カモ

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カモ

 儂の縄張りの生ごみ収集日は水曜と土曜だが、その日の六時二十分頃、ごみ出しにしては少し早い時刻に車でごみを捨てに来る男がいる。  カラス仲間の間ではその男をカモと呼んでいる。鳥ではない、人間だ。  そのカモは車を止めると、キョロキョロと辺りに人がいないことを確かめ、車の後ろに回りトランクから生ごみの袋を取り出して集積場に置く。 319ed010-97b6-4348-a65b-29bf563f9584  その後、網をきちっとかけないで車を発車する。全くかけないときもある。 あのアホカラスでも楽に生ごみあさりができるので、皆はこの男をカモと呼んでいる。くどいようだが「カモにする」のカモで鳥ではない。  儂くらいのベテランになると、ごみの散らかし方も、後で人間が掃除しやすいように考えてやっている。ところがアホカラスは言うに及ばず、若カラス達も皆、無頓着にごみをまき散らす。  カモが立ち去って二十分もすると辺り一面はごみだらけだ。目に余った儂は一度、若カラス達に注意したことがある。  すると 「うるせえ。バカ。引っ込んでろ」 このとき儂は思わず 「オォコワ」 と鳴いてしまった。  そんなある日、この集積場にごみを出している女とあの白髪頭の初老の男が何か話をしていた。言葉は聞こえないが身振り手振りから察すると、ごみの散らかり具合がひどいのでどうしようかということのようだ。  初老の男は北や南を指さしながら何か説明していた。  次のごみ収集日から、カモが捨てていたごみ集積場の網がなくなった。  いつものように六時二十分頃、車でやって来たカモは網がないのに気がついた。さすがにここに捨てることはできないと思ったのか、ごみ袋をトランクに戻し、車を発進させた。  儂は電柱の上からその様子を眺めていた。すると、カモは二十メートルほど南に走り次の集積場に車を止め、そこへ再びトランクから出した生ごみを捨てていった。  急いで見に行くと、やはり網はきちんとかかってなかった。若カラス達も集まってきて、あっという間に辺り一面はごみだらけになってしまった。  儂らカラスにとっては、カモが捨てる場所が移動しただけで何も困ることはなかった。特にアホカラスは、簡単に生ごみあさりのできる餌場が消えなかったことに大いに喜んでいた。  儂の縄張りでは、カモ以外に車で生ごみを捨てに来る奴はいない。  後日談として、カモはこの集落の人間ではなくここから北の方角にあるニュータウンの住人であることがわかった。あのごみ出しに来た女がごみ袋の中を調べ、名前と住所が書かれた領収書や診断書を見つけていたらしい。いざとなったら警察に訴える準備をしていたそうだ。  なかなか人間もやりよるわい。
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