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「おはよう! 笹目」
「おはよう」
めずらしく眠そうにしてるなあ。
親と一緒に住んでないってやっぱり大変なんだろうな。もともといないのか、それとも転勤とかなんだろうか。
でも昨日少し話したせいか、今までよりちょっと笑顔の時間が増えた気がする。まあ、平均的な高校生に比べたら、全然笑わないほうだけれど。
授業が始まると、後ろの席の田中公平が背中をつついてきた。
「なに?」
「朝、笹目としゃべってたじゃん。あいつが誰かと話してるの、めずらしいなと思って」
「ああ、昨日当番一緒にしてたからその流れで」
「ふーん……ってか、今日の笹目。靴下やばくね?」
言われてみれば黒の学生ズボンから覗く足首は、原色の幾何学模様で彩られている。
あの手の靴下を履く子がめずらしいわけじゃないけれど、そういうタイプは制服姿でも全身個性的だ。
それにあの靴下、いとこの兄ちゃんに家庭教師のお礼をするんで前に調べたけれど、たしか二千円以上したはず。
「なあ、そう思わねえ?」
「ん……たしかにいつもより派手かもね」
田中は知らないんだな。あれが結構ポピュラーなブランドだって。しかし、バイトをしようかと考えているくらいの高校生が履くかな? プレゼントだろうか。やっぱり謎がある。
「笹目ってさ、絶対女とつきあったことないよな。背高いけど地味だし、童貞だろうなー」
喉元まで「おめーもだろ」と出かかるが、さすがに自粛する。
「なんなの唐突に。お前がモテないの、そういうところだからな」
「別に年上彼氏がいる不埒な女子にモテなくっても、全然いいですー」
「いやいやいや、あたしじゃなかったら、もっとドン引きしてるから」
「それより笹目だよ。女としゃべってるのもあんまり見たことないし、つきあったりとか想像できん」
そういいながらも、気になって干渉したくなってることがすでに、笹目が凡人じゃないって認めてるようなものじゃない? 田中ってやっぱりバカだな。
「そうかなあ。前に麗仙女子の子に待ち伏せされてるの、見たことあるよ」
「ええっ!! 嘘だろ、あんなお嬢様学校。あ、あれだよ妹とかじゃない?」
「笹目は多分ひとりっ子だよ。まあ流れからして告白の待ち伏せかなって思ってたけど」
「ってかなんでそんな大事件、黙ってたんだよ」
「他人のことだからな。仲がいいヤツのことならともかく、そんなに首突っ込んじゃ失礼でしょ」
「えー、俺ならそんなの触れ回っちゃうけどなぁ」
「お前……そういうところだからな、マジで」
えー笹目なんて地味なのに。と悔しさのあまり地団太を踏んだ田中は先生にみつかり、やっと解放された。
しかしあの雰囲気、男子たちは気づかないのかな。背もまた伸びてるし、クラスの女子も数人は笹目のこと意識しだしてるよ。
そんなことを考えながら笹目を見ると、居眠りをしているようだった。これは知る限り初めてでやっぱりめずらしい。今日はどうしたんだろう。
すると不意に目覚めた笹目と目が合う。ヤベって感じで、ちょっとはにかんだ顔に、がらにもなくドキッとする。
見ていたことがバレた気恥ずかしさもあり、慌ててノートに視線を戻した。
「これ、笹目に回して」
そしてメモを書いて渡す。『そういえば、バイトどうする?』
授業が終わり、あの、と声をかけられた。
「バイトのこと考えたんだけど、定期的にはやっぱり難しいかも」
「そっかぁ」
「ばあちゃんに今くらいしか遊べないんだから、お金は心配しなくていいからって言われて。あと……」
「あと?」
「いや…………同じようなこと、別の大人にも言われただけ。そんなだから、せっかく声をかけてくれたのにごめん。気を遣ってくれてありがとう」
「真面目かよ」
やっぱりそんなふうに笑うの、ちょっとずるい。
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