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感染①
17歳で入隊したばかりのフェンチャットは、この初めての実践任務にとても緊張した顔つきで、そのトラックの後部座席に座っていた
当初は憎い程嫌っていた軍であったが、ひょんな経緯からフェンは軍の採用試験を受けて合格し、半年間の基礎訓練教育を経て、今回のこれが初めての実務であった
フェンの出身はこの国の国境近くの寒村の出身だ
その国境は、隣国とフェンの国との関係はかつてより国境を巡り、小さないざこざが、さいつ迄も続いている様な状態で、かねてよりあまり隣国との関係が良ろしく無い、国家同士で、その主要宗教も、民族構成も全く違っている事が原因だった、
遡れば、古来よりずっと、隣国とはお互いに攻める、攻められるの関係の間柄にあったものが、近年になって突然、お互いが国家を名乗り出し、そこの間に、国境線が政治的理由で地図上に勝手に線引きされ、そのお互いがその稜線の詳細な範囲を巡って全く違った主張を繰り返して来た結果であった
フェンの村もまた、そのいざこざの元である稜線のエリア内にあった為に、フェンの村のごく近い所でも、フェンが生まれた時からしょっちゅう小さな軍事衝突が起きているという様な土地だった
だから、フェンの村は、一向に農業や、林業、酪農などの、生産的な産業は発展する事無く、そのひっきりなしにやってくる軍や、国境線造設の建築関係者相手の商業や、サービス業といった商売がこの村の主だった産業であった
だから、フェンは小さい頃からこの軍人というものは見慣れていた、実際、フェンの父親も軍に物資を運搬する仕事に携わっていたし、フェンの母親は軍関係者が主な客である飲食店で働いていた
フェンがまだ小学生の頃、母親はその飲食店によくやって来る軍の将校と浮気をし、その男の元へ行ってしまった
父親はその後、腑抜けになり、自暴自棄になって酒浸りの毎日ではあったが、飯を食う為には、その他には手段も無く、その後も相変わらず軍の物資の運搬の仕事を続けていた
そんな事もあり、フェンは軍人という人種の事をずっと好きではなかった、寧ろ、忌み嫌う対象ですらあった
フェンは、中学を卒業すると、その辛気臭い家を飛び出し、首都である都会に逃げ出した、とは言っても、まだ幼い、ましてや学の無いフェンを雇ってくれる所などそうそう無かった、やっとの思いで、都会の外れの、小汚いゴミ回収の業者の親方に拾って貰った、其処にはフェンと同じか、フェンよりももっと過酷な家庭環境の子供達が集められ、日々、都内の家庭や、飲食店を周り、ゴミをリヤカーで回収して廻る毎日だった
朝から、夜遅くまでリヤカーを押して都内を廻り、夜はとても小さなバラックの小屋の中に、その他大勢の子供と一緒に押し込められ眠る、食事は夜帰って来てからほんの僅かだけ与えられるのみなので、子供達はやむを得ず、その空腹を、店の商品を盗むか、回収した残飯の中から、食べられる物を選んでその腹を満たすしか無かった
その子供達の中に、その中でも一番の年長であったブーンという青年がいた、
ブーンは兄貴肌で、面倒見が良く、こんな仕事の日々の中でも常に、明るく頼もしい性格であった
フェンは年上の兄弟がいなかったので、このブーンの事を実の兄貴の様に慕っていた
ある日、ブーンがフェンの事を明日は俺と街へ、遊びに行こうと誘った
明日はこの国の国王の生誕祭で、一年で一番大事で、盛大な祝日であった、フェンの職場には滅多な事で休日などいうものはなかったが、正月と、この祝日だけは、恒例で仕事が休みであった
フェンはブーンと一緒に行きたい気持ちはあったが、遊びに行ける様な蓄えは無く、一瞬躊躇ったのだが、ブーンはそんなの問題無いと言う
金の事なら俺に任せろ、と言うのだ
実際、翌日、フェンは精一杯の良い身なりに整え、ブーンと街へ繰り出すと、ブーンはフェンと共に、今まで想像も出来なかった様な贅沢な金の使い方をするのだった
フェンはブーンに、「こんな事して大丈夫か?」と聞くと、ブーンは、「任せとけ!心配するな」と言って笑うだけだった
夜中になって、フェンとブーンは飛び切りなお姉様方が接待してくれる飲み屋の中で、飛び切りの酒を開けてそれを飲み交わしていた
ここまできて流石にフェンは、いよいよ心配になり、「こんな金どうやって作ったのだ?」とブーンに聞いた
ブーンはニヤニヤしながら「知りたいか?」
と言いながら、事の経緯を話し出した
ブーンが言うには、親方には愛人が居る、親方はその愛人がと遊ぶ為に、奥さんには内緒で、倉庫の中の廃棄ゴミの金庫の中にこっそり金を蓄えていたのさ、それを俺が苦拗(くす)ねて使わせて貰った、と語った
フェンはその話を聞いて血の気が引いた、それが親方にバレたら、それこそ、冗談では無く、コロサレル!
だが、ブーンはそのフェンの怯えなど全く意に返さない様子で、バレやしないさ、今までだって、何度も頂いてきていたが、一度もバレた事は無い、万が一、バレてもあんな所逃げてしまえば良いだけさ、
と言って笑うだけだった
その日の夜、明け方近くになって、フェンとブーンはこっそりと小屋に戻ると、小屋の中から、怒鳴り声が聞こえる、二人が外からその中を覗くと、その他の子供達が親方に集められ、血だらけになる程殴られていた
どうやら、あの金の事が発覚した様だった
ブーンは怒りに任せ、「止めろ!」と言ってその場に乗り込むのだった
親方は、そのブーンの姿を見るなり、「やっぱりお前か!」と言うなり、手に持っていた鉄棒を振り上げ、それを思い切り振り下ろした、咄嗟にブーンは腕で防御の態勢をとったので、その鉄棒はブーンの腕に当たり、その事により激昂して、ブーンは親方に掴みかかり、その体を引き倒した、親方は倒れながら、尚も、その鉄棒を振り回し、ブーンに攻撃を加える、ブーンはそれを防御しながら、その鉄棒を遂には奪い取った
ブーンは日頃のその親方の圧政に対して不満を持っていたのであろう、ブーンはその奪い取った鉄棒で、親方に致命的な一撃を加えた、
その一撃は親方の頭部にヒットして、親方は頭部から血を流し、白目を向いて卒倒した
全てはほんの一瞬の出来事であった
フェンはその光景を身じろぎもせず、だが、目を見開いて、この全てを呆然としながらも見続けていた
動かなくなった親方を引き剥がし、ブーンは立ち上がると、日頃の恨みとばかりに、尚も、その倒れて痙攣している親方の身体を蹴り始めた
ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!
ブーンは何度蹴っても気が治らない様子で幾度と無く蹴り続けている、フェンはその様子がとてつもなく恐ろしくなって、やっとの思いで身体を動かし、ブーンを親方から引き離した
「何故止める⁈こんな奴死んで当然だろ!」
「でも…これ以上は良く無い!」
フェンとブーンがその場で暫く言い争いになっていると
やがて、親方が「うーん」と言って起き上がり、血だらけの頭を手で押さえながら
「お前ら…こんな事をしてただで済むと思うなよ」と、罵り声を上げた
親方は尚も、その身を起こそうと、片手を支えにしながら立ち上がろうとした瞬間、
ガンッ!
と音がしたかと思ったら、バタン!と俯けに倒れ、その頭から、ドクドクと黒く澱んだ血を流し始めた
二人はその親方の後ろに、まだ幼いリヤットがその両手に大きな、血の塊がこびり付いた手提げ金庫を持っている姿を見た
ブーンは金庫の中の金を、皆に均等に配り終えると、逃げれるだけ逃げろ、此処から遠く離れさえすれば、お前達みたいな何処にでも居る子供達の素性を知ろうなんて奴は居ない、良いか、此処での事はこの先、誰にも話さずに生きていくんだぞ、じゃあ、皆んな此処でサヨナラだ
と言って皆を送り出し、最後にフェンにも、「俺達も此処でお別れだ、お互い元気でな、強く生きろよ」
と言ってブーンは去って行った
ブーンと別れ、その街を去り、フェンは更に都会の中心部の不良グループの集団の中にその身を寄せた
その集団のメンバーは大体が、フェンや、その前のゴミ回収の仲間達と同じ様な境遇の者達であった
其処でフェンは主に、その土地を仕切るヤクザの下働きとして、金の集金や、幹部の護衛、クスリの運搬などの仕事をして働いた
その報酬として受け取れる金は本当に微々たるものであったが、雨漏りの無い寝床と、体力を維持するには十分な食べ物にだけは困る事は無く、それなりには満足していた、仲間もいっぱい出来て、仕事は辛かったが、それなりに、心地の良い職場であった
だが、ある日突然、その安寧は打ち破られた
その元締めとなっていたヤクザ組織が、警察の一斉摘発を受けて検挙されたのだった
フェンのグループも逃げ延びた者は除き、まとめて勾留された、そうしてフェンを始め、その少年グループは少年院送りとなった
その少年院で二年過ごし、後僅かに過ごせば退所となるという時に、看守の方から、「お前、出所して、この先どうするんだ?この先、もし、行くあてが無いと言うのなら、どうだ、軍に入らないか?」と誘われた
フェンはその少年院の中でも規律を良く守り、自分より年少の者の面倒見も良く、看守側達の覚えも良好だった、そのファンに目をかけていた看守が、軍部の卒業生であり、今でも軍の上層部に顔が聞き、フェンにその気があるのなら推薦状を出してやる、と勧めてきたのだ
フェンは、その父親や、母親の事もあり、直ぐには返事が出来ず、その出所予定日ギリギリ迄、その返事を渋っていたのだが、今、こうやって前科がついた形でこの世に放り出されたら、この先、自分はどんな運命を辿るのか考えると、『不安』と言うネガティブな二文字の言葉しか浮かんでこなかった
出所間際になって、フェンは看守に、その暖かい申し出に対して、頭を下げてよろしくお願いしますと申し出たのだった
軍の訓練は本当に厳しく、辛い物だった
その訓練期間の中で、フェンと同じく入隊した同期の者達は、一人、また一人と除隊して行った
だがフェンはその辛い訓練に全く根を上げなかった
寝る所と、食事と、そして温かいシャワー
フェンにとっては此処より快適な環境を知らなかったからだった
そんな訓練期間も半年も過ぎ、軍の規律にもやっと慣れだした時の突然の招集であった
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