君をスカウトだ!

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 男の名は 城木 七瀬(ななせ)。先ほど門を出てきた大学の二年生である。授業が終わり、友人とつるむでもなく早々に帰宅し夕飯は何を作ろうなどと呑気に考えていたところ、謎の女に車に乗せられた。大きな抵抗も暴言を吐くこともなく流されてしまったのは、七瀬の育ちの良さかもしくは一の手際の良さか。  しばらく、ボーっと車窓に流れるビル群の景色を見ていた七瀬だったが、そこでやっと口を開いた。 「あなたは……一体?」 「申し遅れた。こういう者だ」  一は一枚の名刺を、コントロール良く七瀬に投げてよこした。ふいの投球に、七瀬があたふたと名刺を受け取った。 「太陽……プロダクション?」 「ああ、安心してくれ。一応老舗の健全な芸能プロダクションだ」 「このやり方は健全なのか……? まあ、えーっとでは、江戸さ……」 「あっ、江戸ちゃんとか呼ぶなよ。その時点で君をオッサン属性認定するぞ」  ミラーごしに一が七瀬を睨む。 過去に何か嫌な事でもあったのか。 「言いませんよ。では、えーっと、いちではなく、はじめ、一さん。あなたは芸能プロダクションのマネージャーで、今日アルバイトだかスカウトだかの人材を探していたということですね」 「ああ、物分かりがいいな。普通、えーあたしが⁉ とか、僕なんて全然⁉ みたいな反応するのに」 「だってやり口が雑じゃないですか。吟味したスカウトというより、取り合えず誰か連れて行かねばって、事なんでしょう?」 「まあ、そうなんだ。協力してくれ!」 「お断りします」 「えっ、今更!」 「今更も何もあなたが勝手に連れてきたんでしょう」 「その気にさせておいて酷いぞ! 車は急には止まれないんだぞ!」  一はハンドルを器用にさばき、スイスイと周囲の車を追い越していく。なかなかのドライビング技術、マネージャーの鏡である。 「どこか近くの駅で降ろしてください」 「都心のトビウオとは私の事だが、残念ながらこの辺に駅はないなぁ」  車は駅をスーッと通過していく。 「今ありましたよね。東京なんて駅だらけなんだから、あっまた通り過ぎた!」  七瀬は、無常に通り過ぎる駅を恨まし気に見つめる。 七瀬の不満になど動じない一は、涼し気に答える。 「そう重く考えないでくれ。一時間もあれば解放するバイトだから」 「解放って……。拘束している意識あるじゃないですか」 「心配するな。別に君を脱がして変な誓約書を書かせたり、ヤバい店で働かせたりしないから」  七瀬は、用心深くショルダーバックを胸に抱きしめた。 「ノルマがあってだな。今日までに男性新人タレントをスカウトするように言われていたんだが、どうもなぁ~」 「だからって、オレじゃなくても……。ちゃんと話をすれば応じる奴たくさんいるでしょう?」  七瀬はボサボサな前髪をいじる。ここ数年は自分で切っている。見栄えは度外視だ。 「私はへらへらした生意気な若者と話なんてしたくない! ましてや内心自信満々なくせに、謙遜と褒め合いの応酬なんてまっぴらだ!」 「いや、スカウトってそういうものでしょ……」 「SNSも探っていたんだが、実際見に行ってみると写真と別人の盛り盛り男だったりなぁ。ああ、徒労」 「みんなそんなもんですよ」  車が赤信号で停車する。  右隣に赤いオープンカーがおり、愛想の良い白人男性がこちらに軽く手を上げた。 「実を言うと……私は人の美醜なんぞよく分からない!」  一は淡々と男にピースを返す。 「そんな堂々と言われても。だからオレなんか選んじゃったんですか?」 「君は目についた」 「まさか、オレは地味ですよ。誰にも気にされたりしないし」 「芸能人と言われる人々は何かしらオーラを纏っている。人混みの中でもなぜか目を引く力。もちろん、技巧者はオフではそれを消すこともできるが。私はさっき君にそれを感じた。とても小さく微かなものだがな」  七瀬の目から色が消える。 「勘違いですよ。帰ります」 「本来は人目を引く人間。それをずっと隠していくつもりか?」 「……」  七瀬は口を固く結んだ。 「さあ、着いたぞ。君にはマドモアゼルに会ってもらう」  一は慣れた手つきで車をビルの裏口に駐車させた。  その時、丁度ビルの真上にかかっていた雲が、流れるように去っていく。  一はそれを目を細めて見上げると、 「太陽プロダクションへ、ようこそ!」  後ろで束ねた艶やかな黒髪を翻し、そびえ立つビルに七瀬を導いた。  
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