俺の値段

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俺の値段

「こんにちわぁ~。サエちゃん、久しぶりねぇ~」  しまった…。  うららかな土曜日の昼下がりをぶち抜くあの甲高い声は、サエコさんのご友人「美智子さん」だ。  かの「おしゃべりクッキング」の何某(なにがし)さんよろしくたいそうなおしゃべりで、お母様が仲人業を営んでいる絡みもあり、落としドコロの年齢になる俺は在宅していると決まってリビングに拘束されるハメになる。  来るの知ってたら出掛けてたのに…。  とりあえず部屋で知らんぷりを決め込もうと、慌ててヘッドフォンを引っ張り出すが時は既に遅かった。部屋に入ってきたサエコさんが小さく「ごめん」のジェスチャーをしながらリビングを指差す。  俺はヘッドフォンを静かに置くと諦めてリビングに向かった。 「こんにちわ。ども」 「まぁまぁ!久しぶりねぇ〜!元気そうじゃない?あれからどお?その、お仕事とか……?」 「はぁ。ぼちぼちです……」 怪しい大坂商人みたいなセリフでお茶を濁そうとする俺。 「最近は彼女とか、お付き合い始めたりしてる人はいるのかしら?」 さっそく美智子さんの近況偵察が入る。そんな人がいたら、いい歳の俺が休日のこんな時間に部屋に居るわけがないと踏んでの事実確認だ。 「……いや、そんな、はははは」 答えに窮して力なく笑うと、美智子さんは「察したり」といわんばかりにニッコリと微笑んだ。 「この前の方は、残念だったわねぇ。お若かったし健康そうでいいかなって思ったのだけど」 ……この前の方。ああ。アレか。  先立って美智子さんにお膳立てされて、急遽近くのファミレスでお見合いをさせられた、アレだ。  確か俺よりも5つくらい年下で、変わったセンスの服を着ている人だった。あまり話が膨らむこともなく、(たま)りかねてドライブに行く運びになったのだが、少し走らせて「どこに行きますか?」とお伺いを立てたら、語尾が消えない内に「今日は大丈夫です」ときっぱり断られてしまった。  それからなんとなく気まずい空気で解散し、結局俺の意思とは無関係に、先方さんからお断りの連絡が美智子さんに入ったのだった。  まあ、こちらとてその気がなかったとはいえ、断られたからには理由が気になるから美智子さんに聞いてみたら 「車内がタバコ臭かったんですって」 ……タクシーか俺は。  その一件が確か半年前の事。人間の成りや習慣など半年程度で変わるはずも無く、車内のヤニもまだ抜けてはいないはずだ。 「いや、先立っての件もあれですから……ご期待には添えないかと、思うんですよね……」 「何言ってるの〜。若い子ってまだ人の選び方を解ってないトコあるんだから。そんな事で凹んでたらきりがないわよ?今は専業主夫を探してるキャリアウーマンだって世の中にはいるの!もっとガツガツいかないと!」 ガツガツ……。俺の一番苦手なヤツだ。  返答に詰まり、作り笑いを強張らせてやみくもに珈琲を掻き混ぜていたら、見兼ねたサエコさんが助け船を出してくれた。 「みっちゃん、気持ちはありがたいけど……この子はいいのよ。うちも色々助かってるんだし……」 美智子さんはじれったそうに続ける。 「サエちゃんは良くてもダメよ!サエちゃんが死んだ後、一生独りで淋しい思いさせる気なの?イトちゃんだっているんだから…。ね?見てみるだけでも。今年最後の出物なの。ね?」 「はぁ」 ……今年最後の出物。在庫処分大セールといったところだろうか。ついにそんな札付き棚に、横並びに陳列させられる俺。  仰々しい台紙にはめ込まれた振り袖の写真がひとつと、L判くらいの写真がひとつ。それぞれに女性が写っている。 「仕事なんてどこでも会社に入っちゃえばとりあえず会社員って肩書きができるから大丈夫。先方さんだってもうお若くないから贅沢はいわないと思うのよ?こっちの(かた)はバツイチだけど、看護婦さんだから収入は安定してるわね。家事得意ですーっていったら、結構気に入って貰えるんじゃないかしら……」 ……なんだか詐欺の計画みたいで気まずい。美智子さん曰く「お若くない」という写真の女性がまた、なんとも薄幸そうな顔なのだ。口を固く結んでいてすごく頑張り屋さんにみえる。俺が断ったら、替わりにどんなプータローをお膳立てさせられてしまうのか、とても心配になる。いや、俺が心配してる場合じゃないんだけど……。  とりあえずいつもの「もったいないです」を繰り出して丁重にお断りする。  美智子さんはため息をついて写真をバッグにしまいながら云った。 「あのね?男の人はピンとこないかもしれないけど……子供だってね、歳をとってからだと産むのも育てるのも大変よ?運良く40で子供が出来たとしてもね、定年の60になってもまだまだ大学でお金がかかるの。うるさいと思うかもしれないけど、早く自立しないとサエちゃんだって大変なんだから…」  定年過ぎでまだ学費の工面か……。正直、そんな計算はしたことすらなかった。確かにそう言われてみると、まともに結婚しようとするなら俺はかなり崖っぷちらしい。  美智子さんは俺はもとより、友人のサエコさんの将来を危惧しているのだ。とてもいい人だからこそ、この人の言葉は俺の一番痛いトコロに刺さる。  サエコさんがケーキにしない?と話題を替える。  俺は「ゆっくりしていってください」といって席を立つと、その足で逃げるように外に出た。  行く宛もない街の中、ため息で湿った足取りが重い。「結婚」という現実と対峙する時、嫌でも自分の価値や存在意義の軽さと向き合う羽目になる。  持たざるものの憂鬱は続く。 背中を丸くして歩いていたら、通りすがりの女子高生達が追い越し様にキャハハと笑った。  当然俺の事ではないだろうけど。  自分の背中に赤文字のでっかい値引札が貼られているような気がして、俺の 背中は更に丸くなった。  俺は今、一体いくらなんだろう。 《終》
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