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長いかくれんぼ
一人の医者があった。彼は医者といっても監察医、死体の声を聞き、死の真実を明らかにするのが主な役割である。そんな彼に舞い降りた依頼はミイラ「アイスボーイ(冷たい少年)」の解剖であった。
アイスボーイは井戸の底より発見された。とある極寒の雪国の田舎の村、そこにある所有者もハッキリとしない家にポツンとあった口の閉じられた井戸。もうすぐこの村がダムに沈むことにより、行政が家を処分する流れとなった。調査のために井戸の口が開けられたのだが、井戸の底は雪に覆われていた。地下故に雪も溶けない低温が維持されていたおかげである。その雪の中にはいつ亡くなったのかも分からない死蝋化した少年の遺体が埋もれていた。行政は少年に「アイスボーイ」と名付けた。名前の由来は5000年前のミイラとされる「アイスマン」に肖ったものである。
監察医はアイスボーイが発見された村出身である。彼がその村にいたのは遥か遠い遠い昔の少年時代、今や還暦を迎えようとするぐらいの歳である故に朧げにしか記憶に残っていない。
監察医が朧げにしか覚えてない村を懐かしんでいると、アイスボーイがストレッチャーに乗って運ばれてきた。死蝋化した死体そのままに肌は茶色く手足の筋肉は朽ち果てて萎んでおり細いものであった。髪の毛は僅かに残るばかり、目は閉じられており眼球の有無は分からない、鼻は健在、口は閉じられており歯や舌がどうなっているのかは分からない。
衣服は小学校中学年~高学年の男子が纏うような子供服、半ズボンにボーダーのTシャツの上下であった。それを見て監察医は付添の刑事に尋ねた。
「服の調査とか終わってるの?」
「概ねではありますが。昔の大量生産品で、名前が書かれておらず特定に至る要素はありません」
「なるほど、分かった。下着は? これぐらいの歳ならマジックで名前書いてあってもおかしくないだろ?」
「白ブリーフにランニングシャツの上下です。下着の詳しい見聞はまだです」
「ザ・昔の小学生って感じですな。それで、井戸の持ち主の家の人は? あ、私、この村の出でして、何か言っていただければ思い出せるやもしれません」
「いえ、何十年も空き家でして。我々警察も方々手を回して調べたのですが何も分からない状況で」
「私の経験則ですが、この少年を調べても何も情報は得られないと思いますよ。おそらくですが井戸に落ちて亡くなっただけの少年でしょう」
「いやぁ、これを発見けた行政がマスコミにその情報流しちゃいましてね。少し前に発見された5000年前のミイラ? あれの再来とかって今大騒ぎになってるんですよ。だから調べなきゃいけない流れになっちゃいまして」
「そのために我々監察医に死者に鞭打つような真似をさせるわけですか。こんな少年の体にメスを入れるのは気分が憚られますな」
「まぁ、いつ亡くなったかの調査も兼ねると思ってお願いしますよ」
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