初老の男

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初老の男

 以前、白髪頭の初老の男が生ごみの後ろに立っていて、思わず「オォコワ」と鳴いた時のことを話したが、その後この男の家の生ごみには儂は警戒して手を、いや嘴を出さないようにしていた。  しかし、あの時のしくじりが悔しくてチャンスがあれば挽回したかった。  この辺りは八時四十分頃ごみ収集車がやってくる。  ところが、その時間を待たずにこの初老の男がバイクで出かける日があることを突き止めた。袋の回収までわずかな時間だが、その時は落ち着いてこの男の生ごみをあさることができた。そのお礼といってはなんだが、儂は細心の注意を払いごみが散らからないようにした。若カラス達はこんな礼儀を持ち合わせていないので、この男がいなくなることは教えていない。  三月のある水曜日、この日も初老の男がバイクに乗って出かけたので、儂は好奇心から後をつけた。生ごみよりも男の行き先が気になるとは、儂の精神はまた一歩人間に近づいたようだ。  初老の男は県道を北に進んだ。儂は長距離飛行は得意ではないので、電柱ごとに一息入れながら追いかけた。  男は五分ほど走って隣村の集落に入った。この辺りは儂の縄張りの北の端にあたる。これ以上進むと別のグループの縄張りに入ることになる。どうしょうかと電柱の上で思案していると、いきなりドーンという音がした。目の前はJRの高架があり初老の男の姿は見えない。  儂はあわてて高架を飛び越えると、初老の男がバイクを押しながら橋のたもとの空き地に歩いていくところだった。よく見るとバイクの後ろ半分がへこんでいる。  下はT字型の三差路なっていて、その中央に大型の白いボックスカーが止まっていた。中から中年の女が出てきて、車の前をかがみこんで見ている。  初老の男は空き地にいた道路工事の作業員と何か話をしている。  しばらくするとサイレンを鳴らしてパトカーがやってきた。道路わきに止まると中から二人の警官が出てきた。二人は手分けして女と初老の男に事情を聞いている。その後、写真を撮り何か所か巻き尺で長さを測っていたが、それが済むと帰っていった。 「うん?それだけか」 e5ea9292-5f47-47e7-9aa4-f6e3405e9a45  初老の男はその間もずっと作業員と話をしていたが、女が近づいて来たので一言、二言話をし、女の渡した紙切れを受け取ると再びバイクに乗った。  あいにく、道路工事が始まり、進む先には工事中の看板が立てられたので男はその手前を右に回り脇道に入って、さらに北方向にバイクを走らせた。  この辺りのカラスの姿が見えないので、儂はさらに初老の男を追うことにした。  男はさらに五分ほど走り山沿いの病院に着いた。 「ははん。病院に通っていたのか」  それを確認すると儂は急いで来た道を引き返した。もし、この辺りのカラスに出会ったら袋叩きに合うことは間違いない。 「オォコワ」
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