初期症状] 狂犬病の初期症状には、発熱、頭痛、筋肉痛、悪寒など、インフルエンザなどでもみられる症状があります。このような症状は通常数日から1週間程度続きます。
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