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「俺は過去にひどいことしたし、森社長と灯里がうまくいってるってことはわかってたから、これも当然の結果だな」
櫂はさばさばした様子でうっすら笑みを浮かべている。
それがわざとなのかはわからないけれど、重たい雰囲気にならず助かっているのも事実。
「でも、やり直したいって思ってくれてありがとう」
これは本心だ。
あれほど恋焦がれた人にバッサリとフラれて死にたいと思ったこともあった。自分のことなんてもう忘れているだろうと思ったこともあった。
「そう思うのならやり直せばいいのに」櫂は笑った。
「それはーー遠慮しときますケド」櫂の優し気な表情に胸の奥がチクリとして何故だか少し泣きそうになってしまい慌てて目をそらした。
「行こうか」
「うん」
ストールを巻きなおして二人肩を並べて駅に向かっていたけれど、通りの向こうにある明るいお店に櫂の視線が向いたことに気が付いた。
ああ、あのお店知ってる。先日雑誌で見かけたばかり。
「ね、もう一軒だけ付き合ってくれない?」
私の誘いに櫂が目を丸くした。
櫂が返事するより先に「あそこのお店に行ってみたいの。せっかく都内に来たんだもの」と指差して言えば櫂も「ああ」とほほ笑んでくれた。
私が指した先には櫂が見ていたシフォンケーキで有名なカフェ『breaking Dawn』があった。
夜の『breaking Dawnは』はそう混んでいなかった。
そもそもここがサンドイッチやパスタなどの軽食はほとんどなく、ケーキが主体のカフェだからだろう。
私はチョコシフォンケーキと紅茶を、櫂はバニラクリームがたっぷり乗ったシフォンケーキとコーヒーを注文した。
「ところで、西倉恭華の件はどうなっているの?」
さっきのお店で聞けなかったことを口に出した。
一昨日会社で会った時に”謝りたい”と言っていたは聞いたけど、それ以上詳しく聞けなかったし。
「ああ、弁護士を通して二度と接触するなと伝えた。俺は二度と会うつもりはない。まあ、弁護士にうまく動いてもらうよ」
「未だに櫂へのストーカー行為をしてるって認めた?」
「それは認めてない。あのパーティーにいたのも偶然だと言っていたみたいだ。偶然知人から招待状をもらったのだと言ってるらしい」
「本当なのかな」
「調べたら確かにあの店のオーナーの妹が招待状を送っていた。有名なお嬢さま大学の先輩後輩関係だって言ってたからそれは嘘じゃないだろうけど、偶然と言われると限り無く疑わしい」
「櫂がいるって知らなかったって?」
「誰が来るか知らなかったと言われればそれ以上確認できない。確かに招待状にはイースト設計の名はあっても俺の名が書いてあるわけではないし」
あの場で私と出会ったのも偶然だったとは信じられない。
「この件はまた報告するよ」
西倉恭華の名を出した途端、櫂の顔に影が滲んだように見えた。
過去にそれだけのことをされたんだろう。
櫂のことを気の毒だとは思うけれど、だからといってこれから私が何かしてあげられるかというとーー無理だろう。
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