支社へGo

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本木灯里(もとき あかり)27歳。 こんなはずじゃなかった。 そう、絶対こんなはずじゃなかった。 私は穏やかな田舎暮らしで一生を終えるつもりだったのだから。 ーーー4年前、大きな失恋をして東京から長野の実家に戻り再就職先を探していた。 しかし、大卒で都会の大きな企業で働いていたとはいえ、たった1年程しか働いていない。そんな私に大きな壁が立ちふさがった。 キャリアのない私が田舎で同じような待遇の仕事など当然見つかるはずもなく懐はどんどん寂しくなっていく。 実家暮らしとはいえ生活費は必要で。 定職が見つかるまで時給の高い早朝のスーパーの品出しと夜中のコンビニのアルバイトのダブルワークを覚悟した時、ひいじいちゃんの法事で母方のまたいとこのエリちゃんに出会ったのだ。 「灯里ちゃん、仕事さがしてるんだって?うちの義兄さんとこなんてどうかな」 ちょうど従業員募集をかけるところだったというエリちゃんの旦那さんのお兄さんの会社で事務員として雇ってもらえることになった。 これはラッキーというしかない。 エリちゃんの旦那さんのお兄さんは森大和(もり やまと)さんといいフォレストハウジングという住宅メーカーの若き経営者だ。 「住宅メーカーって言ってもただの田舎の工務店だよ」 鼻先でフフッと笑ったエリちゃんの言葉を信じた私がばかだったと知ったのはそれからすぐのことだった。 確かにエリちゃんの義兄の大和さんが父親から会社を継いだ時にはただの田舎の工務店だったかもしれない。 でも、その時と今では事業規模が違う、違いすぎる。 私が入社した時にはすでに事業を拡大し始めていた時期だったのだけれど、ここまで大きくなるとは。 ーーーそれから4年。 「灯里、お前来月から関東支社勤務な」 は? 「社長、聞き逃しました。もう一回お願いします」 気のせいかな、社長がなんか大事なことを言ったような。 「だから関東支社に行けって言ってんの」 は? 「イヤです。何で私が。転勤があるだなんて就職の時に聞いてませんっ」 「何でもするから雇ってくれって言ったのお前だろうが」 「そんなの4年もたってるんだからもう時効」 「んなわけあるか。いいから行け。関東って言ったって東京じゃない。厚木だ」 私のチッっという舌打ちと社長がケッと吐き捨てるように言ったのは同時だった。 クスクス笑いがして私のデスクにカップが置かれる。 ほわんっと香ばしい香りが辺りに広がる。 「はいはい、お二人ともお茶をどうぞ。今日は玄米茶ですよ。でも、いつもながら大和さんと灯里さんってすごいですよね。言い合いながら仕事も進めてるんだもん」 お茶を淹れてくれたのはメグミちゃん。 高卒で入社しているからまだ23才だけど、年齢じゃなくてここでは私の一つ上の先輩社員。
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