ねぐら

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ねぐら

 ここだけの話だが、カラスのねぐらは山だと思っている人間が多いが、儂のねぐらはマンションの屋上だ。いくら近いとはいっても、生ごみの収集日ごとに山から出張してくるのは大変だ。近くに越したことはない。  儂の縄張りはだいたい三キロメートル四方なので、この範囲に仲間の十羽が散らばって住んでいる。  若カラス達はスーパーやファーストフード店が立ち並ぶ公園の木、年寄りのカラス達は北の墓地周辺の竹やぶ、アホカラスは儂のマンションの道路を挟んだ向かいある寺の屋根裏にそれぞれ住んでいる。  週末や夏休みになると下の県道をけたたましい音を出して走るバイクが出没する。 暴騒族である。たいてい二台。下手くそなメロディーをつけたクラクションは最悪だ。明日の生ごみあさりを夢見て寝入ったばかりだというのにたたき起こされる。仕事に差し障りが出るのでやめてくれと出て行ったが、闇夜にカラス、無視された。腹が立ったのでヘルメットの上に糞を落としてやった。  救急車や消防車の音でも起こされる。人間世界の出来事をカラスにまで及ぼす権利はあるのか。夜ぐらい静かに寝させてくれ。  そもそも、あんな大きな音、何のために立てるのか。本当に必要なのか。 「こんな夜遅くまで働かされとるんや、お前らも起きとけ」という嫌味だとあの初老の男がぼやいとった。abd429c1-895d-437a-ae1a-8e69f5887958時々走る選挙カー、あれも迷惑なやつだ。結構なスピードで走りながら何かしゃべっているが、意味はわからない。まあ、カラスだから。  この前聞いた言葉は 「…… わたしは ……」 ここだけだった。  前を通り過ぎた時の声しか聞こえないことを、連中はわかってやっているのか。これにドップラー効果というやつが加わるともっとわからなくなる。 「せめて、どこかで車を止めて小さな音量で文脈のわかる言葉でしゃべれ」 とこれもあの初老の男がわめいていた。  朝、いつも決まった時刻になると下の道路は数百メートルに渡り車が渋滞する。走る時刻を変えるとか、走る道を変えるとか、儂のように空を飛ぶとか何か対策はないのか。 「アホー、アホー」とアホカラスが笑いながら車の上を飛び回っている。  そうそう、先日マンションの塗装工事があって困った。儂に何の連絡もなしにいきなりマンションの周りに鉄骨を組み、網をはりめぐらしやがった。もう少しで閉じ込められるとこだった。  儂はあわててアホカラスのねぐらに引っ越した。本堂の屋根裏はまだ新しく、 なかなかいいねぐらだ。アホ、アホと呼んでいるが、こいつ結構侮れないなと初めて思った。  居候の身なので、多少遠慮しながらも一番寝心地のいい場所を探した。夏場に近づいているので北側の風通しのよい所を借りることにした。  七月に入ると予想通り猛暑が続いた。 南側に寝ていたアホカラスが真っ黒になって(もともと黒いか)私の隣に移ってきた。 「いくらカラスでもあそこでは死ぬで。オォコワ」
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