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あなたはだあれ
「何でフトゥンなの?」
「そ、それは……」
私は部屋の真ん中にある小さ目のテーブルを挟んで、フトゥンと向かい合って座っていた。フトゥンにはとりあえず、予備の布団用のカバーにくるまってもらい、全裸状態からは脱してもらった。
相手も私に信用して貰いたいらしく、言われたとおりの場所できっちりと正座し、背筋をピンと伸ばす。そこから動かない様にしているようだった。
そして、私の問いにおどおどしながら答えた。
「よく言ってたじゃないですか、『フトゥンにストーン』って」
「ど、どうしてそれを……」
誰も見ていないから、と勢いよく恥ずかしげもなく布団に飛び込んでいた。
それなりの距離から助走をつけて一気に飛び込んでいたので、最初の方が聞こえていなかったようだった。
本当は『オフトゥンにストーン』。
――聞こえていたら彼は『オフトゥン』だったんだろうか。
なんてくだらない事が頭を過る。
それを思えば、『フトゥン』で良かったような気がする。
私が自分自身の恥ずかしい行為を思い出す中、にこにことフトゥンが応える。
「主様と毎晩共にしてましたからね、もちろん知ってます」
「言ってる事が本当ならダイブされる側……主様?」
「はい、私の持ち主ですから!」
「なるほど?」
良い笑顔で元気よく返事をされる。
嘘を吐いているようには見えない。
『オフトゥンにストーン』も知っているとなると。
――ストーカーの類だろうか。
私が怪訝そうな顔を浮かべてフトゥンの方を見る。
「布団として部屋に出たからそういう手の込んだ設定を……」
「ほ、本当ですよ、信じてください……!」
「うーん……」
フトゥンが祈るように、両手を前で組む。
それに対して苦笑いを浮かべれば、アピールをしてきた。
「主様の身体を優しく包み込んで!一晩を共にするのが僕のお仕事です!」
「……い、言い方が良くない」
彼が本当に布団であるなら、確かに正しいのだが。
今その姿で言われると、何とも言えない気分になる。
眉尻をさげ、オロオロとしながら私の方を見る。
「そ、そうですか……?でも、では、どういえば……」
「い、一緒に……」
どういえばいいのか私も分からず、顔が耳まで赤くなって、固まった。
私が困っている事に気付いて、フトゥンは無邪気な表情で別の表現をした。
「そうだ、抱いて寝るのが仕事です!!」
「もっと良くない!!」
あまりにも直接的な表現の気がする言葉に、間髪入れずに勢いよく叫んでしまった。
「す、すみません。主様を困らせたかったわけでは……」
しゅん……という擬音と、無いはずの犬耳と尻尾が見えそうな程落ち込む。
なんだか悪い事をしているような気分になったので、話を進める為に宥める事にした。
「う、うん……わかった……それは、なんとなくわかる」
「では、私をここに置いてくれますか!」
ぱぁっと花が咲いたような明るい笑顔。
でも一人暮らしである私は、そこはばさりと言った。
「それとこれとは別」
「そんなっ……!」
花が散るかのようにまたその顔が一瞬でショックに塗り替えられる。
そして、そのまま机に両手をついてうなだれる。
「いままで、いままで毎日主様を幸せにしてきたつもりだったのに……」
「うっ……」
「ずっと一緒にいられたらいいのにって……」
「それは……」
「離れないって……このまま永遠にこうしていたいって……」
「ええと……」
「そう言いながら僕の身体に強くしがみついてくれたじゃないですか!」
「掛け布団にね!!」
目の前に居る美青年にそう言われると罪悪感を感じ得なかった。
ので、冷静さを保つ為にも私は自分の行動を振り返った。
全て私が今まで布団の中で、うわごとのように二度寝するかしないか迷う時に口走っていた言葉だった。
「そうです……僕に言ってくれたのに……」
フトゥンが目に浮かべていた涙が、いくつか零れ落ちて机の上にポタリ、と落ちる。
止まらないそれがパタパタと落ちていく様に、理解は出来ないしまだ認められるとも思えないけれど。
私はひとまず目の前に居るのは本当に布団なのだ、と割り切って話を進める事にした。
「……で、でもどうして急に人間に……?」
「主様……私を認めてくれるんですか」
「うっ……」
先程まで机に伏せていた涙にぬれた顔が向けられる。
――あまりにも顔が良い。
とは口にせず、息をゆっくりと吸って吐き出してからフトゥンに言った。
「布団だと思う事には、した」
「……!」
再びぱぁっ!という文字と、クラッカーが弾けるような錯覚を覚えるほど顔が明るくなる。
一度にっと良い笑顔を浮かべた後、フトゥンは私と改めて向き合う。
そして静かにこういった。
「それは……実は僕にもわかりません」
「えっ」
「気が付いたらここに居たんです。貴方を抱きしめていて……」
そう言いながらフトゥンは手のひらを眺めた後、ぎゅっと握りしめて拳を作った。
その時のことを思い出しているのか瞳を閉じてから、私に説明してくれた。
「自分でも驚いてしまって……本当なら、貴方を上と下から優しく包み込むはず。ですが、今の私はどう頑張っても貴方を片側からしか温める事が出来ない……」
本当に悔しそうに、目を固く瞑り握った手の平にさらに力を込めていた。
確かに今まで出来た事が出来なくなると言うのは、辛い物があるだろう、と私も思った。
言葉を何かかける事は出来ないだろうか。
と口を開きかけた時、フトゥンが話を先に進めた。
「どうすることも出来なかったので、落ち着く為に離れたんです。貴方が今起きたらびっくりさせてしまう、と思って。そこで、立ち上がって、お部屋の中を歩きながらしばらく考えていたんですが……」
言葉を止めて、恥ずかしそうに頬を赤く染める。
そして私の方をチラチラと見てきたので、勝手に続きを口にしてみた。
「……私が起きた、ということ」
「……はい」
「なるほど、それは……うん、対策のしようがなかったと」
何故全裸だったのか、については合点がいった。
……事にしないと話が進まないので、私は深く考えるのをやめた。
だが、本当なら何か適当に羽織る事は出来たはずだ。
「どうして布団カバーをかぶったりしなかったの」
「主様がカバーを替えるのも畳むのも大変だと言っていたので、この姿で汚してしまうのも忍びなく……」
「……あ」
そういえばそんな事を言ったような気がする。
人が二人いれば端と端を持って、畳んだり広げたりはそんなに難しい事ではない。
それに、家事が得意な人なら話は違うかもしれないし、今なら動画を調べれば丁寧なレクチャーがついたものも存在しているだろう。
だが、一人ぐらしの私がやるのは、それなりに面倒だった。
動画というのも、疲れているときは調べる気にもならないどころか、サイトを開く元気もない。
そんな暇があるなら、他にやりたかった事がしたい。
と、思う気持ちすらも遠くへ行ってしまう程、少しでも寝たいのだ。
なんて事を考えた後、はー、と息を吐いてから笑顔を作る。
「気を遣ってくれたんだ」
「私は、主様の全身をこの身体で包み込んで、癒すのが仕事ですから……」
「うん、ちょっと語弊がまだあるなぁ」
「まだ駄目ですか……?」
苦笑いを浮かべる私に、フトゥンはまた瞳をうるうるとさせた。
私は美青年の表情が直撃しないよう、話題を切り替えた。
「とりあえず、布団なくなっちゃったし、新しいのを」
「え、新しいの、を……?」
落ち込んだ声と、絶望に満ちた顔でフトゥンが見上げてくる。
「え、あ、えっと……」
「そう、ですよね……僕は、人型では主様のお役に立てない……新しい物を、買って当然、です……」
ぷるぷると震えながら俯き、顔を押さえる。
「ぼ、僕はここにいるけれど、もう、お役御免ですよね……」
気の毒になってきて、さてどう声をかけようか。
考えている間にどんどん悪い方向に、フトゥンは想像力が豊かになって行く。
「このまま、捨てられて、布団にも戻れず……誰にも使って貰えないまま……」
今度は机に突っ伏すのではなく、畳に手をついてしくしくと泣き始めた。
「うっ、変質者として追われ……ぐすっ。発見されるんです……白骨死体で……」
「想像力豊かだね!!?」
言葉を追いながら頭の中でその様を想像した私は、そこまできたら慰めるよりも突っ込まずにはいられなかった。
「だって……新しいのを買うなら、僕は必要ないじゃないですか……」
フトゥンが畳の目を指先で一つずつなぞりながら答える。
「それは、そうだけど……えーと、毛布、毛布ならあるし!」
「?」
きょとん、とした表情で一瞬私の方を見上げてくる。
が、すぐに何か納得したのか、また畳とにらめっこを始めた。
「毛布があるから僕は必要ないと……」
「あああぁ、そうじゃなくて!ソファーもあるから!新しいの買わなくていいから!」
「……本当ですか?」
ピタッ、と動きを止めて顔をあげる。
私は一体何を必死になって全裸の男を引きとめているのだろうか。
一瞬冷静になりかけたが、状況が状況なので冷静さは横に置いておくことにした。
私の布団、元がそこそこ高いのだったし。
「本当です!もしも元に戻ったら、この部屋に二つも布団はさすがに邪魔だし……」
「主様……」
「良く眠れるように、って思ってリーズナブルな中でも高いのにしたわけだし、何より寝心地も良かったし……」
「……!」
本当に何を口走っているのか。
何て思う私をよそに、フトゥンはとても嬉しそうな顔をした。
「そ、それも、本当ですか!?」
「え、えっと、うん、本当」
あまりにも食い気味に、そしてすぐさま立ち上がった事で私は少したじろいだ。
元が私を包み込む為のモノなだけあって、フトゥンはそれなりに背が高かったのだ。
「それは、聞いた事がありませんでした……」
それは当然のことでもあった。
布団の中に横になって。
ああ気持ちいいな、寝心地が良いな。
なんて思うのは意識が眠りへと落ちる直前。
口に出すほど私は独り言が多い方ではない。
……少なくもないけど。
「迎えて頂いたあの日から、僕じゃなくても、どの布団でも同じなんじゃないかって、思っていたので……」
「そ、そんな事を……考えて、いたの?」
「はい」
「そ、そう……」
無邪気な笑顔でそう答えるが、疑問が頭を掠めていく。
この布団は買った時から意識があったのか。
それとも人型になった事で思い出がそう錯覚させているのか。
私は少しだけ頭の端にその事が引っかかった。
とはいえ、そもそも人型になる物ではないのでそこも、私は考えるのをやめた。
「自分でお金を出して買った布団だし、思い入れも、あるよ」
「そ、そうですか!ありがとうございます!」
大げさにフトゥンが動けば、バサァッという音と共に盛大に布団カバーが落ちた。
隠す物を失った彼は、再び全裸になった。
咄嗟に私は後ろを向いて、大きな声で言った。
「服を買いに行こうか!!」
「は、はい!」
勢いでフトゥンは返事をしたが、一拍おいて申し訳なさそうにした。
そんな事はいいから布団カバーを被って欲しいんだけれど、彼はそのままだった。
「い、良いんですか? この前寝る準備をしながら自分の服を買いに行くって言ってた気が……」
「良いの、私の心臓が耐えられない!」
「心臓……??」
美青年の整った顔と身体を目にし続けてドキドキしないはずがなく。
今も顔を真っ赤にしたまま、私は不思議そうにしながら覗き込んできたフトゥンと目が合った。
「布団カバーを着て!」
「あ、はい!すみません!」
自身が全裸である自覚の無いフトゥンは、急いでカバーを着ながらここで頬を染めていた。
――これから私は、一体どうなってしまうんだろうか。
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